鍛冶場のタッコボ
そんなこんなで、十年の歳月が流れた。
どうやら麻子は、古代日本のよくわからない時代に生まれ変わってしまったらしい。
(これ、完全にラノベでいう転生ってやつじゃん)
しかし残念ながら、チート能力を授けてくれる女神様もおらず、脳内で親切に語りかけてくれる便利なAIもいないのであった。
(まあ、仕方ない。さもありなん)
十歳になった現在の名前は、ソタイマネボ。幼名の『ボイ』で気安く呼んでくるのは、もはやとなりのタッコの郷に住む幼馴染のタッコボくらいのものだ。
肩口で切りそろえた黒髪にほんのりと小麦色に焼けた肌をしている。体つきこそ年齢相応に小柄で細身だが、野山やあぜ道を毎日駆け回っているおかげで、しなやかな筋肉のついた無駄にパワフルで健康的な女の子に仕上がっていた。
なお、見た目は愛らしい村娘だが、中身はゴリゴリの理系大学院生である(と、本人は思っている)。
どうやらここは、現代日本語がまったく通じない古代の土地らしい。アイヌ語に似た独特の古い言葉が使われている。
ただ、たまに郷に訪れる、ヤマトタタケルのような髪型をした近隣の大豪族の使いの者が、日本語に似た言葉を話しているだけである。
西に見える秩父連山、そこから少し南に視線を移すと、富士山の美しい山の稜線が美しく視界に入ってくる。位置関係からいって、埼玉県北部である。道路建設や災害などで削られる以前のちけいであるため、若干確定ではないのだが、前世の最後の記憶である、東松山市の祖父の家があったあたりでまちがいないと考えている。
まだ、夏が終わって、少しだけ秋の気配が漂ってきた、そんな時期にもかかわらず、山頂はわずかに雪化粧をしている。
現代より全体的に気候が寒冷なのだと考えられる。
夏場も埼玉の猛暑とは程遠く、冷房なしでも快適に暮らせている。
最初の数年は言葉の壁に苦労したが、持ち前の適応力のおかげで、今では現地の言葉もすっかり流暢に話せるようになっていた。
ぽつぽつと思考を巡らせながら、ボイは日課である『タッコボいじり』をしに、隣のタッコの郷まで足を延ばしていた。
決して暇つぶしではない。ちゃんとしたお使いだ。
この時代、鉄はまだ極めて貴重なものらしい。木製の鍬の先端に、ケチくさく小さな鉄の爪を被せて補強し、申し訳程度に掘削力を上げている程度だった。
今日はその鉄先が赤錆びて欠け、使い物にならなくなってしまったため、鍛冶の村であるタッコへ修繕に持ってきたのである。
「へーい! タッコボ!」
タッコボは、タッコの郷の鍛冶棟梁の息子で年齢はボイより五つほど上らしい。十歳で鍛冶場に入り、炭運びや灰の掃除といった泥臭い下働きを何年もこなしてきた。そして、最近にやっとのことで一人で槌を振るうことを許された見習い鍛冶だ。
背格好こそ中肉中背だが、彫りの深い濃い顔立ちに、くっきりとした太い眉。幼い頃から重い荷を担ぎ槌を振るってきた胸板は分厚く、日焼けした腕には若木のように力強い筋肉がつきはじめている。いかにもこの地の血筋を感じさせる逞しい体つきの少年だが、根がお人好しで優しい性格のため、ボイの理不尽な暴走にはまるで敵わない。
いずれにしろ、精神年齢二十代のボイからすれば、扱いやすい単なるクソガキである。
「ヘー、マッカ、ボイネア!(なんだ、ボイか!)」
「ボイ ソモネ! ソタイマネボネワ!(ボイじゃないよ! ソタイマネボだよ!)」
「ボイ アナク ボイネナ?(ボイはボイだろ?)」
(ダメだこいつ……。本当は私、大学院生のお姉さんなのに!)
なお、この村の鍛冶場だが、現代の鉄骨やコンクリート造の工場などとは程遠い。屋外に粘土づくりの炉がポツンと設置され、風よけの石積み壁で周囲をぐるりと仕切っているだけの簡素なものである。
※以降、現地の言葉(古代語)での会話は『 』で表記し、現代語訳で統一します。
『ところで、何しに来たんだ?』
都合が悪くなるとすぐ話題を変えやがる。
十歳になった今、とっくに幼名は卒業したはずなのだが、この小憎たらしい男はいまだにからかい混じりで幼名を連呼してくるのだ。
(なんとかして、こいつを一回ぎゃふんと言わせてやりたい。絶対にぎゃふんと言わせてやる……!)
『おーい、ボイボイ? 聞いてんのか?』
『ああ、母様がこれをタッコに持ってけってさ』
ボイはそう言いながら、手に持っていた錆びてボロボロの鍬の鉄先を、タッコボへと手渡した。
タッコボはボイから受け取った鍬の鉄先の修繕を始めた。
木炭で真っ赤に熾された炉の中に、鉄先を突っ込む。
やがて鉄が赤熱し、程よい色合いになったところで火箸で挟んで取り出す。平らで大きな石の台座に乗せ、石槌と金槌を使い分けてカンカンと叩き、赤錆を弾き飛ばしながら刃先を打ち延ばしていく。
熱しては叩き、叩いては熱する。
これを何度も繰り返し、木製の鍬にしっかり噛み合うよう、U字型の溝を整えていく。
最後に砥石で研ぎ出せば、修理は完了というわけだ。
『何回も焼き直して叩いてると、鉄がボロボロ削れて小さくなっちまうんだよな……』
汗を拭いながらタッコボがぼやいた。
(そりゃ木炭の酸素過剰で鉄が脱炭して、酸化スケールになって剥がれ落ちてるからだよ! 当たり前だろ、アホなのか? アホの子なのか? よし、ここは理系大学院生の力を見せてやろうじゃないか)
ボイは次の実験アイデアを閃き、思わずニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。
『なんだよ、ボイ! 変な薄ら笑い浮かべてぶつぶつわけのわからない言葉しゃべって、気色悪いぞ!』
『――ッ!?』
ぎゃふんと言わせるどころか『気色悪い』とバッサリ切り捨てられたショックで、ボイは涙目でプルプルと震え上がった。
そのまま、ピカピカに研ぎ上がった鉄先をひったくるように抱えると、泣きべそをかきながら一目散にソタイの郷へ逃げ帰ったのであった。
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