都幾川の戦い
ついにその日が来てしまった。秋晴れの都幾川の河川敷である。
こちら側の岸にはタッコ連合軍五十。向こう岸には小杵軍――事前の予想どおりおおよそ二百というところだろうか。
俺を含めた三十ほどが、川岸で大きな盾を構え、木の棒を握りしめている。川から敵が這い上がってきそうになったら、この棒で突き落とせと言われている。
……本当に、そんなんで勝てるのだろうか?
ボイは先日ふらっと出かけた後、一度戻ってきた。そして、四つ目の頼まれものだった『性格悪そうな鉄のトゲトゲ』を大量に抱えて、またどこかへ行ってしまっていた。
今日の彼女は、またあのヤマトの服を着ている。いつもより唇の色が鮮やかだ。紅を差しているのだろうか。とてもきれいに見える。
……きれい? ボイが? 俺はどうしてしまったのだ?
いや、今はそれどころじゃない。気になるのはあの服だ。今日の側女の儀のために小杵がよこした服を着ているということは、まさか本当に連れて行かれるつもりなんじゃ……。
それにしても、この人数差である。どう考えても勝ち目はない。ボイの注文で作ったあの合板の弓がいくら強力だとしても、多勢に無勢。二百人が一気に川を渡ってきたら、とてもじゃないが支えきれないだろう。
対岸の小杵軍の奥には、きらびやかな服を着て輿に乗った男がいる。あれが小杵なのだろうか。ずいぶんと大きな腹をしている。どんなものを食べるとあのような体になるのだろう。見たところ、親父やソタイル殿よりだいぶ年長に見える。ボイは、あんなジジイの側女となってしまうのか……?
ゴォォーン……ッ!
そんなことを考えていると、対岸で大きな銅鐸の音が鳴った。いよいよ始まるようだ。
小杵軍から数人の男が川岸に出てきて、小舟を川に浮かべた。あれで迎えに来るつもりか。
と、思ったその刹那。
ビュウゥゥゥンッ!!
後方から放たれた一本の矢が、空気を切り裂いて対岸の小舟に深々と突き刺さった。
それを合図に、
ビュウゥゥゥンッ! ビュウゥゥゥンッ!
と、村の弓隊から凄まじい風切り音が上がり、無数の矢が向こう岸へと降り注ぐ。
小杵軍は一瞬慌てたようであるが、すぐに陣形を整え、こちらを目指して川を渡り始めた。二十本程度の弓から放たれる矢であれば、さほど影響しないと考えたようだ。二百の大軍が、鬨の声をあげて一斉に川を渡り始める。
(だめだ、来ちまう!)
俺が身構えた、その時だった。
「いてぇっ!? 痛てててっ!!」
「うわっ、なんだこれ! 川底がおかしいぞ!」
敵軍が突如として大混乱に陥った。
ふと川の中を見ると、先日から俺が作らされていたあの『トゲトゲ(マキビシ)』が、川底の泥の中に無数にばらまかれていた。これを踏み抜いたのか。なんちゅうエグいことをするんだ。
痛みをこらえ、川底のトゲトゲを避けながら、死に物狂いでこちらの岸へ進軍してくる。
俺たちは指示通り、その顔や肩を長い棒で思い切り突っついた。
「ぐあっ!」
バランスを崩した兵士は再び川の中のトゲトゲを踏んで「ぎゃああっ!」と悲鳴を上げる。
そこへ、弓の曲射が襲い掛かる。
「引け! 一度退けぇっ!!」
たまらず、小杵軍の先陣が向こう岸へ逃げ戻っていく。
そして、川を挟んでの睨み合いとなった。
その時だ。ふと見ると、俺たちの村の奥のほうで、狼煙のような細い煙が上がっている。
なんだ? と思った瞬間――はるか向こうの対岸、小杵の『御陵の館』の周辺がにわかに騒がしくなった。
もうもうと黒い煙が上がり、火が上がっているのも見える。
対岸の小杵も、自分の館に火の手が上がっているのを見て、うろたえ始めている。
そこへ。
ビュウゥゥゥンッ! ビュウゥゥゥンッ!
狩りを生業とするモロの郷の男が、対岸の輿にいる小杵をピンポイントで狙って弓を射った。
見事に命中している……はずなんだが、小杵は「痛っ」という顔をしただけで、致命傷には見えない。
「て、撤退だ! 館へ戻るぞ!!」
「うわあっ、大軍だ! 使主の旗だぞ! 門が焼け落ちたぁっ!」
対岸は大混乱である。小杵軍は我先にと背を向け、館のほうへと逃げ帰っていった。
(勝った……? 助かったのか……?)
へたり込みそうになった俺の傍らで、ふと見ると、ヤマト服を着たボイが不敵な笑みを浮かべていた。
『うるしだよ』
『……え?』
『あそこに撃ち込んだの、布を巻いた矢に、特濃の漆をたっぷりと染み込ませた特製矢。ふふふ……』
!?!?!?!?
漆!? あのかぶれると地獄のように痒くなる、あの漆!?
あれを、矢に染み込ませて直接肉に撃ち込んだの? ねぇ!?
そんなことしたら……あいつの体、これからどうなっちゃうの!?
ねぇ!? ねぇ!!?
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