第45話【聖域】保育園の夜明け前。〜10日目の未明:死神の帰還と、壊れた時計の代償〜
「で? 俺らが必死で戦ってる間に、お前らは何してたわけ?」
無事に魔塔へ帰還した直後。シオンが、ずぶ濡れの外套を絞りながらジト目で言った。
セシルは無言でアリアを背に庇う。
だが、隠しきれるものではなかった。セシルの首筋には鮮やかな『青い花の紋章』が浮かび、そしてアリアの首筋や鎖骨には、どう見ても虫刺されではない『赤い痕』がいくつも咲き乱れている。
シオンは数秒黙ったあと、ものすごく、心底嫌そうな顔をした。
「……うわ。したんだ」
「文句あんのか」
「あるよ。死ぬほどあるよ。逃亡中だぞ。追手来てたぞ。嵐だったぞ。何してんだよ、お前ら」
「うるせぇ」
そこで、セシルの背中からひょっこりと顔を出したアリアが、なぜか誇らしげに言った。
「で、でも、安心してください! 服は脱いでませんから!」
「バカッ!!! お前、何言って……ッ!」
セシルが慌ててアリアの口を塞いだが、遅かった。
シオンが「は?」と宇宙猫のような顔になり、ハルカが吹き出すのを堪えるように口元を覆う。
「服着たままって……お前ら、あの懺悔室で立ちバッ……」
「言うな殺すぞ!!!!! そういうんじゃねぇ!!!」
「はいはい、下世話な話はそこまでにしようか。アリアちゃんの教育に悪いよ」
ハルカがパンパンと手を叩いて場を収めようとするが、一番面白がっているのは間違いなく彼だった。
シオンは呆れ果てて、大きくため息を吐く。
「……ま、自分で選んだんだな、アリアちゃん?」
アリアは、セシルの腕の中から小さく頷いた。
「はい」
「あっそ。こんな雷脳筋のどこがいーんだか」
「! セシルは、脳筋じゃないよ! ただちょっと馬鹿で乱暴なの! 言葉が足りない時もあるけど励ます時は……えっとさらに乱暴なんだけど……あれ? えーとでも私はセシルのことが……え、っと……たぶんえーと、好きかもしれない」
ごん!!!
後の方でセシルが壁に頭をうちつけ、ハルカが「どんまい」と肩を叩いていた。
気を取り直し、一行は魔塔の結界の修復に取り掛かった。
シオンが、魔塔の壁に手を当てる。
「……ひっでぇな。外殻の術式が完全に食い荒らされてる。銀の蔦の残滓が噛んでやがる」
「直せんのか」
「誰だと思ってんのお前。まずは掃除だな。魔力を全体に流して剥がす。そのあとコアを書き換えて新しい魔力流せば、新しい結界の完成だ」
シオンは振り返り、アゴでセシルをしゃくった。
「よし、でかくて便利な雷バッテリー。お前、流せ」
「命令すんな。あと誰がバッテリーだ」
悪態をつきながらも、セシルは壁に手を置いた。
青白い雷が走る。その中心に、アリアのハチミツ色の光が混じった『金紫の雷』が、魔塔全体を駆け巡る。
「よし、全部剥がれたな。次はコアだ」
シオンがしゃがみ込み、空中に展開した術式へ凄まじい速度で魔力言語を書き込んでいく。
「よしバッテリー、やれ」
「だから命令すんなっつってんだろ!」
セシルが再びコアに手を置く。
壁に走っていた亀裂が、ゆっくりと塞がっていく。魔塔全体が、深く息を吹き返すように震えた。
「よし、完璧だ。……やっぱり俺って天才」
「国中の術式も、こうすればいいんじゃないのかい?」
シオンは壁から手を離し、ハルカを見た。
「新しく流し込むだけなら、魔力量のある奴なら誰でもできる。この金紫の雷バカなら余裕だ」
「なら、サーネルカを殺して、セシルがやればいいんじゃないかい?」
ハルカが言うと、シオンは首を振った。
「違う。誰かの魔力で満たされたものを、壊さず、押し出して、別の魔力で塗り替えるのは別物だ」
セシルが眉を寄せる。
「何が違う」
「強すぎれば器が割れる。弱ければ前の主に押し返される。ただ流すんじゃない。相手の流れを読みながら、繊細に少しずつ場所を奪うんだ」
シオンは、ハルカの手元を見た。
「お前は、それができる」
ハルカは一瞬だけ黙った。
「……時計のことかい?」
「そういうこと」
「なら、お前も一緒に来い」
「俺は行かねぇよ」
セシルが睨むと、シオンは肩をすくめた。
「俺は邪魔だから消されたことになってる。今ここで表に出れば、俺を匿った人間まで巻き込む」
「マーレ先生か?」
シオンは答えなかった。
「今は言えない。言ったら、お前らも巻き込む。安心しろ、俺は安全な場所から高みの見物だ。お前らがしくじったら、腹抱えて笑いに行く」
憎まれ口を叩くシオンの前に、アリアがトテトテと歩み出た。
そして、鞄から大切そうに金のネックレスを取り出す。
「これ……お返しします」
「おう、サンキュ。これに、俺が命懸けで皇宮から持ち出した結界の極秘データが……って」
シオンは、受け取った懐中時計の蓋を開け――そのまま石像のように固まった。
「……バッキバキに壊れてんじゃねーか!!!」
ガラスは粉砕され、中からはチョロチョロと謎の水が滴り落ちている。
セシルが露骨に目を逸らし、ハルカが明後日の方向を見た。
「セシルが焦がした」
ハルカが明後日を見ながら言い放った。
「おい! 俺は雷を流しただけだ! 水没させたのはマーレだろうが!」
「事実だろう? 僕は針を回しただけだよ」
「お前ら全員不器用か!!! 俺の命のバトン!扱いが雑すぎるだろ! たった1日でどんだけ過酷な旅してきたんだよこの時計!」
シオンの悲痛な叫びが、魔塔に虚しく響き渡る。
やがて、ひとしきり絶叫して体力を使い果たしたシオンは、ふあぁ、と大あくびをした。
「……ダメだ、限界。寝る。起こしたら殺すからな」
シオンはそう言い残すと、絨毯の上にドサリと突っ伏し、本当に一瞬で寝息を立て始めた。
すると、その隣で立っていたアリアも、ふらりと限界を迎えて首をこくこくと揺らし始める。
「……危ねぇな」
セシルがアリアをヒョイと抱き上げると、そっと長椅子に寝かし、自分もその隣に腰掛けて、アリアを引き寄せるようにして目を閉じた。
「やれやれ。外の嵐は過ぎても、ここはまだ嵐の前の保育園だな」
ただ一人起きていたハルカが、呆れながらも優しい手つきで、三人にそれぞれ毛布をかけてやる。
外の雨音は、まだ止まない。
ハルカは掌の中にある「銀の鍵」を見つめ、少しだけ身震いした。
これから起こる出来事が、一体どれほどのものなのか。
それでも、もう後戻りはできない。四人の夜明けは、すぐそこまで迫っていた。
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※数日、投稿予約をなぜか7月(今6月)に間違えちゃっててましたー!
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