神宮の巫女
夕餉も当然ながら、ボイと禰米の二人で食べることになる。先ほどは、へたり込んでしまったのだが、今は良いのか悪いのか、どこに行くにも警備の者や使用人の女がついてきてしまう。
なので、ずっとへたり込んでいるわけにもいかず、使用人の女に支えられながら、夕餉をいつも食べている平地式建物に入った。
ここは、どうしても論語の一節「民無信不立」が目に入る。
使主が座右の銘と言っているものである。
座右の銘なんて、本当に言う人いるんだと、ちょっとばかしジト目で見てしまったような気がしないでもないのだが、何度も「民無信不立」という文字を眺めていると、頭の中が整理されてくる感覚を覚える。そして、
「民信なくば立たず……あっ…………民信!」
ボイは目を見開き、急激に生気を取り戻していく。そして、建物の入り口に控えていた使用人の女に何かを依頼すると、大急ぎで自分の高床式建物に戻ってしまった。
それを見て、禰米はただニコニコしながら、
「この様子なら要らなくなったみたいね」
とつぶやいていた。
◆◆◆
数時間後、南の空に唐鋤星が上がるころ、使主本陣の少し後方に、荒川を見下ろすような櫓が急遽建てられた。周囲にはかがり火が煌々と焚かれ、櫓の上に立つボイを照らしていた。ボイは、袖に赤いひもを通した白い衣と茜色の裳を着て、両手には神楽鈴をもっていた。
ボイが櫓づくりを大串さんに頼むと、いつもの四人組の護衛の人たちや土堀り衆のニッネさんたち、おまけにタッコボも駆けつけてくれた。白い衣と茜色の裳も大串さんに頼むとすぐに用意してくれたため、使用人に袖へ茜色のひもを通してもらった。神楽鈴はそのものが前玉にはないそうなので、タッコボに鉄をたたいて鈴を作って、何とかそれらしくしてもらった。
とにかく、ボイなりに、精一杯の神聖さを出すために、神社で見た巫女の服を模して、見様見真似の神楽舞で鼓舞しようと考えたのである。タッコボにも、笹の葉にたくさん布切れをぶら下げてもらって、それでボイの後ろで振って豪華さを出してもらった。おじいちゃんが亡くなった時に、何故か笹の葉に紙をたくさんぶら下げたやつを振り回していたので、なんかあるのだろう。自分だけで目立つのは恥ずかしいから、タッコボも巻き込むことにしたのである。
ドンドンドンドンドーン!
大串さんに、軍の合図に使う大きな太鼓をバチで力いっぱい叩いてもらった。
かがり火でライトアップされてすでに注目されているお立ち台の上で、見様見真似で神楽舞を踊る。わからないから、阿波踊りみたいになるが。気にしない、とにかく、舞う、舞うのだ。
シャンシャンシャンシャン!
シャンシャンシャンシャン!
シャンシャンシャンシャン!
シャンシャンシャンシャン!
準備を手伝ってくれたみんなには、ワッカムイマが、水の神であるワッカムイと火の神であるアベカムイ、それと風の神であるレラカムイに祈りをささげていると広めるように伝えてもらった。
薄明りの向こうで、こちらを窺う人たちの姿が見える。前線から次第に距離をとっていこうとしていた人も戻り始める。
「大串さん!私に続いて太鼓ならして!」
「は、はいいぃぃ~~!」
シャンシャンシャンシャン! ドンドンドンドン!
シャンシャンシャンシャン! ドンドンドンドン!
シャンシャンシャンシャン! ドンドンドンドン!
シャンシャンシャンシャン! ドンドンドンドン!
…………楽しくなってきた!
あまりにも楽しくなってきたので、ボイは野球の応援風に鈴を鳴らし、歌い、大串さんも負けじと太鼓を打ち鳴らす!
シャンシャン! シャンシャンシャン! シャンシャン! シャンシャンシャン!
ドン・ドン! ドドドン! ドン・ドン! ドドドン!
かっ飛ばせ! かっ飛ばせ! 樋上!
かっ飛ばせ! かっ飛ばせ! 樋上!
シャンシャン! シャンシャンシャン! シャンシャン! シャンシャンシャン!
ドン・ドン! ドドドン! ドン・ドン! ドドドン!
かっ飛ばせ! かっ飛ばせ! 利田!
かっ飛ばせ! かっ飛ばせ! 利田!
と、防衛戦に参加している豪族の名を大串さんに片っ端から教えてもらい、順番にかっ飛ばすように応援しだした。
ボイだけの声では届かないので、タッコボや護衛さんにも拡声器代わりに叫んでもらった!
ガン・ガン! ガガガン! ガン・ガン! ガガガン!
カッ・カッ! カカカッ! カッ・カッ! カカカッ!
ボイの鈴の音の二・三拍子に合わせて、鉾や盾を打ち鳴らす者もあれば、両手に持った木の枝を拍子木のようにぶつけて鳴らす者も出始める。
『かっ飛ばせ!』……それは、言語の統一すらされていない北武蔵の混成軍を、一瞬にしてまとめ上げる奇跡のマジックワードだった。
ヤマト語を常用している将兵の耳には、それが『かっ飛ばせ(激しく討ち払え)』という勇ましいヤマト語の号令として響き渡った。
そして――古い血を引く郷の民たちにとっては、雲の上の存在であるはずの使主の娘が、彼らの古い言葉で『カブ・トゥバ・セ(敵の皮を裂け)』と叫んでくれたのだ。また、ワッカムイマを知る者たちには、ついにワッカムイマからの神託(神の言葉)が示されたのである。三者三様、それぞれ受け止め方は異なるが、意味することは一つ。櫓の上の少女が、自分たちを認め、共に戦ってくれる。その事実に狂喜し、ばらばらだった混成軍が、うねりとなって一つにまとまっていった。
その熱狂の渦の中心で、ボイは各豪族を一人、また一人と名を挙げていく。自分たちの長の名を呼ばれた者たちは特に興奮し、鉾や盾を持つ者は頭上に掲げてくるくると回して盛り上げ、長は「うおおおおおお!」とまるで大声大会であるかの如く、他の豪族に負けじと絶叫する!
まだ呼ばれていない豪族は、次に呼ばれるのはうちか!まだか!と、今か今かと期待のまなざしを向ける!
次第に盛り上がりが使主軍全体に広がり、いつしか、狂喜乱舞のスタジアムが荒川河川敷に誕生したのであった。
すべての部隊を余すところなくかっ飛ばした後、最後には、使古、そして、使主の名でかっ飛ばし、ラストはダイナマイトマーチで締めた。
「「「「「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」
興奮と熱狂は最高潮に達したのである!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
本作は第一部完結に向けてラストスパートとして一気投稿しております。
次回更新は22:00を予定しています。
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