第41話【愛の告白】「時に男は」〜9日目の深夜:風の魔術師の失恋と、情けない雷魔術師〜
地下通路を抜け、土砂降りの雨に打たれながら辿り着いたのは、王宮裏手のひっそりとした廃教会だった。
「ここで別れよう」
ハルカは、雨に濡れた黒髪を払いながら言った。
「僕は一人なら、風に乗って走れる。三人で動くより、その方が追手を撒きやすい」
「……ふざけんな」
セシルの声が低くなる。
「お前、最初からそのつもりだったな」
「まあね」
ハルカは少しだけ笑った。
「僕が追手を引きつける。撒いたら、一度身を隠すよ。船は三時間後、旧港の第三船着場から出る」
アリアは息を呑んだ。
「ハルカは……?」
「間に合えば、そこで合流する」
「間に合わなかったら?」
ハルカは、ほんの一瞬だけ黙った。
けれど次には、いつものように柔らかく笑う。
「その時は、先に乗って」
「そんな……!」
「大丈夫、必ずノヴァリアで会おう」
ハルカの声は、どこまでも優しかった。
「君は今、『逃げる』って自分で決めたんだろう? なら、止まらないで」
アリアの胸が痛む。
ハルカは、廃教会の奥にあった狭い『懺悔室』の古い扉を開け、アリアをそっと中に押し込んだ。
そして、入り口に立つセシルへ視線を移す。
「セシル」
「……なんだよ」
ハルカは、困ったような、けれどひどく優しい顔でふっと笑った。
「セシル、こんな時に言うのもアレだけどね。君の気持ちはよーーーく! 誰よりも僕が分かってるつもりだよ?」
「……ッ!」
唐突に図星を突かれ、セシルの肩がビクッと跳ねる。
ハルカは人差し指を立てて、わざとらしくウィンクをして見せた。
「でもね。時に男はだね、言葉にしてちゃんと言わないといけない時があるってことを、僕はこれまで君に態度で教えてきたつもりなんだ。……理解してくれるね?」
セシルは耳まで真っ赤にしてギリッと歯を食いしばり、顔を背けた。
「君がぼやぼやしているなら、僕がアリアちゃんと残って、アリアちゃんをもらっちゃうけど、いいのかい?」
セシルの顔色が変わる。指先に、ぱちりと青白い火花が散った。
ハルカは心の中で、自嘲気味に小さく笑った。
(……本当にもらえたら、どんなに良かったか)
実は結構、本気だったのだ。
ノヴァリアへ行く船を手配しながら、あわよくば彼女と二人で、なんて甘い夢を見なかったわけじゃない。言葉や態度で、それとなく仕掛けてきたつもりだ。
けれど、この過酷な逃亡劇の中で、ハルカは嫌でも気づかされていた。
アリアが本当に心細い時、その視線が無意識に探すのは、いつだって不器用な雷の魔術師だった。彼と口喧嘩をしている時のアリアが、一番生き生きとして、普通の女の子の顔をしているのだと。
そして自分自身が、セシルほどの気持ちがあるか、「喉から手が出るほど彼女がほしいか」と聞かれたら、それはまた、違うと言う事。
(告白もしてないのに、すっかりフラれちゃった気分だなぁ……)
だからこそ、目を覚まさせる必要があった。僕の大切な女の子を任せるんだから、そのくらい必死になってもらわないと困る。
「…………ッ、うるせぇ!」
「あはは、良い返事だ」
そこで、ハルカはスッと真顔になった。
雨音が、壊れた廃教会の屋根を激しく叩く。
「アリアちゃんを、サーネルカに奪わせるな。……だけど、君も奪うな」
ハルカの空色の瞳が、セシルを真っ直ぐに射抜く。
「言葉にして、選ばせろ」
セシルは答えなかった。
ただ、不器用な手が、懺悔室の扉の枠を強く握りしめる。
ハルカは満足したように息を吐いた。
「ここに隠れて。追手は僕が引き受ける」
「ハルカ!」
「大丈夫」
彼はアリアに向かって、人差し指を唇に当てた。
「会えなければ、ノヴァリアで」
そして、次の瞬間。
ハルカの足元で爆発的な風が弾けた。黒い軍服の裾が翻り、彼は雨の夜へと矢のように飛び出していく。
「いたぞ!」
「黒髪の男だ! 魔塔の従卒だ、追え!」
外から追手たちの怒号が響き、無数の軍靴の音が一斉にハルカの方向へと遠ざかっていく。
ハルカは、アリアとセシルを残して、嵐の夜へ消えた。
■■■
狭く、埃っぽい懺悔室の中。
大人が二人入るにはあまりに狭いその空間で、アリアはセシルの胸にすっぽりと閉じ込められる形になっていた。
外の雨音に混じって、セシルの早鐘のような心音が聞こえる。
「……行っちゃった」
アリアが震える声で呟くと、セシルがギリッと奥歯を噛む音がした。
「あいつは死なねぇよ。しぶとさだけは俺より上だ」
暗闇の中、セシルの荒い呼吸がアリアの髪を揺らす。
ハルカの言葉が、重くのしかかっていた。
『時に男はだね、言葉にして言わないといけない時がある』
『奪うな。選ばせろ』
ハルカに散々釘を刺された通り、自分の言葉で伝えなければならない。
「……アリア」
セシルの声は、抑えきれない熱と極度の緊張で掠れていた。
暗闇の中で、セシルの大きな手が、壊れ物に触れるようにアリアの頬を包み込む。
「俺は、お前をあんな蛇野郎に絶対に渡さない。……渡したくない」
「……」
「俺はお前が……っ、」
セシルは一度言葉を詰まらせ、暗闇の中でギュッと目を瞑った。
「俺は、お前が好きだ」
セシルは、今まで見たことないくらい、情けない顔をしていた。
何かに怖がっているようで、それでいて、何かに挑んでいるような。
いつも強引で、不遜で、無敵の雷魔術師が、たった一人の少女の答えを前にして、震えるほど臆病になっている。
「俺の番になってほしい」
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