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ムサシカムイ 〜古墳時代の関東に転生した理系女子がたたら製鉄をしたら、豪族の覇権争いにまきこまれた話〜  作者: 四 二
第一部 第五章 火遊びの代償

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阿太知の館

「......あれ?ログハウス?」


ボイが目を開けると、そこには、真新しいヒノキで作られた、屋根裏が見えた。


周りを見渡すと、誰一人いない、ただ、部屋の中央の炭櫃にくべられた炭がパチパチと音をさせているだけである。

ここはどこだろう?全然知らないところである。


「起きられましたか?」


身体を起こし、目をこすっていると、土器を抱えた女が入ってきた。

女は、腰を下ろすと、土器の中から新しい炭を取り出し、炭櫃にくべ始めた。


「阿太知です。阿太知様のお館となります」


「あっ」


ボイはようやく昨日のことが意識の中にもどってきた。


「そうだ。逃げてきたんだ......、あれ?タッコボたちは知りませんか?」


「大串様達は、隣の建物でお休みになられています」


「そ、そうなんだ」


「まだ、明るくなるまでもう少しかかります。お疲れなのですから、もう少しお休みなさいませ」


そういって、女は建物の外に出て行ってしまった。


「......」

「......」


建物の外では、聞き取ることは出来ないが、小声で何か話をしているようだった。


ボイは再び横になると、すぐに寝息を立て始めた。


◆◆◆


外が明るくなってくるとボイは目を覚ました。

建物の外に人の気配を感じていると、女たちが数人と、大きな木桶きおけを持った男が入ってきた。

男は木桶を置くと、早々に立ち去ってしまい、建物の入り口には布が掛けられた。

木桶には、ホカホカと湯気が立っている。


「ワッカムイマ様、湯あみのお支度ができました」


「ゆあみ?ですか?」


ボイはゆあみなど知らない。前世では毎日シャワーを浴びることが日課だったボイだったが、この時代に生まれ変わってからは清水や川で身を清めるしかなかったのである。

女たちに手際よく服を脱がされて、脛ぐらいまでの深さに湯が張られた木桶に座らされた。


「熱くありませんか?」


女たちは、木桶の湯に布を浸してボイの身体をふきあげていった。


(やばい、きもちいい......)


全身にべっとりとついた、汗や泥が少しずつ磨き落されていく。同性とはいえ、見ず知らずの者に、からだを自由にされることなど、普段のボイなら絶対に拒否するようなことなのだが、女たちの手際の良さと、十年ぶりの暖かいお湯で身体を清めることができる気持ちのよさには抗うことができず、女たちに任せっきりになってしまっていた。


湯あみが終わると、柔らかい布で身体に残った水分を拭きとられ、桜色に染め上げられている衣と生成りの地に薄い灰色の縞柄がついている裳を身につけさせられた。


その後、建物の外に促されて出ると、タッコボと大串さんが立っていた。タッコボは全く似合わないヤマト風の貫頭衣を着ており、本人もよっぽど気になるのかすこし居心地が悪そうにしているのがほほえましい。それを少し間を開けるように、昨日タッコボを丸太で殴って気絶させて運んできたり、船頭を務めてくれたりした男達が囲んでいた。


『マネボ殿、おはようございます。ささ、行きますよ』


『どこにいくの?』


『この館の主、阿太知殿が先ほど戻られましたので、挨拶をと思いまして、ご一緒にお願いできますでしょうか。あと、タッコボ殿、申し訳ございませんが、ご挨拶の間はヤマトの言葉を使わせていただきます。』


大串さんは、相変わらず柔らかい物腰で、少し甲高い声で目をぱちぱちさせながら話した。


◆◆◆


館の使用人に案内され、ひときわ大きな高床式の建物の前にきた。


タッコボが、

『すげえな。使主様のお館もすげえ建物なんだけど、ここの丸太もすげえよなぁ』

と、ボキャブラリーに乏しいタッコボがすげえすげえと建物の感想を口にした、その瞬間だった。


「丸太」という単語に、大串さんがピクッと眉を動かし、スッと冷たい視線を隣の護衛たちへ向けた。

すると、昨日タッコボの後頭部を丸太でゴンっと殴って気絶させていた護衛たちが、


「さ、さあさあ! そろそろでございますぞォーッ!!」

「阿太知様がお待ちでございますぞォーッ!!」


となぜか無駄に誰が見てもわかるようなことを大声で叫びだし、必死にタッコボの言葉をかき消そうとしていた。


(え、何? 護衛さんたちどうしちゃったの???)

ボイは護衛達の不思議な行動を見て、首を傾げた。


当のタッコボは『ほんと、あの太い丸太をどうやって……』とまだ続けようとしていたが、護衛の一人がもう勘弁してくださいと言わんばかりの表情でタッコボの背中をグイグイと押し、建物の中へと追いやった。


大串さんはそれを一瞥すると、すぐにいつもの表情になり、目をぱちぱちさせながら、ゆっくりと建物の中に入っていく。ボイも慌ててそれに続いた。


建物の中には、すでに阿太知と思われる男が座っていた。髭も、髪の毛もすべて白く、顔に彫り込まれた皺が、年齢を感じさせる。しかし、その体躯は若い者と比べてもいまだ衰えを見せず、堂々たるものであった。ただ、使主のように建物の奥のいわゆる上座ではなく、入り口から見て左側の側面に座っていた。

大串さんは、ボイとタッコボを反対側の側面に座らせて、自分は入り口付近に座って平伏してしまった。


つられて、ボイとタッコボが平伏しようとすると、阿太知と思われる男から声がかかった


「おやめくだされ、ワッカムイマ殿。わしはもともとは、ワッカムイマと同じ、東の民にございます。」


あわてて、平伏するのをやめて、阿太知を見るボイ。

ワッカムイマが少々気にはなったが、そういうものなのだろう。もうあきらめた。


「いやいや、まずはご挨拶ですな。私、阿太知と申します。この度はわしの力及ばず申し訳なかった。小杵がタッコを狙っていると聞いて、兵を出したのですが、間に合わず。おめおめと引き上げてきた次第でございますわい」


「あ、え?そうなんですか?それはありがとうございます。」


(この人、郷を助けようとしていてくれたの?)


そこに大串さんが割り込む

「まあまあ、阿太知殿、この度は小杵殿の手際が良すぎたのです。我々も横渟に張り付きで身動きが取れませんでした故、こうして、ワッカムイマ殿をお助けできただけでも良しということにいたしませぬか」


「まあ、な。われわれも、そのままさらに攻め入ってタッコを奪い返すこともできたかもしれんが、横渟から阿太知は目と鼻の先、あそこでまともに当たって消耗してしまうと、横渟の毛野にその一部を差し向けてこられると少々心もとなくなってしまうのだ。して、この後は?」


「我々はここから前玉に入ります」


「前玉とな。その間にはもはや毛野の手勢がフラフラしているかもしれんぞ」


「そこで、阿太知殿に折り入ってお願いが」


「なんだ?」


「100か200の手勢をもって、前玉の近くまで往復していただけませぬか?」


「ん?我々の護衛が欲しいのか?」


「いえ、護衛ではございません。阿太知殿には、空の輿、んー、小柄の兵に女ものの服を着せて、輿にのせて、それで前玉まで往復していただきたい」


「なっ?それは、わしらにおとり役をせよと?」


おとり役、大変失礼な話である。先ほどまで柔和な顔で大串さんの話に応じていた阿太知であるが、さすがにこれには目をむいた。

しかし、大串さんは言葉をつづける。


「お願いできますか?」


「き・さ・ま......」

阿太知の怒りが頂点に達しようとしたとき

「阿太知殿!!!!!!!」

大串さんは阿太知の顔を射抜くように睨みつけ、雷鳴のような激しい声で阿太知の名を呼び制止させると、すぐにいつもの表情に戻って言葉をつづけた。

「すでに使主様より、大王(おおきみ)に事の次第は言上されております」


その言葉が落ちた瞬間、空気が凍りついた。


一瞬だけ間を空けて、阿太知は背を伸ばし、大串に向かって平伏し、言葉をつづけた。


「仰せのままに」


パチパチと爆ぜる炭櫃の音だけが、建物の中に聞こえていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

本作は今後、毎日0:00に更新していく予定です。


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