小杵再び
「小杵がっ!毛野と手を結びっ!再びこの郷を狙っていますっ!!」
大串さんが鍛冶場に転がり込んできて、そう叫んだ。
ボイは『毛野』という勢力については聞いたことがあった。少し前に、水路の建設現場で邪魔者扱いされ、小高い丘の上に座って見学していた時のことだ。
大串さんが暇つぶしにと、このあたりの情勢について話してくれたのである。
何やら、あのエロジジィ......もとい、小杵は使主とおなじ『笠原氏を名乗る一族』であること。それがあるから、前回も館を攻めはしたが、完全に打ち滅ぼさずに、ソタイの郷とタッコの郷を使主側で切り取ることで話をつけたということ。
そもそもが、北武蔵は身内同士で小競り合いしている余裕はなく、北の『毛野』や『那須』といった、この地を虎視眈々と狙っている勢力からの防衛が最優先であるということなどである。
あの時は、毛野と聞いて、なんとなく土堀り衆の親方のネッニみたいな髭がもじゃもじゃな人がたくさんいるのかなと、のんきに考えていたものだ。
それもあって、ボイは今の状況が理解できなかった。
「え?毛野って、あの毛野でしょ?」
「そうです!あの毛野です!小杵殿は、あろうことか毛野と同盟を組んでしまいました。そして、毛野は横渟に向かって進軍中で、それを使主様が食い止めているところでございます!」
※横渟は埼玉県比企郡吉見町付近にあったといわれています。
「横渟?じゃあ、タッコの郷からは結構遠いよね。なんで大串さんは焦ってんの?」
「それが、使主様が横渟の対応で手一杯なのをみて、小杵殿はこちらの郷に進軍準備をしているようなのですっ!」
『なんだ?小杵だって?小杵が何するんだって?』
ヤマト言葉は理解できないが、『小杵』という単語だけには反応したタッコボが割って入る。
『タッコボ殿、落ち着いて下されよ!再度、小杵殿がこの郷を狙っておられるのですっ!』
『っな!?』
タッコボの顔がみるみる紅潮した。よっぽど小杵のことが嫌いなようだ。
(……それはそうとして、大串さん、郷の言葉話せるんだね。今までヤマト語しか使っていなかったから話せないのかと思ったよ。……ってことは、タッコボに大串さんのことを『目をぱちぱちさせるおじさん』って言ってたの。全部聞かれてる?全部聞かれてないよね?ね?ね?)
『使主様の援軍は無理なのか?』
『はい、難しいです。毛野は大群で攻めてきました。私の見立てですが、このままでは横渟は切り取られるかもしれません。そうしたら、いったん前玉に退いて、守りを固めるしかありませんっ』
『なんと......』
そこに、鍛冶場にいた男たちが割り込んできた!
『おうおう!タッコボよ!弱気じゃねえか!』
『一度、小杵の野郎には完全に勝ったではないか!おそるるに足らぬ!』
ちがう!
みんな忘れている!
あれは確かに勝った、勝ったのだが、あくまでこちらが持ち込めたのは一瞬の膠着状態までだ。実際は、背後に回って使主様が御陵の館を叩いてくれたから、何とか勝てたに過ぎない。
でも、ダメだ。みんな都合の良い所しか見ていない。
『よし!もいっちょ小杵をけちょんけちょんにしてやろうぞ』
『おう!おう!』
そういって、男たちは鍛冶場にある鍬をもって、どこかにいってしまった。
タッコボは少し不安そうに聞いてくる
『大丈夫なのか?』
大丈夫ではない。が、やるしかない。ただ、救いがあるとすると、タッコの郷は前回の戦いの時よりも住人が増えていることだ。
前回はタッコ、ソタイの男たちをかき集めて50人ほどだったが、今なら200人ぐらいはいるのではないだろうか?
十分に戦いになるような気がする。
『やるしかないよね……』
『そうだな……』
こうして、再び都幾川を挟んでの戦いが行われることとなった。
ボイとタッコボが覚悟を決めた瞬間、
『おい!もう来てるぞ!』
『えぇ!?早すぎる!?』
電光石火。
すでに小杵軍は都幾川に向けて、進軍を開始していた。
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