タッコボの家
「暇だな……」
高床式建物は快適である。床が地面から離れているため、湿気が上がってこないし、床が高くなっているため少し景色が良い。
また、部屋の中には、炭櫃が置かれているため、常にほんのり温かい。とても快適にしてくれている。
しかし、やることがない。
郷であれば、清水から水を汲んできたり、藁を編んで紐を作ったり、子供であってもやることはあるのだが、ここではすべて使用人がやってくれるから何もすることがなくて暇なのである。
「そうだ、タッコボいじりでもしよう」
そう思い立ったボイは高床式建物を出て、タッコボがあてがわれた平地式建物に向かった。
大串さんがタッコボに場所を教えているのをこっそり聞いていたのだ。
縄張りの中を少し歩くと、多分あそこだろうという場所を見つけた。大串さんが話していた通り、平地式建物と竪穴住居が隣り合わせて建てられていた。
「へーい! タッコボ!」
「なンだ、ボイか!」
「ボイじゃないよ! ソ……麻禰だよ!」
「ははは、まダ言いなれねぇな」
タッコボは頑張って大和語で返そうとしてくれた。
そこには、タッコボのほかに、タッコから前玉まで逃げてくるのを助けてくれていた護衛さんたちがいた。
護衛さんたちは、ボイに気づくと、さっと地面に片膝をつき、頭を垂れた。
「あ、こんにちは。あれ、この間の護衛さんたちだ。どうしたの?」
「いや、使主様に言われて、笠原氏となったわけだろ? ただ、郷もないし、誰もいないんじゃ様にならないからって大串さんが、護衛さんたちをつけてくれたんだよ」
「そうなんだ。よかったね」
「まあ、ありがたいっちゃありがたいんだがな」
ボイはちらっとタッコボにあてがわれた平地式建物を見る。
「それが、タッコボの家?」
「なんだよ家って。まあ、そうではあるよ」
そういうと、ボイは許可も取らずに、平地式建物(タッコボの家)に入っていった。
タッコボの家の中は、半分が土間で半分が板張りの座敷になっていた。
土間には炉があり、煮炊きができるようになっている。
ボイの場合の食事は使用人が作ったものを、使主、嫡男、正妻と一緒に食べるのだが、タッコボは自分で作らねばならないようである。
ふと見ると、入り口付近に、米であろうか? 小さな藁俵に入った何かと、雉の肉らしきものと、野蒜などの菜がいくつか置かれている。
「これは?」
ボイがそれを指さすと、
「なんか館の人が持ってきた。持ってきてくれるのはありがたいんだが、ぽいっと投げ入れるように置いていくんだよ」
なるほど、タッコボは館の人たちからよく思われていないようだ。
それもそのはずである。タッコの郷が小杵に切り取られたのは館のみんなが知っているようだった。「あのタッコの田舎者がなんで一族に」とか「領地もないのに何であんな野郎が」とかヒソヒソと噂話をしているのが散歩中のボイの耳に入ってしまうのもしばしばだった。
ただ、ボイ自身は非常に厚遇されている。認めたくはないが、自分がワッカムイマであることもみんな知っていた。また、ただの笠原氏の一族と、たとえ養女だとしても「娘」である自分とは、大きな差があるのだろうということは、古代の社会について詳しい知識がないボイだとしても、何となく理解することは出来るのである。
◆◆◆
タッコボは、一生懸命試行錯誤して、米を炊こうとしている。何を隠そう、タッコボは初めての食事作りなのである。
郷では主に女たちが煮炊きをしてくれていた。まるで、高校を卒業して一人暮らしを始めた若者のようだなとボイは温かい目で見守っていたが、あまりの手際の悪さについつい手を出したくなった。
ボイにしても、郷で煮炊きぐらいは教えてもらっていたので、それくらいはできるのである。
なお、ボイの懐中には、昨日の食事で出されていた醤があった。こっそりとくすねてきたのである。
とてもおいしかったので、タッコボにも分けてあげようと考えたのである。
醤は醤油のルーツとなる、この時代の高級調味料である。豆や魚を塩漬けにしたものを発酵させて作る。味というと、ナンプラーのような現代の感覚でいうエスニックな風味がするのである。
ボイは昨日味わった、十年ぶりに感じる発酵食品の強烈なアミノ酸のうまみを思い返していると、脳内にはあるものが浮かんだのだ。カオマンガイ。とても食べたくなった。とても食べたくなったのである。
そして、目の前にあるのは、米、鶏肉、野蒜である。
いける!
ボイは勝手に確信した。
「いいよ、作ってあげる」
「お、良いのか?」
一人暮らしを始めたばかりの青年が試行錯誤しながら料理をしようとしているのである。
ここは、人生の先輩である大学院生のお姉さんが、料理を作ってあげよう。
ということで、カオマンガイを作ることにした。
材料は
・タッコボの米
・タッコボの雉肉
・タッコボの野蒜
・タッコボの塩
・ボイがくすねてきた醤
である。
この時代、米は甑と言われるせいろに似た蒸し器をつかい、蒸す方法を用いて炊くのが一般的だった。
なお、斜めに設置した甕で炊いて、煮汁を捨てる場合もあったのであるが、ソタイでは甑を使っていたのである。
ただ、ボイはこの甑で蒸すやり方が好きではなかった。なんの説明もなく、母にそうしろと言われてやっていたため、どうして甕に直接米と水を入れて炊かないのか? とたいそう不満だったのである。
そこでボイは、現代風の炊き方でカオマンガイを作ることにした。
甕に米と水と雉肉、野蒜、塩、醤。すべて入れて蓋をして、火にかけた。
「おい、全部使っちまうのか?」
「いいからいいから♪ ここはお姉さんに任せなさい」
「お姉さんって誰だよ?」
しばらくすると、ぐつぐつ煮え立ってきた。建物の中に、雉肉とナンプラーのいい香りがする。
沸騰し、蒸気が立ち上る。しばらくして、甕の中が静かになったら、炉の薪を取り出して、少し蒸らして完成である。
蓋を開け、蒸気の中から出てきたのは、茶色くどろっとした物体だった。
「あれ?」
茶色くなる材料は入れていない。沸騰して、水気がなくなったタイミングで火を止めたので、焦げたわけではないはずだ。
まあいいやっ!
「タッコボ!食べて!」
まずは味見である。タッコボに食べさせる。
「じゃあ、いただくぜ」
タッコボは一口食べたが
「うえっ! なんだこれっ! 泥の味がする……」
「え?」
ボイも食べてみたが、泥っぽくて食べられたものではなかった。
この時代、調理には土器を使っていたため、現代のように釜に直接米と水を入れて煮炊きすることはあまりしなかった。なぜなら、うわぐすりを塗っていない土器の場合、直接煮ると溶けだして米を汚してしまうのだ。
土器の耐水性。
言われてみればその通りなのだが、前世でステンレスやアルミの鍋、あるいはしっかりとうわぐすりが塗られた土鍋を使っていたボイは、カオマンガイへの食い気に負けて、そんな基本的なことすら頭からすっかり抜け落ちていたのである。
いつの時代も、母の言うことは聞いておくものである。
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