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ムサシカムイ 〜古墳時代の関東に転生した理系女子がたたら製鉄をしたら、豪族の覇権争いにまきこまれた話〜  作者: 四 二
第一部 第六章 前玉の館

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前玉文庫

暇である。


あまりにも退屈なので、ボイは館の中を散歩している。


本当は川にでも行って何か面白いものの原材料でもないか探してみたかったのだが、門から出ようとしたら入口で警備している人に全力で止められてしまった。

ソタイマネボとして、前玉の館を訪れていた時と同じ人である。

なので、いつものように会釈してしれっと出ていこうとしたら、棒で通せんぼされて縄張りの中に戻された。

外は危険でいっぱいだそうだ。今まで普通に歩いて帰っていたのに、不思議なものである。「私共の立場にもなってくだされ」だそうだ。それはそうだ。


ということで、縄張りの外を歩くことができないので、仕方なく縄張りの中を散歩しているのである。


視界の端に横渟に絶賛建設中の毛野の砦が入り、ちょっとがっかりしてると、目の前を使古が通った。


ボイの中で、使古はいい奴判定されている。

初めて食べた、使主の家での夕餉のとき、使主と妻の禰米に板挟みになったところを助けてくれたからだ。いい奴である。

二十歳ぐらいの青年であり、今のボイからするとだいぶ年の離れた「お兄さん」なのであるが、ボイの自己認識は「二十四歳の大学院生」なのである。なのである。なのであるからして、かわいい弟に姉として礼を言わねばならないのだ。


「使古くん!」


さすがに、呼び捨ては良くない。ボイは優しいお姉さんなのだ。


「あ、ああ、麻禰ちゃんか」


「この間はありがとうね。助かったよ」


「なんだっけ?」


「あの、甘いくるみの……」


「ああ、いいさ。父上と母上はだいたいあんな感じだから。で、麻禰ちゃんは何してるの?」


「暇だから館の外に出ようとしたら、怒られちゃった」


「はは。しょうがないよ。今、ほら、あれだからね」

使古は横渟の方をちらっとみて、残念そうに答える。


「おとなしくしているしかないね。麻禰ちゃんはきれいなヤマト語しゃべれているから、舎童(ねわらべ)の子たちみたいに、学びの時もいらないしね」


「舎童って何ですか?」


「ああ、知らないのか。そうだよね。前玉の周りの郷の子供たちを預かるわけじゃない。その時に、まあ、どうせだからヤマト語を教えたり、武術を教えたり。女の子には、ヤマト風の作法を教えたりね。そんなことをしているのが、舎童なんだ」


「すごい! 学校じゃん」


「学校? 学校って何?」


「いや、そういうのがねってこと。そうすると、本とかもあるの?」


本が読めると思って、少し目を輝かせて聞いてみたボイだが、対する使古は本というキーワードがでてぎょっとして、


「本? 本ってなんだ?」


「いや、紙の本だよ。文庫本みたいの。金沢文庫みたいなやつ」


これには、さすがに眉をひそめて、


「紙の本って、さすがにそれはないよ。僕もヤマトにいたときに、何度か触らせてもらったけど、さすがに前玉には本はないよ」


と返した。

ボイはがっかりして、


「そうなんだ……」


と、肩を落としていったが、使古は少し不思議に思って聞いてみる。


「本ってことは、麻禰ちゃんはもしかしたら文字が読めるの?」


「そりゃ読めますよ」


「え? そうなの? すごいね! 僕だってヤマトでかなり頑張って覚えて帰ってきたところなのに」


「そうなんですか?」


「そりゃそうだろ」


「そうか……」とボイはがっかりして、「じゃあ、本は読めないのか……」と小声でぼやいたのであるが、


「木簡ならあるよ」


「え? 木簡ってなんですか?」


また、使古は驚く。


「本を知っていて、木簡を知らないのか……いいよ。こっちに来な」


といって、ボイを館の中央部へと案内してくれた。


◆◆◆


「ここだよ」


使古に案内されたのは、会見で使う高床式建物の裏手にある、高床式の倉庫だった。

倉庫の入口の左右には、長い棒をもって警備をしている人がいるが、使古は顔パスだった。ボイも後に続く。


倉庫だから埃っぽいのかと思いきやそんなことはなく、清潔に保たれている屋内には、整然と葛籠が並んでいた。


「えと、これこれ」

使古は葛籠から、細長く切りそろえられた木の板(木簡)が数十枚ごとに麻紐や革紐で編んで「すだれ」のように繋がった巻物のようなものを取り出した。

「ヤマトで書き写したやつなんだけどさ」


そういって、ボイに手渡される。天地玄黃 宇宙洪荒……千字文である。


「え、これって、天は玄く地は黄色、宇宙は広く広大無辺って」


「えぇっ! 読めるの? しかも、何そのわかりやすいの?」


「いや、漢文で習ったし」


「漢文?」


「あ。」


「いや、いいや。じゃあ、もう全部読めるんならこっちかな……」


次は、奥にある、さっきより高級そうな葛籠に入っている木簡の束をもってきた。


「これはどうかな」


……子曰 学而時習之 不亦説乎。


「えと、しいわく、学びて時に之を習う、で、えーと、亦説ばしからずや? 論語だっけ?」


「麻禰ちゃんすごいな、その言い方、知っているの? 読んだことあるのか?」


「いや、全部じゃないけど、ちょいちょいね。(漢文のテスト勉強で出てきた)」


「ちょいちょいって……」


「使古くん。ここのやつ読んでてもいいの?」


「ああ、構わないよ。父上に言っておく。ここからは出さないでね」


「はーい」


ということで、ボイは暇つぶしの手段がタッコボいじりのほかに、もう一つできたのであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

本作は今後、毎日0:00に更新していく予定です。


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