かみ合わない
ボイは水路建設については土堀り衆に任せておくことにした。現場に行っても何もすることがないし、手伝おうとしたら「邪魔だからあっち行け」と言わんばかりに追い出されてしまったのである。
ということで、久しぶりにタッコボいじりでもしようと、タッコの郷へ向かうことにした。
ソタイの中心部からタッコの郷までは、十歳の足でも十分から十五分くらいで行ける。その中間に、深さが三、四メートルほどの浅い谷があるのだが、そこでボイは奇妙なものを見つけてしまった。
谷のソタイ側の坂の上に、なにやらこんもりとした土盛りができているのだ。
今までこんなものはなかった。たしかに、ここのところの野だたらのおかげで付近の木が切り倒され、見通しが良くなったということもあるだろう。だが、こんなのなかった。絶対に、なかった。
そう確信して見つめていると、都幾川のほうから少し大きめの川石を運んでくるタッコの郷の者が現れた。
『なにしてるの?』
ボイが尋ねると、男は恭しく頭を下げた。
『これはこれはワッカムイマ様。こちらは、ワッカムイマ様がお使いになる祭壇でございますよ』
『は? 祭壇? なにそれ? そんなのいらないんだけど?』
『おかしいですね、我々はワッカムイマ様がご所望だとお聞きして作っているところなのですが?』
『知らないよそんなの!』
また『ワッカムイマ』である。祭壇ってなんなんだよ。誰だ、勝手に発注したやつは。
ボイは「またこれか……」とこめかみが痛くなるのを感じながら、大股歩きでタッコボのいる鍛冶場を目指した。
歩きながら周囲を見渡すと、相変わらず野だたらは盛況のようだ。
(こんなに鉄を採ったら、森どころか川の砂鉄だってなくなっちゃうんじゃないか? 資源ってのは有限なんだぞ)
そんなことを考えながら歩いていくと、またしても見慣れないものが現れた。高床式の倉庫だろうか、なにか大きな建物を建設している。
そして、その奥の方で郷の者と話し合っているのは誰だろう? ヤマト風の服を着ているが、小杵の手の者のように横柄な感じには見えない。さらに驚くべきことに、タッコの郷の者の中にも、一部ヤマト風の服を着ている者が現れ始めている。
どういうことだろう。行商人からもらったのだろうか。まあ、郷が発展するのは良いことだ。ボイは深く考えるのをやめた。
やがて鍛冶場に着いた。いつものようにタッコボをからかってやろう。
『おーい! タッコボ!』
『なんだ、ボイか』
『ボイじゃないよ! ソタイのマネボだよ!』
『そうだな、ソタイのマネボだな』
……あれ? 意外な返事が返ってきた。いつもならここで軽口の叩き合いになるはずなのに。
『なに、どうしたの? お腹でも痛いの?』
『いや、そうじゃないんだけどな。なんか最近、タッコの郷に色々な人が入ってきていて、落ち着かないんだよ』
どうやら、タッコボは人見知りを発症しているらしかった。シャイなやつめ。
『まあ、いいんじゃないの? 行商人さんとかがよく来てくれて、鉄の道具をたくさん買っていってくれるんでしょ?』
『そうではあるんだけどな……なんか、こう……な』
言葉を濁すタッコボの足の甲を、ボイは思い切り踏んづけてやった。そして、踵でぐりぐりぐりぐりぐりぐりしてみた。
『あいたたたたッ! いてえって!なにすんだよ!』
『タッコボはタッコボなんだから、所詮タッコボなんだよ!』
『なんだよそれ』
ボイはなんとなく会話が噛み合わない感じがして、無性に気分が悪くなった。
いつもの調子が出ないタッコボにつまらなさを感じ、彼女はさっさと鍛冶場を出て、ソタイの郷に戻ってしまったのである。
◆◆◆
土掘り衆の飯場は、午後になると賑やかになる。
子供たちは、ある程度の年齢になると現場の手伝いをする。そうはいっても、大人と比べて力もなければスタミナもないため、主な仕事は大人たちが作業する現場への補給だ。前日に煮沸しておいた飲み水や、塩分補給のための干し肉、塩漬けの菜などを、大人たちの求めに応じて飯場から現場へと運ぶのである。
それも昼過ぎには終わるため、仕事が終わった後から夕食の手伝いが始まるまでは、子供たちにとっての休憩時間となっていた。
見た目七、八歳くらいの土掘り衆の子供たちが二、三人たむろしているところに、ボイは近づいて行った。年長者として、ここはひとつ遊んであげることにしたのだ。
「やあ!」
「あ、ワッカムイマ様!」
「ワッカムイマじゃないんだよ。マネボって言うんだよ。ソタイマネボ」
ボイは幼名ではなく、正式な名であるソタイマネボと呼ぶように言った。
「どうされました?」
子供たちの態度が、なんだかよそよそしい。
「えーと、遊んであげようかと思って」
「ワッカムイマ様。我々は仕事でお邪魔している身ですので、依頼主様にそのようなことをしていただく義理はございません」
「えっ」
ボイは完全に固まってしまった。
(この土掘り衆の子供たち、私より年下だよね。いやいや、待て待て。私は前世の二十四歳でこの時代に来たから、今はえーと、ああ! 二十代後半のお姉さんだ! いやいや、おかしいだろ。なんで二十代後半の私が『遊んであげる』って言ってんのに、こんなビジネスライクな断り方をしてくるんだよ! 私は二十代後半だぞ。いや、待って。二十四足す十って……あれ? おかしいな。にじゅうによんをたすと、あれ? あれっ?)
ボイは頭の中で簡単な算数の思考がぐるぐると迷走しはじめた。なぜか脳内で計算結果を確定しようとするとコミットできずにシステムエラーが発生するのだ。交錯する思考のなか、気が付くとなぜか自然と涙が溢れてきていた。
「あ、ワッカムイマ様、大丈夫ですか?」
そして、八歳児に本気で心配される始末である。
ボイは『回れ右』をして、自分の竪穴住居に向かって全速力で逃げ帰ったのであった。
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