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ムサシカムイ 〜古墳時代の関東に転生した理系女子がたたら製鉄をしたら、豪族の覇権争いにまきこまれた話〜  作者: 四 二
第一部 第四章 開かれる郷

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水路建設

土掘り衆の圧倒的なエネルギーにより、水路建設の測量も終わり、掘削がすすめられていく。

最初に立てられた等間隔の杭は水路予定地の左右に増やされて印がつけられ、その地点でどれだけの深さを掘ればよいのかが示されていた。

ここまで的確に指示されれば、あとは力仕事である。タッコボ謹製の黒鉄のくわを使い、ソタイの郷の者たちがどんどん掘り進めていく。

もちろん土掘り衆も掘るのだが、作業がバッティングしないように同じ箇所は掘らず、全体の工区を分割して進めていた。ソタイの郷人が担当する工区についても、正しい深さと幅で作業できるよう、土掘り衆の者が一人ずつ監督についてくれている。恐ろしくシステマチックな進行である。


ボイはそんな、土掘り衆とソタイの郷のJVジョイントベンチャーが進める一連のインフラ工事を、ぼけーっと眺めていた。

好きでぼけーっとしているわけではない。手伝おうとすると怒られるのだ。ソタイの郷の工区に行くと「危ないからあっちへ行け」と怒られ、仕方なく土掘り衆の工区に行ったら、そこでも「しっしっ」とやられて邪魔者扱いされてしまった。

そのため、近くにある小高い丘の上に座り、ソタイルが塩の交易の『お土産』として持ち帰ってきてくれた煮干しをしゃぶりながら、見学しているしかなかったのである。


「いやあ、いつもながらニッネ殿は手際がよろしいですな」

大串さんは、ちょいちょい現場に顔をだしてくれている。ソタイだけではなく、タッコの方へも足を運んでいるようだった。


「でも、手伝わせてくれないんだよ」


「ははは。それは困りましたな」

大串さんは、神経質そうに目をぱちぱちさせながら笑ってくれた。

「それはそうと、そろそろ掘削工事も終わりが近づき、あとはニッネ殿たちの仕上げとなります。そろそろ、掘り出した土を前玉に運ぶ段取りについて、使主様へご報告される時期になりますな」


「そうだね。そんな時期だよね」


大串さんは見た目こそひ弱で頼りないが、なんだかんだといつも先回りして調整してくれている。水路を通すチウラクの郷に事前に根回ししておいてくれたのも大串さんだそうだ。大変ありがたい。



◆◆◆



ボイはソタイルを連れて、前玉の館に向かった。

秩父や赤城などの山々から吹き下ろす北西からの冷たい風が、刃物のように肌を突き刺す季節になってきた。ボイは分厚い鹿の皮衣かわぎぬをすっぽりと羽織っている。精神的には大人であっても、十歳の小さな身体に北武蔵の冬の寒さは堪える。

特に、現代よりも年平均気温が数度低い、古墳時代末期の寒さは、ほんの十年前まで暖かいダウンジャケットで防寒していた記憶をもつボイにはとても厳しいものであった。

途中に何度か使う渡し舟は、冬で川の水位が下がっているため距離は短くて済むのだが、「落ちたら確実に死ぬな」と考えると、どうしても身体が強張ってしまった。


前玉の館に到着し、土を運び込む手段や場所について使主に報告を終えたボイだったが、会見の終わりに、使主から気になることを問われた。


「ところで、ソタイマネボ。鉄鋌の貴様の取り分については、いかほどにしておる?」

使主も案外細かいところを気にするな、とボイは思った。

実際のところ、歩留まりはそんなに悪くない。タッコルはものづくりに厳しいため、出来上がった鉄鋌が不良品になることはほとんどないのだ。ただ、野だたらで失敗してしまった品質の悪い鉄塊が鍛冶場に持ち込まれることがあり、その場合は不良品が多く出てしまう。

ボイは完成品をチェックし、あらかじめ5%ほどの予備があれば貢物が足りなくなることはない(十分なバッファが取れる)と計算し、百に五の割合でボイの取り分ということにして、鍛冶場で不良品発生時の補償分として保管するようにしていた。


「百に五としております」

そう答えた時、使主の眉がピクリと上がった。


「百に五だと? 少なすぎる。十に三にせよ。十に四でもよいぞ」


(は? なにを言っているんだ?)

十に三? 使主に貢物として納める分と合わせたら、郷のみんなから60%もふんだくることになるじゃないか。六公四民かよ。なに? 十に四でもよい? そんなの七公三民じゃないか。どこの悪徳大名だよ。


「それじゃあ、みんなの分が……」

「ソタイマネボ!」

使主は低く、しかしよく響く大きな声でボイの言葉を遮った。

「もうよい、下がれ。そして、タッコの郷をよく見てみよ。……話はここまでだ」


「は……」


冬の北武蔵は北西の風が強い。前玉から見てソタイは西に位置しているため、帰り道はずっと容赦ない向かい風を浴びることになる。

すでに太陽は秩父の山の向こうに隠れて、周囲は急に暗くなっていく。冷たい風に身体の芯まで冷やされ、手足の感覚がなくなっていく中、ソタイルとボイは無言のまま郷に向かって歩き続けた。

参考情報:チウラクの水路は現在も使用されている長楽用水路をモデルとしました。

この用水路は室町時代には開削したといわれていますので、それ以前に原型があったのではないかと想像を膨らませて創作しております。


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