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ムサシカムイ 〜古墳時代の関東に転生した理系女子がたたら製鉄をしたら、豪族の覇権争いにまきこまれた話〜  作者: 四 二
第一部 第三章 騒乱の気配

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ターニングポイント

太陽が西に傾き、空が赤く染まり始めたころ。ソタイルはタッコの郷に戻ってきた。

その背中には、なぜか大きなつづらが背負われていた。肩を落とし、眉間には深くしわが刻まれている。

郷の広場にある石に腰かけると、ソタイルは重い口を開いた。


『……ボイ。お前を、小杵の側女として差し出せと言われた。このつづらは、側女の儀で着る服だそうだ。 すまない、ワシの力が足りないばかりに……ッ!』


ソタイルは強くこぶしを握り締め、血の涙を流すように言葉を吐き出した。

ドンッ! とつづらが地面に投げ出される。


村の男たちは一瞬静まり返り、やがて爆発した。

『ふざけるな! 俺たちのワッカムイマをヤマトの犬どもに渡してたまるか!』

武器を掲げ、怒号が飛び交う。


(は? 側女? 私が?)


悲痛な空気に包まれる中、ボイも当然、冷静ではいられなかった。


「どこの馬の骨とも知らん古代人の愛人にしろって? 冗談じゃない。しかも、親父様言ってたよね、小杵って親父様よりずーっと年上のジジイなんじゃないの!?

はぁ、ふざけんな。私、まだ十歳だぞ。確かに、前世の記憶があるから中身はすでにアラサーかもしれないけど、それでも無理っ、絶対無理! ふざけんな!」


ボイは怒りのあまり、日本語で叫んでしまった。

郷の者たちは茫然として、ボイを見ている。


『ワッカムイマ様が、聞いたこともねぇ言葉を叫んでおられるぞ!? あれはヤマトの言葉か……?』

(ああっやばい。怒りのあまり日本語でしゃべっちゃった!)


『ち、ちがうちがう! これはカミを呼ぶおまじないだよ、おまじない!』


ボイが誤魔化していると、少し遅れてタッコボが広場に駆け込んできた。はぁはぁと肩で大きく息をしている。

どうやら、要求された内容を誰かがタッコボに伝えたらしい。


『本当なのか? 本当なのか!?』


タッコボは何度もソタイルに問い詰める。普段見たことのないような、すさまじい形相だった。

それは怒りなのか、それとも深い後悔なのか。


『俺が……俺がはしゃいで、野だたらを作って見せびらかしたから……ッ』


タッコボはようやく気づいたのだ。自分がとんでもないことをしてしまったと。

周りにおだてられ、乗せられ、気分が良くなって舞い上がり、そして取り返しのつかない事態を招いた。

下を向き、強く下唇を噛む。噛みすぎたせいで、血が滲んでいた。


そのやり取りを見て、ソタイルはさらに深く肩を落とした。


『ボイ! すまねぇ! いいんだ、無理やりヤマト言葉をしゃべらなくても! お前は側女なんかに行かなくてもいいんだ!』

『そうだそうだ! ワッカムイマ様を渡しちゃなんねぇ!』

『小杵許すまじ!』

『今すぐ御陵の館に打ちこわしに行くか!』

『『『おおう!』』』


怒り狂う村人たち。しかし、その熱狂的なやり取りを見た瞬間――ボイの心境に変化が起きた。

興奮し、我を忘れる人々を前にすると、逆に理性が極限まで研ぎ澄まされていく。だんだんと気持ちが落ち着いてきたのだ。

これほどまでに頭が冴えわたることが、今まであっただろうか。まるで、脳髄に直接、氷水を流し込まれたように思考が冷たく、クリアになっていく。


『みんなありがとう。でも私は大丈夫。そしてタッコボ、自分だけを責めないで。そもそも、黒鉄も、たたらも、私が言い出したこと。だから原因は私にある』


『おい、それじゃあ、あんな奴の側女になっちまうのかよ!』


『……私が、側女になんてなるわけないでしょ』


ボイは静かに、だがはっきりと宣言した。

そして大きく息を吸い込むと、村の男たち、そしてソタイルに向かって、深く深く頭を下げた。


『みんな、お願い! 私を助けて!親父殿の話によれば、向こうの指定は三日後。私がこのまま大人しく行くわけがないと悟れば、やつらは必ず力ずくで私を奪い、郷を制圧しに攻めてくる……それを迎え撃つために、みんなの力を貸して!』


ボイは普段、他人に自分から何かを頼み込むようなことはない(タッコボをこき使うことは別として)。

その彼女が、広場の中心で頭を下げ、明確に「共に戦ってほしい」と協力を求めたのだ。


『よーし! ワッカムイマもやる気になってくれた! カムイが味方に付いたぞ!』

『『『おおう!!』』』

『俺たちも一緒に戦うぞ!!』


アクトの郷、クズブクトの郷の者たちも一緒に武器を振り上げ、咆哮を上げた。

郷の士気は、今この瞬間、最高潮に達した。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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