水路計画
タッコの郷とソタイの郷は、使主の庇護下に入った。課せられたのは、鉄鋌三割の納入と、郷から前玉までの道づくりである。
もともとタッコの郷には鍛冶場があり、野だたらも主にそちら側に作られていた。そのため、鉄鋌の製造はタッコの郷が、道づくりはソタイの郷が中心となって担うことになった。
この時代は、現代と比較して恐ろしく道が整備されていない。郷から前玉までは直線距離で二十キロ程度なのだが、道はくねくねと曲がり、川にまともな橋など架けられているはずもなかった。
タッコの郷やソタイの郷から前玉へ向かう場合、考えられるルートは二つある。
一つ目は、都幾川を下り、越辺川などとの合流地点を越え、荒川と合流したところで上流へと遡り、最後に忍川から前玉を目指す舟運のルート。距離と時間はかかるが、陸上を運ばなくて済むし、船を乗り継ぐ必要もない。
もう一つが、直線的なコースをとる陸路のルートである。しかしこの場合、川に阻まれるたびに渡し舟と陸路を繰り返さねばならず、大量の鉄鋌を運ぶ物流としては不都合極まりない。
ボイは、道づくりのために使主から渡された地図を広げた。現代の高い測量技術をもとに作成された地図ではないため、おおよその位置関係しかわからない。それでもこの時代、地図というものは非常に貴重な軍事機密であり、そうそう貸し出されるものではなかった。
さて、その地図を見て、ボイは一つ考えた。
(都幾川から市野川に水路を作ったらどうだろう?)
前世でこのあたりを車で通りがかった時、農業用水が道路と並行して走っているのを見たことがある。とても平らな土地なのだから、運河を作ってしまえば大幅なショートカットができるではないかと考えたのだ。
ボイはタッコボを連れて、使主が居る前玉の館へと向かった。
「ほう、水路とな」
「はい。ここの都幾川から市野川まで、水路を繋げます。そうすれば、横渟からタッコへ行くのが劇的に楽になります」
「なるほど」
使主は少し思案するように目を伏せると、鷹揚に頷いた。
「よし、問題ない」
「ありがとうございます」
「ただし――」
「ただし?」
「掘り出した土は、すべて前玉に運べ。こちらで買い取ってやる」
「ははっ、ありがとうございます!」
(……なんで土なんか欲しがるんだ? へんなの)
ボイは内心で首を傾げたが、深くは追求しなかった。
「して、ソタイマネボ」
「はい」
「貴様、ワッカムイマと呼ばれ、郷の者たちから崇拝されているらしいな」
「い、いや、それは……」
ワッカムイマ――水の神の御子。いい迷惑である。
確かに、現代の数学や材料工学などの知識があったおかげで、タッコルにピタゴラスの紐を渡したり、この騒動の発端となる野だたらを始めたりはした。でも、その実態は神がかり的な奇跡などではなく、ただの科学的な現象だ。あくまで『数百年後に科学的に証明されること』を、ちょっとフライングで広めているに他ならない。したがって、断じて神なんかではないのだ。
「自分では認めておらんのか」
「はい」
「……名乗っても構わんぞ」
「は?」
「まあ、それ相応の『覚悟』があればの話だがな。――この話は終わりだ、帰っていいぞ」
「……はっ」
前玉の館からの帰り道。横を歩くタッコボが、肘でつつくように話しかけてきた。
『なあ、使主さま、お前のことワッカムイマとか言っていなかったか?』
『言ってたけど』
ボイは少し不機嫌に答えた。
『やるの? 神の御子』
『やらないよ』
『……そうか』
タッコボはそれ以上何も言わず、前玉の空を見上げた。
冬の訪れを感じさせる、少しひんやりとした風が、火照った頬を撫でていった。
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