使主の庇護
都幾川の戦いは、小杵軍とタッコ連合軍の膠着状態から、使主軍が手薄になった御陵の館を奇襲したことで勝敗がきまった。御陵の館は門と建物の一部が焼け落ちる無残な姿となりタッコ側の勝利で終結したのだ。後世で武蔵国造の乱と言われる騒乱の戦端となる戦いであった。
なお、小杵自身も戦いの後、数ヶ月にわたって奇病に悩まされることになった。皮膚のあちらこちらが腫れ上がり、痒みで夜も眠れず、掻きむしったせいで全身から出血するという悲惨な有様だったそうだ。御陵の館に出入りする者の中には「ワッカムイマ様の祟りだ」と本気で恐れる者も現れる始末であった。
そしていま、前玉にある笠原使主の館。
案内された広間では、タッコの郷の族長タッコルとその息子タッコボ、そしてソタイの郷の族長ソタイルとその娘ボイ(ソタイマネボ)の四人が、床に額を擦り付けるほど深く平伏していた。
男たち三名はヤマト風だがちぐはぐな服装で、ボイだけが小杵から頂戴したヤマトの正装を身にまとっている。
「――面を上げよ」
「「「「ははっ」」」」
「この度は大儀であった。これで、小杵もしばらくはおとなしくしているであろう」
「もったいないお言葉にございます」
ソタイルが恭しく答える横で、ボイは内心舌を巻いていた。
(たいしたものだ。援軍を出したとはいえ、私たちが自ら行った防衛戦について、あたかも『使主のために戦った』という形にすり替えている……)
「して、今後はどうするのだ? もし以前と同様、独立した郷として生きるのであれば、次は我が軍が手を貸すことはないぞ」
「タッコとソタイは、使主殿の庇護下に入りとうございます」
「あいわかった」
使主は深く頷くと、凄みのある声で告げた。
「ならば、二つ命ずる」
「はっ」
「一つ。製造した鉄鋌、これの十につき三を、毎月我が館へ納めるように」
「ははーっ」
「一つ。タッコとソタイの郷から、この前玉にかけて、『道』を作るように」
「ははーっ」
「それと……ソタイマネボ」
「はい」
ビクッとボイの肩が揺れた。まさか、こいつも私に『側女になれ』とか言うんじゃないだろうな?
「鉄鋌についてだが。儂に納める分とは別に、一定量を貴様の取り分として『保管』しておくのだぞ」
「はい?」
よかった、側女じゃなかった。でも、なんで私にそんなことを言うのだろう?
「以上である」
「「「「ははーっ」」」」
太陽が秩父の山々へと傾き始め、北武蔵の大地は茜色に染まりかけていた。
乾いた土と草の匂いを運んでくる晩秋の風が、ざわさわと薄の穂を揺らしながら抜けていく。
冬の訪れを予感させるひんやりとした風を頬に感じながら、前玉の館から郷へ戻る道すがら、タッコルとソタイルの足取りは軽かった。
『いやぁ、これで郷も安心だ! 使主殿が守ってくれる!』
『全くだ! しかも、わしらを人として対等に扱ってくれる。ありがたいことだ』
族長二人は上機嫌で笑い合っている。
ヤマト言葉が分からないタッコボは、隣を歩くボイをつついた。
『なあボイ、使主様になんて言われてたんだ?』
『鉄鋌を三割納めろって。あとは、前玉までの道を作れだってさ』
『ふーん。それくらいなら、まあいいか』
『あとさ、俺もヤマト言葉覚えなきゃダメかな』
『どうだろうね~?』
ボイの頭には、最後に使主から言われた言葉が引っかかっていた。
(鉄鋌の一定量を補完しろ? ああ、あれか。納品する税の中に不良品が混ざってた時の『交換用』ってやつだよね。あとで歩留まり率を計算して予備を確保してけばいいかな。それでいいんだよね?)
(……でも、うまくいった! よかった!)
四人はそれぞれ全く違う思いを胸に抱いたまま、郷へと戻っていった。
ボイは徹底してシステマチックな思考の持ち主だった。言葉を受け取り最大効率の答えを導き出すことには長けている反面、言葉の裏にある「為政者の意図」や「人間の泥臭い感情」を汲み取ることは決定的に苦手としていた。
その『解釈のすれ違い』が、タッコの郷にどのような未来をもたらすのか。この時、誰も知る由もなかった。
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