第44話【宣告】託された鍵と、呼応する二つの空。〜10日目の夜明け前:死神の帰還と、金紫の聖雷〜
「……ふぅ。意外と戦わずに来られたな」
降りしきる豪雨の中、ハルカは旧港の第三船着場へと静かに降り立った。
迷路のような帝都の下町を駆け抜け、追手の気配は完全に消え去っている。
濡れた黒髪を払いながら、ハルカは一瞬だけ安堵の息を吐いた。
出港まではまだ時間がある。後はセシルとアリアが、無事にここまで辿り着いてくれるのを祈るだけだ。
その時、背後の積荷の影に「人の気配」を感じて、ハルカは音もなく風の刃を練り上げた。
「……誰だ」
影からゆっくりと姿を現したのは、黒い外套を深く被った人物だった。
その人物がフードを下ろす。
雷光に照らされたその顔を見て、ハルカは驚愕に目を見開いた。
サラサラと肩で揺れるストレートの髪に、アリアのように大きく、くりっとした愛らしい茶色の瞳。
どこからどう見ても庇護欲をそそる可愛らしい顔立ちにアリアのように低い身長。まるで少女のような風貌だが、その口から飛び出したのは、容赦のない毒舌だった。腰に手を当てて、プリプリと怒るその声は、少し舌足らずな高めの声色。
「おっせーぞ、ハルカ!一人で何人引き連れて鬼ごっこしてんだよ。亀か!」
「……シオン……!」
死んだはずの親友が、生きたまま、ひどく面倒くさそうな顔でそこに立っていた。
「……君、やっぱり生きて……」
「ふん!お前らと違って俺は頭がいいんだよ。そんな簡単に死ぬかバーカ」
「・・・君ねぇ。仮にも僕は君より2歳せんぱ「感動の再会は後。時間ねーから」
ハルカの言葉をバッサリと切り捨て、シオンは濡れた外套の内側から、黒ずんだ「銀の鍵」を取り出した。
「これを、中央神殿の結界中枢にある石板に刺して」
「鍵……?」
「刺したら、お前の魔力を流して」
「僕の?」
「そうだ」
シオンの大きな茶色の瞳が、鋭く細められた。
「強すぎれば鍵は壊れる。弱すぎれば術式に押し返される。流し方を間違えれば、鍵ごと石板に喰われる。……だが、お前ならできる。マーレの部屋で、あの時計を壊さず動かしたんだろう?」
ハルカの顔から、さっと血の気が引いた。
「……見てたのか」
「死んだ男は、案外いろいろ見えるんだよ。あの脳筋の雷バカじゃ絶対無理だけど。」
シオンは鍵をハルカの胸に押し付けた。
「いい?あの出目金ちゃんの聖力とフォイエルシュタインの魔力なら、寄生した銀の蔦を『焼き切る』ことはできるかもしれない。でもそれをすると国家を守る結界も崩れる。中枢の主を根本から書き換えられるのは、この鍵を持ったお前だけだ」
ハルカが鍵を握りしめた、その時だった。
「――いたぞ!!! 第三船着場だ!!」
「黎明の御子もいるはずだ! 逃がすな、御子を寄越せ!!」
激しい雨音を切り裂いて、港の入り口から無数の軍靴の音がなだれ込んできた。
サーネルカの放った追手たちだ。完全に包囲され、ハルカとシオンは背中合わせに武器を構えた。
「チッ、嗅ぎつけやがったか。どうするハルカ、あいつらはまだ――」
シオンが言いかけた、その時だった。
旧聖堂の方角から、空を真っ二つに裂くような凄まじい雷鳴が轟いた。
ズドォォォォンッ!!!!!
青白い雷。けれど、それだけではない。
雷の芯に、ハチミツ色の光が眩く混じっていた。
分厚い雨雲を突き破るように、金を帯びた巨大な雷光が、誇り高く夜空へ駆け上がっていく。
ハルカは目を見開いた。
「……セシル」
次の瞬間、彼はふっと目を細めて、心底嬉しそうに笑った。
「選んだんだね、アリアちゃん」
ハルカは剣を構え直し、濡れた石畳を強く蹴った。
足元で、突風が渦を巻く。
「なら、こっちも合図を返さないとね」
ハルカの剣から放たれた極大の風の刃が、天に向かって鋭く伸び、夜空の雲を円形に吹き飛ばした。
『ここだ、生きている』という、間違いのない魔法の信号。
「あいつらが来るまで、持ち堪えるぞシオン!」
「命令すんな! 俺の火に巻き込まれて焦げても知らないから!」
シオンの掌から放たれた紅蓮の炎が、ハルカの風に乗って大火球となり、迫り来る追手たちを足止めする。小さな体からは想像もつかない火力に追手が尻込む。
炎と風が荒れ狂う中、銀の蔦の術式を展開しようとした追手たちの頭上に、黒い影が舞い降りた。
バチィィィッ!!!
雨を切り裂いて降ってきたのは、アリアを抱えたセシルだった。
彼の全身から放たれる『金紫の聖雷』が、追手たちが展開しかけた銀の蔦を、触れた端から一瞬にしてチリへと焼き払っていく。
「な、なんだこの雷は!? 蔦の術式が通じないぞ!」
「ひぃっ……!」
圧倒的な力と、王者のような威圧感。
セシルは、震え上がって腰を抜かした追手の一人を冷たく見下ろした。
「お前らの親玉に伝えろ」
雨と雷鳴の中、セシルの低く響く声が港に響き渡る。
「アリア・ブランシュ・メイフィールドは、――セシル・シュトラール・フォイエルシュタインと番契約を結んだとな」
追手たちの顔色が、絶望に青ざめる。
御子の力がサーネルカではなく、第一位継承者であるセシルに渡った。それは、防衛局長官の目論見が完全に崩れ去ったことを意味していた。
「明日は――いや、もう今日か」
セシルの背後で、金紫の雷が地を這うように低く唸る。
「夜明けにやるのは、番契約じゃねぇ」
セシルは、腕の中のアリアを大切に抱え直したまま、雨の向こうにある皇宮を鋭く睨みつけた。
一拍置いて、吐き捨てるように続ける。
「儀式だ。首洗って待ってろ」
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