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ムサシカムイ 〜古墳時代の関東に転生した理系女子がたたら製鉄をしたら、豪族の覇権争いにまきこまれた話〜  作者: 四 二
第一部 第五章 火遊びの代償

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民信なくば立たず(民無信不立)

ボイ達一行は、阿太知を出立した後、現在の圏央道あたりのルートを東に進み、国道122号線が通っている場所を北上していた。

囮として先に出発した阿太知の部隊は、荒川(現在の元荒川)の東岸を北上し、敵の目を引き付けてくれているので、少し離れたところを大回りして、前玉に向かう作戦である。


ボイは、無理やり結われた美豆良みずらが大層不満であったのだが、馬上で揺られながら、真冬にしては少し暖かい風を感じていると、どうでもよくなってきた。

すると、郷にいるソタイルや母や周りの人たちの事が少し気がかりになってきた。小杵に従うから、今まで通り貢物を納めるから大丈夫と言われても、郷の子供として生まれ変わり、十年も暮らしているのである。気にならないわけがないのだ。


「私、郷に戻れるのかな……」


と、考えていることがポツリと出てしまった。


『言いにくいことですが、すぐには難しいでしょうな』

大串さんが、ボイの独り言を拾ってくれた。また、なぜか郷の言葉で答えてくれた。

『秋に戦った件と今回の件、両方とも、マネボ殿が郷の代表として、男たちを率いておりました。郷の者も多くがマネボ殿に付き従っておられました。これは、実質的にはタッコル殿やソタイル殿ではなく、マネボ殿がタッコの代表と見なされても致し方ないのです。小杵殿にもメンツがございますれば。今回、タッコル殿とソタイル殿のお命まで取らなかったのも、反乱の首謀者をマネボ殿ということにして、郷の者は従っていただけという筋立てにするしかなかったのです』


『わ、私は……』


『お気持ちはわかります。マネボ殿は、ワッカムイマを名乗ることを拒絶してこられた。でも、致し方ないのです。すでに使主様や小杵殿だけでなく、昨日の阿太知殿にしても、マネボ殿をタッコの代表と考えておられます』


『そんなのって』


『ですので、しばらくはマネボ殿は郷に戻るのを諦めてください。そう、使主様が毛野や小杵殿から、郷を取り返すまでは』

そこまで言って、大串さんは、後ろからついてくるタッコボを見て言葉を続けた。

『で、タッコボ殿はどうされますか?』


『どうするかって、そりゃあな。ボイは戻れねえんだろ? いいよ、俺も一緒に居てやるよ。親父殿やソタイル殿は無事なんだろ? だったらそれでいいじゃねえか』


タッコボがそう答えると、大串さんはにっこりとして、


『お見事です。タッコボ殿。それでこそ、東の男です』


タッコボは大串さんに褒められて、少し嬉しそうな、それでいて複雑そうな顔をしながら、ボイと大串さんが乗る馬に徒歩でついてきた。




◆◆◆



ボイ達は、現在の埼玉県加須市にある寄西きさいの地で一晩逗留し、翌日の宵の口に、前玉の館に到着した。

既にあたりが暗くなってきたこともあって、使主との会見は翌日ということになり、ボイ達は平地式建物ひらちしきたてものに案内された。

以前から前玉の館には、使主との会見のために幾度となく訪れていたのだが、宿泊するのは今回が初めてである。今までは、朝の日の出前にソタイを出て、徒歩と渡し舟をいくつも乗り継いでようやく昼前に前玉に到着し、会見が終わるととんぼ返りで日が暮れる前にソタイに戻っていたので、暗くなってからの前玉の館を見るのは今回が初めてであった。


平地式建物はすでに炭櫃すびつで温められており、部屋の中は油皿の灯りに照らされていた。

ボイは建物の中に入ると、奥の薄明かりに照らされた厚い一枚板に、漢字が彫り込まれているのを見つけた。


漢字だ。漢字である。他人の書いた字である。

ボイはこの世界に生まれ変わり、初めて、十年ぶりに文字を見た。バチバチと脳細胞が通信をはじめ、ボイは読み上げる。


「たつ、ふ? しん、む、みん? あ、違うか、昔だから逆から読むのか......民無信不立......民信無くば立たず……論語? かな?」


ボイは前世で大学受験の時にセンター国語も選択していた。特に漢文はシステマチックに読み進めるところがあったので、得意科目としていたのである。


「ええっ!?」


その光景をみて、大串さんが素っ頓狂な声をあげた。


「マネボ殿。字が読めるのですか?」


「え、そりゃ読めますよ」

ボイは当然とばかりに回答したが、大串さんの認識は違う。


この時代、文字を読めるのは、渡来人かヤマトの中枢にいる役人、あるいは一部の大豪族だけである。現代でいうところの、中央省庁の官僚や都道府県知事など、まさに一握りのエリートのみが持っている知識であったわけだが、ボイはまだ永久歯も生えそろっていない、十歳そこらの東国の田舎の郷の娘である。

確かに頭がよく、神の御子ワッカムイマなどと呼ばれて郷の者からは慕われているわけであるが、それにしても、まさかこの時代における最先端の技術である『字』が読めるとは。

そして、その言い方である。書の内容も、確かに論語と理解している。知っているのだろうか?


一瞬、様々なことが脳内をめぐり、少し表情を崩した大串さんだったが、さっと表情をもどし、


「そうですか。それでは明日、木簡をご用意いたしますね」


と答えると、足早に建物を出ていってしまった。




◆◆◆



建物の中には、むしろの上に獣皮を重ね、真綿入りの絹布を掛けた寝具が二組、用意されていた。

ボイはその寝具をそれぞれ建物の壁際まで移動させ、タッコボにはできるだけ距離を取ってから中にもぐりこんだ。

反対側の壁に張り付くようおかれている温かい寝具にニコニコ顔で飛び込んだタッコボは、すでに大きないびきをかいて眠っている。


明日は使主との会見である。使主は何を言うのだろうか。ここにきて、ボイの心の中に不安が芽生えてきた。

大串さんによると、使主もボイの事を郷の代表だと考えているらしい。

そしてボイは、タッコとソタイの郷の運営について、幾度となく使主から助言を受けていた。しかしそれを活かしきれず、結果的に小杵の侵攻を許し、おめおめと郷を奪われてしまったのだ。

タッコの郷がただの郷ではないことは、ボイにもわかっている。たたら製鉄を成功させたことで、あれだけの人が急激に集まってきたのだ。それほど価値のある、重要な拠点だった。それを、ボイの壊滅的な政治センスのなさにより失ってしまったのである。


そんなことを考えているボイの頭に、日中、馬上で見た前玉周辺の広く平坦な土地の記憶が蘇った。


「そういえばここに石田三成が堤防を築いて、忍城おしじょうを水攻めしたんだよな」という連想から、「そういえば、三成も関ヶ原の戦いで敗れて、京の都を引き回しにされた挙句、六条河原で斬首されたんだよな……」と、日中にポツポツと思考を巡らせていたことを思い出したのだ。


すると、


「あっ」


ボイの中で、何かがつながってしまった。


「ああっ! やばいじゃん!」


そうなのだ。やばいのだ。


使主は多くを語らず、先を読み、実力があればボイのような小娘でも郷の代表として重用する。

ボイの浅い歴史の知識において、該当する人物が一人、検索結果に出力された。


織田信長である。


信長ならどうする?


激高するよね?


『猿、切腹いたせ!』


っていうよね?


ボイは最高に暖かい寝具の中で、ガタガタと震えながら眠れない夜を過ごした。


いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


皆様の応援のおかげで、ひとつの目標だった『週間総合ランキングランクイン(283位)』と『累計10000pv』を投稿開始から1週間足らずで達成することができました!

ありがとうございます!


つきましては感謝を込めて、昨日(8/31)と本日(9/1)の正午(12:00)に通常の0時更新に加えて「追加更新」をさせていただきます!


これからの本編ではボイとタッコボも郷から活動拠点を移し、周囲の状況が大きく変わっていきます!新キャラも登場します。2人のさらなる活躍にぜひご期待ください!


もし本作についてご興味、ご関心いただけましたら、下記のブックマークや高評価(☆☆☆☆☆)をいただけますと、大変励みになります!

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― 新着の感想 ―
百点 てその概念存在しているのだろうか…? とか思ってしまいました
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