阿太知から前玉へ
翌日、阿太知の館の広場には二百名ほどの兵が集められていた。
昨日の大串さんの発案の通り、輿が用意され、そこには、女ものの衣と裳を着せられた小柄な兵が乗せられていた。
ボイの身代わりということらしい。
しかしだ。
「なんであんなにおじいちゃんなのさ!」
確かに大串さんが発案した通り、小柄な兵が輿に乗せられている。
だが、目を凝らすとどうだろう、そこには女装した小柄なおじいちゃんが座らされていた。
だが、問題はそれだけではない。なにやら、顔に真っ白に白粉が塗りたくられているのだ。
昔テレビで見たバカ殿。まさにそれである。
ボイは暴れた。いくらなんでもひどすぎる。身代わりになってくれるのはありがたい。
だけれども、あれが私だと、私のコスプレだといわれるわけだ。
「あれが、私なの?ねえねえ?あれがわたしなの?」
「まあまあ、あれなら遠目なら、男だと思われますまい」
そう大串さんがたしなめてくるが全く納得できない。
そしてあろうことか、小柄のおじいちゃんは、ボイのセリフをそっくりそのまま繰り返した。
「あれが、私なの?ねえねえ?あれがわたしなの?」
コスプレじいちゃんは一所懸命ボイの真似をしようとして、裏声を出している。
「あれ、絶対バレるよ!バレるって!無理だって!」
「あれ、絶対バレるよ!バレるって!無理だっゲフンゲフン!ゴホッゴホッ!ガホッ!」
ついにコスプレじいちゃんはせき込んでしまった。
そんなボイを放置して、事態は進んでいく。
中ほどにいる武官に阿太知が声をかけると、コスプレ行列は前玉を目指して静かに旅立っていった。
◆◆◆
「いやだあぁあぁぁぁぁああああ!」
ボイは平地式建物から外に逃げ出した。
しかし、彼女が着ているのは女ものの衣と裳ではない。男物、それも位の高い男の子用の『筒袖の衣』と膝のすぐ下のところに紐がついているニッカボッカみたいな『括り袴』である。
それは良い。それは良いのである。
「ワッカムイマ様お待ちください~」
逃げるボイを櫛と括り紐を持った使用人の女が追いかける。
そんなボイは、ガッと大串さんに衣の首根っこをつかまれた。
「マネボ殿あきらめてください。お命が危ないのですよ」
そうして、ズルズルと平地式建物に引きずり戻されていく。
「申し訳ございませんが、前玉に行くまでの辛抱です。」
「いやだぁぁっっ!」
そんな嫌がるボイに、大串さんは自らの美豆良を見せる。美豆良の横にある目をぱちぱちと瞬かせている。
「ほら、私だって美豆良なのです。男の子として前玉まで行くのですから、あきらめてください」
「そんな、ドーナッツみたいな髪型絶対に嫌だ!なに?それで『ひみこさま~!』とか言えばいい訳?」
「ドーナッツ?ひみこさま?」
『ボイ、あきらめろよ。確かに、俺らもなんとなく、小杵のやつらのみたいになりそうで嫌なのはわかるんだ。だが、しょうがないじゃないか。』
タッコボは、普通の貫頭衣を着ている。使用人として同行していくらしい。対するボイは、大串の子供ということにして、男の子の恰好をして前玉まで行こうというのだ。
『そうじゃないんだよ!タッコボは良いよね!タッコボはっ!』
「ええい、仕方ありません」
大串さんはそういうと暴れるボイを小脇に抱えて平地式建物に入っていく。
「あなたたちも手伝いなさい」
護衛の四人も促されて建物に入っていく。屈強な男達にがっちり身体を固定されて、ボイの両耳の横には、見事な美豆良が完成してしまったのである。
「うう......しくしく」
この時代、鏡は貴重品である。この場になくて良かったね。
◆◆◆
ボイの目からは光が失われていた。人は感情が死ぬと、目に光がなくなるのである。
男の子の恰好をして、両耳の横にドーナッツをつけて、大串さんの馬に乗っている。
ボイは体の大きさに合わせて作られた特製の鞍に座らされ、その後ろには大串さんが乗っていた。
そんな大串さんの馬の前後左右に護衛の男達が徒歩で付き従い、タッコボも後ろからついていくという形である。
「じゃあ行きますよ」
目を閉じ、心を閉ざしているボイをよそに、一行は阿太知の館の門を出て、前玉の館に向かう。
館の外には、うずたかく丸太杭が積まれている。館の外周をぐるりと囲む柵のさらに外側に、もう一周柵を作るつもりなのだろうか? 大槌で丸太杭を地面に打ち込んでいるのが見える。
『へぇー。もう一周柵を作るのかぁ』
タッコボがのんきにしゃべり始めた。
なぜか護衛達は、落ち着かない様子でタッコボの方をちらちらと見ている。
『こんな太い丸......』
とタッコボが言いかけたその刹那、護衛の男たちは遮るように大声で郷の言葉でタッコボに話しかけた。
『いやータッコボ殿はヤマトの服も似合いますなぁ!』
『本当ですなぁ!何を着てもお似合いですなぁ!』
『郷ではさぞやおなごにモテたのでしょうなぁ!』
そんな様子を馬上の大串さんが冷たい目で見つめる。
『そんなことないですよ!郷にはもっと丸太のような腕をした男もいますからね!』
「「「「あっ......」」」」
ついに、大串さんの前で丸太と言われてしまった。
護衛の者が恐る恐る見上げると、そこにはいつもの【大串さん(ぶんかんのすがた)ノーマル / むし】から【大串さん(ぶじんのすがた)はがね / かくとう】にフォルムチェンジした大串さんがいた。
「お前たち、後でお話がありますよ」
「「「「ひっひぃぃぃぃ......」」」」
護衛達が打ち震える中、タッコボは護衛達が突然震えだしたことに困惑し、ボイは相変わらず両目を閉じたまま地蔵のように何の反応も示さなかった。
ただ、護衛達とタッコボの足音と、馬の蹄の音だけが、武蔵野の大地に響いていた。
◆◆◆
心を閉ざしながら馬に揺られているボイだが、それでも呼吸はするものである。
後ろに乗っている大串さんから、不思議な匂いがしてくるのをボイは感じた。
スンスンッ、スンスンッ
ボイがわずかな匂いの痕跡をたどろうとしているのに気づいた大串さんは、こころもち上機嫌にボイに話しかけた。
「マネボ殿、匂いが気になりますかな?......これでございます」
大串さんはそう言って、懐中から小さな絹の袋を出した。匂い袋である。
「これは、以前私がヤマトにいた時に、とあるお方からいただいたものなのですよ」
そういって、ボイの鼻先に匂い袋をちかづけた
「なにこの匂い......昔嗅いだことあるような......」
「えっ?」
大串さんは少し驚いた顔をして、ボイの顔を後ろから覗き込んだ。
大串さんがボイに嗅がせたのは麝香である。雄のジャコウジカの腹部にある「香嚢」という分泌腺を切り取って乾燥させてつくる、甘さと獣のような香りが混ざり合った香であった。この時代、東国はおろか、ヤマトでもごくごく限られた者のみが所有している、現代の価値に換算すれば目が飛び出るほど高価な品なのである。
だが、ボイの脳裏には前世のとある記憶がフラッシュバックする。
弟がなんだかよくわからない中古の大きな黒いセダンを買ったらしく、わざわざ見せびらかしに来た時のことだった。
『ズンズンドンドン、ズンズンドンドン』とめちゃくちゃうるさい音楽が鳴っていたあの車だ。『姉ちゃん乗せてやるよ!』とドヤ顔で迎えに来るあたり、なんだかんだ言ってちょっと可愛い弟ではあったのだが、無理やり押し込まれた助手席は最悪だった。
あいつは夏場の車内に、スルメの袋を放置していたのだ。その強烈な干物臭と、ダッシュボードに置かれたギラギラメッキがしてある芳香剤の甘ったるい匂いが混じり合って、むせ返るような最悪の匂いになっていた。
確か香りはそう、ホワイトムスク。まさにこれであった。
心を閉ざしたボイの脳内に、前世の記憶がよみがえる。
「ズンズンドンドン、ズンズンドンドン......」
ボイは、この時代にない不思議なリズムを奏で始めた。
この時代、馬を移動に使うのは支配階層、VIPだけである。
古墳時代のVIPが乗る馬上で、謎の重低音が刻まれていく。
「ズンズンドンドン、ズンズンドンドン、ズンズンドンドン、ズンズンドンドン......」
1500年後には『上尾道路』が通ることになるその場所で、古墳時代に生きるボイは一人、ウーハーの重低音を口ずさんでいた。
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つきましては感謝を込めて、本日と明日の正午(12:00)に通常の0時更新に加えて「追加更新」をさせていただきます!
これからの本編ではボイとタッコボも郷から活動拠点を移し、周囲の状況が大きく変わっていきます!新キャラも登場します。2人のさらなる活躍にぜひご期待ください!
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