土掘り衆
水路建設予定地の住人から建設の許可をもらったので、いよいよ本格的な準備に取り掛からないといけないな、と、ボイはこの間郷の近くで狩られたイノシシの干し肉を嚙みながら思案していた。
少し前に前歯と奥歯の乳歯がほぼ同時に抜けてしまったので痛くて仕方がなかったのだが、やっとおちついてきたので、ようやく大好きなイノシシの干し肉が食べられるようになったのである。
タッコの郷の方角には今日ももうもうと野だたらと炭窯の煙があがっている。そんなに一気に野だたらをしたら、このあたりの山はみんなはげ山になってしまうのではないだろうか。そんなことをぼんやり考えていると、ソタイの郷の入り口に、見慣れない集団がぞろぞろと現れた。
先頭に立つ、泥と日焼けにまみれた毛むくじゃらの男が、ボイを見下ろして口を開いた。
「ワッカムイマ様ってのはあんたか?」
「いや、そうじゃないけど、そうだよ」
ボイは干し肉を咥えながら、毛むくじゃらの男を見上げて答えにならない答えを返した。
「どっちなんだよ?」
「いやー、そうだけど、そうじゃないんだよ」
「だからどっちなんだよ」
「いやー――」
「もういい! 話が進まねぇ!」
「で、ワッカムイマ様、ここが、ソタイで間違いないんだな」
「そうじゃないけど、ソタイはあってるよ」
「間違いないんだな?ソタイなんだな。 ならいい。俺たちは『土掘り衆』だ。そして、俺は親方のニッネ。何かあったら俺に言ってくれ!使主様に言われて、水路の建設を手伝いに来た。いつもは陵墓の山を盛ってるんだが、急ぎだからってことらしいんだ。報酬はすでに使主様からたらふく頂いてるから、そこは気にしなくていいぞ」
なにやら、使主が土木業者(?)に直接依頼をかけて手配してくれたらしい。ありがたいことである。しかし、相変わらず手回しとタイミングが良すぎるんだよなぁ。
「じゃあ、さっそくお邪魔するぞ! おーい野郎ども! いいぜ!」
「「「「ウオォォォォォッ!!」」」」
男が声を上げると、郷の外で待機していた大勢の男女が一斉になだれ込んできた。
彼らは手際よく丸太を組み、獣の皮や布を被せて、あっという間に簡易的な天幕をいくつも建て始めた。
「えええぇ? ちょっ? まっ!?」
ボイが目を白黒させていると、今度はヤマト風の衣装を着た男が、馬に乗って慌ただしく駆け込んできた。
身長は普通だが、頬がこけるほど痩せぎすの男だった。ひっきりなしにパチパチと瞬きをしており、いかにも神経質そうだ。
「ああああッ! 間に合わなかったかぁぁッ!」
裏返りそうな甲高い声が郷に響き渡る。
「え、今度は何ですか?」
「ああっ、申し訳ございませぬ! 私、笠原使主様の下で官吏を務めております、大串と申します!」
大串は馬から転げ落ちるように降りると、せわしなく瞬きをしながら頭を下げた。
「手違いがございまして! 使主様がこちらの土掘り衆に水路のお手伝いを依頼し、私が皆様へその旨を事前にお伝えするはずだったのですが……この者たちの足が早すぎて、連絡が遅れてしまいまして……ッ!」
「はぁ……」
話を総合すると、使主が道を早く完成させたいからとプロの土木集団を派遣してくれたのだが、現場の職人(土掘り衆)の行動が早すぎて、事務方(大串)の事前連絡が追いつかなかったらしい。
(なんかこの大串さん、苦労人って感じで親近感わくなぁ)
ボイがそんなことを思っている間にも、土掘り衆の天幕は次々と出来上がっていく。
テントの外には石を組んだ竈まで作られ、女たちが手際よく薪をくべて大鍋で煮炊きを始めている。かと思えば、少し離れたところでは子供たちが、作り終わったテントの周りでキャッキャとかけっこをして遊んでいる。
のどかな農村だったソタイの郷の風景は、わずか数十分のうちに、建設現場近くの活気あふれる飯場へと一変してしまったのである。
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