小杵恐るべし
郷の男達は、めいめい武器になりそうなものを持ち、小杵が進軍してくる郷の北側を流れる都幾川の方面へ走る。
ボイとタッコボも慌てて彼らを追いかけた。
野だたらに使用する炭の原料として、そこらじゅうの木を伐採してしまったために、小杵が進軍してくるのがとてもよく見えた。目を凝らすと、200人ほどの大きな塊がまっすぐにタッコの郷を目指して進んでくる。その中央後方で馬に乗っているのは小杵だろうか?今回は、輿などには乗らず、馬上にて軍の指揮をしている。そして、左方、都幾川の少し上流方面に目を移すと、少し小さめの塊が大回りしてタッコの郷の側面を目指しているのが分かった。
(何とかして川を渡ってくる前に攻撃できないかな……)
冬の都幾川は水が冷たい。敵が水に浸かってもたついてくれれば、多少なりとも当方の戦力不足を補えるはずである。ボイは必死に頭を回転させた。
そう、考えたのもつかの間だった。
小杵軍のなかから数人の軽装の男が縄を持って川に飛び込み、一気に渡河してきた。そしてその男たちが対岸で縄を引っ張ると、こちら岸へ向かって数珠つなぎになった船が引き寄せられ、あっという間に橋のようになった。舟橋だ。
間髪入れずに、重装備の本隊がその舟の橋を渡って進軍してきた。完全に遅れている。圧倒的な練度の差。あっけなく上陸を許してしまったのである。
『だめだ!さがって!むり!』
『小杵を許すな!』
『うおおおお!』
ボイは必死に叫ぶも、興奮状態の郷の男たちに声は届かない。彼らは鬨の声を上げる。そして、渡河を終え陣形を整えつつある小杵軍に突進していく。
『ぐはぁっ』
当然のごとく、統制の取れた小杵軍の壁は、素人の郷の男たちの突撃をいともたやすく押し返していく。
『きゃあ――――っっっ!!!』
その時だった。
今度はなんと郷の方から、女たちの悲鳴が聞こえてきた。
振り返ると、郷の中心部からもうもうと黒い火の手が上がっていた。
小杵軍にあたっていた郷の男達は完全にうろたえた。中には郷に戻ろうと敵に背中を見せるする者もいた。
その隙を当然逃すわけなく、郷の男たちはたちは次々に打ち取られていく。
『だめっ!!一回さがってっ!!』
ボイの声はとどかない。
ついには、大回りした別動隊も渡河に成功し、北西方面から郷に進軍されてしまった。
それをみて、郷の男たちはいっせいに郷に向かって走り始めた。
盾となっていた男たちがいなくなり、ボイの眼前まで小杵軍が迫ってくる。
(あ、これ、つかまってジジイの側女か、殺されるかだな......)
ボイが覚悟して目を閉じたその刹那、後ろから首根っこをつかまれて、強引に馬の上へと引きずり上げられた。
「マネボ殿、お怪我はありませんかっ?」
大串さんである。
「た、タッコボが......」
ボイの隣にいたタッコボが、何事かとこちらを見ている。
そうすると、どこから湧いて出たのか、小杵軍ではない男たちがタッコボの背後に近づいていき、
ゴンっ
と、太い丸太で後頭部を思い切り殴りつけた。白目を剥いて崩れ落ちるタッコボ。
「えっ」
絶句するボイの前で、男達は気絶したタッコボの両手両足を一人一本づつ掴んで持ち上げると、そのまま大串さんとボイを乗せて走る馬を全力で追いかけてきたのであった。
馬上で、小さくなっていく郷を見るボイ。郷はあちこちで火の手が上がり、小杵軍の本隊も郷に侵攻していくのが見えた。
ボイは郷に戻ろうと暴れたが、文官のはずの大串さんは思いのほか力が強くかった。
「あぁ......」
抱えられたままどうすることもできず、野だたらではない煙を上げ続ける郷から離れていくしかなかったのである。
◆◆◆
大串さんは都幾川沿いをチウラクの郷の対岸まで馬を走らせた、タッコボは相変わらず男達4人に両手両足を持たれて運ばれている。
そこには、自然堤防に隠れるように、一艘の舟が留められていた。
気絶したままのタッコボが舟に投げ入れられる。つづいて、暴れるのをあきらめたボイを抱えている大串さんが馬のまま舟に乗り込む。
タッコボを運んできた男たちの中から二人ほどが舟に乗り込む。
彼らが操る舟は、完成したばかりのチウラクの水路を通って市野川にむかって進んでいった。
舟に乗って、やっとのことで大串さんから解放されたボイは、舟の床にへたり込むとうつむいて肩を震わせた。
「ああああ、私のせいでみんな殺されちゃう......」
ボイは下唇をかみしめて、涙を流す。
そこに、へっぴり腰で馬を降りた大串さんが声をかけた。
「マネボ殿、心配することはありません。小杵殿も郷の者を殺してしまったら貢物が手に入らないのです。だから、そのまま。そのままです。それに、いままでもタッコとソタイは小杵殿に貢物を納めていたではないですか。そのまま。そのままです......」
「殺されないの?」
ボイは震える声で大串さんに尋ねる。
「殺されません。戦いの中で死ぬものは居るでしょう。それは不幸なことです。ですが、戦いは終わったのです。いままでどおり、貢物を納める。そのままです......」
ボイたちを乗せて舟は進む。造られたばかりの水路を。
土掘り衆の作業を座って見学していた小高い丘を、ボイは舟に揺られながらただ見上げるのであった。
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