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ムサシカムイ 〜古墳時代の関東に転生した理系女子がたたら製鉄をしたら、豪族の覇権争いにまきこまれた話〜  作者: 四 二
第一部 第六章 前玉の館

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笠原として

「前玉もなんだかんだ風が強いんだよね」


質量と運動エネルギーを感じられるほどにゴウゴウと建物を揺らす風が吹いている。

前玉は秩父からの荒川、上毛からの利根川が流れ込んでくる平野部なので、とにかく風が強いのだ。


『風強いね』


「冬なんだからしかたなかんべ」


「え?タッコボが大和語しゃべってる」


『ちょっとずつだけどな。少しずつ、大串さんや護衛さんに教わっているんだよ』


タッコボが頑張っているのだが、なんだか、ボイが生前大好きだったおじいちゃんみたいなしゃべり方である。

『なかなかうまくいかねぇんだよ。なんだか、郷の話し方とまざっちまう』


「大丈夫、通じるよ!すごいねタッコボは。ちゃんと前むいてがんばってる」


『阿太知もここも、郷の言葉は通じねえからな。でも、むずかしいな。なかなか覚えられねえよ』


「仕方がないよ」


そんな会話をしていると、建物の外から大串さんが声をかけてきた。


「そろそろ行きますよ」


さて、どうなるか。

ボイは、『さすがに死罪はないのではないか』という淡い期待と、『やはり切腹かなぁ』という最悪の想定の間で揺れ動き、さらに『切腹だとしたらどう切れば痛くないのか』という見当外れな対策に、脳のリソースを無駄遣いしていた。


ボイとタッコボは使主会見が行われる高床式の建物に入り、いつものように平伏する。

大串さんは使主がいつも座る場所近くの一段下がったところに座っている。大串さんの後ろには大きな葛籠<<つづら>>が置かれていた。


(ああやだな、介錯したあとに首を入れるやつかも)


ボイは気が気ではなく、平伏しながらちらちらと葛籠の方を覗いていた。


そこに使主が悠然と入ってくると地響きのような声で、言い放った。



「――面を上げよ」


「「はっ」」


「この度は誠に残念であった。小杵も今回は動きが良かった。毛野とああまで連携するとはな」


その時、


「あ、ああ、あっ、あああ、あっ、」


ボイが声にならない声を上げだした。


「あごごごご、ごめんなさいです。わたしがががぶまくやれなかったがら......」


大丈夫だと思っていた。切腹ならそれでよし、いやだけど。でもまあしかたない。それが運命とおもっていた。おもっていたが、いざこれから言われると思うと、足がすくみ、胃液が逆流しそうになり、おそろしくておそろしくて、どうしようもなくなってしまったのである。


タッコボはそんなボイを心配そうに見つめ、背中をさすっている。


「あっ、ああっ、ぐ、うぐっ」


声にならない声を上げて、ボイは嗚咽している。



そんな様子をみて、使主は脇に控える大串さんに目配せをする、すると大串さんは会釈をし、いったん建物の外に控えている使用人の女に一言二言伝えると、使用人の女は小さな水を張った木桶に布を浸したものをもってきて、ボイの顔を優しく拭ってくれた。



「――落ち着いたか?まあ、無理だな。」


ボイは、胸に手を当てて、浅く呼吸している。頬が僅かにけいれんし、唇を震わせて、目をつむっている。



「いったんそこでそうしておれ。」


そういって、大串さんに目配せをすると、漢字が書かれた木簡をそれぞれの前に置く。


ボイが恐る恐る目を開けるとそこには二文字の漢字が書かれていた。


――麻禰。


「マ……ネ……?」


「うむ。麻禰。貴様は本日から、わし、笠原使主の娘、麻禰と名乗れ」


(え?死罪じゃないの?切腹しなくていいの?)


そう考え、恐る恐る見上げると、少し頬を緩めた使主はボイに言い放った。


「麻禰。貴様は一度死んだと思え。これからはわしの娘、麻禰として生きるように」


ボイは心底助かったと思った。全身から力が抜けた、そして、少し過呼吸気味になって床に突っ伏してしまった。


使主が再び目配せすると、大串さんの指示で再び使用人の女が入ってきて、ボイを部屋の隅に連れていき、落ち着くまで背中をさすっていた。



「そして、タッコボ」


「はっ!」


「貴様には、本日より、笠原氏を名乗ることを許す。今後は、笠原多古(かさはらのたこ)と名乗るように。」


「ははーっ」


「そこには、笠原多古と書いてある」


「ははーっ」


そこまで言うと、使主は部屋の隅で背中を丸めているボイのそばに行き、膝を床につけてボイの頭をなでながら語り掛ける。


「頑張ったな。もう大丈夫だ。安心するがよい。そして、郷は必ず取り戻す。だが、それには、貴様ら二人の力が必要なのだ。よいな。頼んだぞ」


「……はい…………せっぷく、切腹じゃなくてよかった……」


「切腹?なんだそれは?」


「切腹……。自分でおなかを切り裂いて……」


「は?なんで自分で腹を切るんだ?あほなのか?」


「え?だって武士は切腹って」


「武士とはなんだ?」


「えっ?」


使主が困惑するのも無理はなかった。日本の歴史に武士が登場するのはこの時代から5世紀も後、平安時代中期からである。

また切腹が武士の間で広く行われるようになるのは、鎌倉時代以降、はるか未来のことなのである。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

本作は今後、毎日0:00に更新していく予定です。


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