表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デメキン姫と呼ばれた聖女、今日も華麗に逃げ出します! 〜最凶魔術師にいじめられてた私が、なぜか番契約で溺愛されて国へのざまぁも始まりました〜  作者: みょんたま
後編 / 帝都編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/56

第31話 【夜会・前編】騎士たちのエスコートと操り人形の宴 8日目:寝ずの番と、華やかなる毒の広間〜

「起きた? 昨日は無理させたね。大丈夫かい?」


 アリアがまどろみの中でゆっくりと目を覚ますと、すぐ横でハルカが、その美しいスカイブルーの瞳でアリアをじっと見つめていた。

 ハルカはアリアが目を覚ますなり、小さく眉を寄せて、アリアの頬にそっと手をあててくる。アリアはパチクリと目を瞬かせた。


「ううん、大丈夫だよ。ハルカこそ、大丈夫? よく眠れた?」

「ふっ、僕は平気さ。これでも男だからね」


 ハルカは優しく微笑んで、アリアの鼻先をつん、と指先で撫でた。


「うーん、困ったな。君が可愛いってことは、最初から知っていたんだけどなぁ」

「うん、よく言われるよ!」


「ふっ、困ったねぇ」

「えへへ」


 昨日、着替えをせずに、ランカスター伯爵邸のドレスのままで眠ってしまったアリア。

 身動ぎした拍子にパフスリーブの袖が少し下がって、白い可憐な肩が露出していた。毛布を被っているせいで、白い肩と細い首筋ばかりが目立つ、妙に無防備な姿だった。

 が、もちろん本人にそんな自覚は一ミリもない。


 ハルカは枕元に肩肘を立てて、少しだけ上体をアリアの方へと傾けた。

 顔がゆっくりと近づき、お互いの鼻先がかすめそうになった瞬間、アリアはただ不思議そうに瞳をぱちくりとさせた。


「どうしたの?」

「……だよねぇ」


 そのあまりに無防備でピュアな反応に、ハルカは自分の理性を苦笑いで誤魔化しながら、すっと体を起こした。


 可愛い。

 それは間違いない。けれど、この子はまだ、何も分かっていない。

 分かっていない子に踏み込むほど、自分は子どもではないつもりだった。

 ハルカは、故郷を出たあの朝に感じた自分の心の変化に、戸惑いを感じながらも冷静に考えた。


「……やっと起きたかよ」


 そこへ、地響きのように低く、ひどく疲れ切った声が届く。

 アリアが声のした方へ顔を上げると、出窓の縁にもたれたセシルが、不機嫌を絵に描いたような顔で窓の外を眺めていた。

 その目の下には、どす黒いクマがくっきりと刻まれている。


「チッ。テメェら、揃いも揃って仲良く爆睡しやがって……」

「なんだいセシル。もしかして君、一睡もできなかったのかい?」


 ハルカがわざとらしく首を傾げて尋ねる。


「お前こそ、よく寝れるな! この状況で!!」


「え? なんでだい。魔塔には強力な結界が張ってあるんだろう?」


「……そういう問題じゃねーんだよ!!」


 セシルは、この数時間の生き地獄のような夜を回想して、ぎり、と奥歯を噛み締めた。


 昨夜――。

 強引にアリアをベッドへ寝かしつけたのはいいが、いざ自分もベッドの隅っこで横になると、寝相の悪いアリアがまるで磁石に吸い寄せられるように、ずるずるとセシルの方へくっついてきたのだ。

 規則正しい甘い吐息が首筋に当たり、柔らかい体温が腕に触れる。

 そのたびに心臓がうるさいほど変な動悸を始め、セシルは「離れろ!」と心の中で叫びながら、たまらず窓辺へと退散した。


 ……が、地獄はそこからだった。

 今度はアリアがターゲットを隣のハルカに変更し、無意識にそっちへすり寄ろうとするではないか。

 それを見たセシルは、反射的にアリアの身体を引っぺがして元の位置へと引き戻す。しばらくすると、またアリアがハルカの方へ。また引っぺがす。

 その攻防の最中、アリアのドレスは少しずつはだけていき、肩が露出し、捲り上げたれたドレスの裾からアリアの白く細い脚が見えていた。

その足が布団から蹴り出されてしまい、焦ったセシルが顔を限界まで真っ赤にしながら布団をばさっと被せ直す。


 そんな「見張り」という名の、あまりにも不毛で理性を試される格闘を朝まで続けていたら、いつの間にか夜が明けていたのだ。


 ――なんてこと、男のプライドにかけて口が裂けても言えるわけがない。


「それなのに朝っぱらから甘い雰囲気出しやがって!!! もういい、さっさと準備しろ! 出るぞ! 今日こそ儀式をして、さっさと帝都から出る!!!」


「もー、なんなんだい君ってやつは。朝から元気だねぇ……」


 アリアはいそいそとベッドから降りると、床に落ちていた水色の飾り紐を見つけて、ほっと胸をなでおろした。それを指先で器用に操り、ハチミツ色の黄金の髪を高い位置にまとめ、きゅっと結ぶ。

 セシルはその動作を、何かを必死に耐えるような目でじっと見つめていた。


 そこへ、にやにやと意地悪な笑みを浮かべた男が一人、すっと近づいてくる。


「……テメェ、そのニヤついた面はなんだ」

「あ、え、僕? 僕のことかな? 君じゃなくって?」


 わざとらしくきょろきょろとおどけるハルカに、セシルが青筋を立てる。


「あ?」

「いやぁ、君こそ『花』なんて背負っちゃって、朝から随分と情熱的だなぁと思ってね」


 ハルカの視線の先には、昨夜セシルがどこからか引っこ抜いてきたらしい、まだ瑞々しく光を放つ魔法の花束があった。


「ね? このお花、どうしたっていうのさ〜。君の部屋に花なんて、おかしな話だねぇ」

「……ぶち殺す。表出ろ!!」


「おやおや、怖いねぇ」

「今すぐ来い!!!」


「きゃーん! 助けてアリアちゃ〜ん、セシルが乱暴なんだぁ!」

「やめろ気持ち悪い! その声出すな!」


「あはは!」


 二人の騒がしい追いかけっこが部屋の中で始まろうとした、まさにその時だった。


 ――バタン!!!


 セシルのそれと同じような凄まじい勢いで、部屋のドアが弾け飛ぶように開いた。ジェシカが後に女性陣を従えて、勝手に入ってきたのだ。


「いつか娘がほしいと思っていたの! こんな喜ばしいことってないわ!!」


「あ、ありがとうございます……?」


「これよ!!! これしかないわ!!!!」


 セシルの母・ジェシカが、王都で一番と名高いドレスショップの針子を数人「拉致」してきたかと思えば、嵐のような速さで突入してきたのだ。

 後に控えていた針子たちが、ばっさー! と、色鮮やかなドレスや生地が床一面に広げる。


「ジェシカ! てめぇ殺されてぇのか!」


 寝不足で最高に機嫌の悪いセシルが咆哮する。


「ママに向かって呼び捨てとは何事なの!?」


 ジェシカは慣れた手つきでセシルの後頭部をぱーんと扇子で叩くと、一通の豪華な書簡を突き出した。


「喧嘩してる場合じゃないの! たった今、皇帝陛下から直々のお達しが届いたわ」

「「……陛下から?」」


 ハルカとセシルが顔を見合わせる。

 ジェシカが華やかに声を張り上げた。


「今夜、皇宮にて『黎明の御子歓迎会』兼『結界復活儀式の前夜祭』を執り行うとのことよ! 王都に住まう貴族たちがこぞって出席するわ。さあアリアちゃん、着飾るわよ!」

「今夜が前夜祭だと? じゃあ昼間は何すんだよ。すぐに儀式するんじゃなかったのか?」


 セシルの紫の瞳が、すっと鋭くなる。


「それに、急すぎる。招待状も来てねぇ。普通、こういうのは数日の猶予を置くもんだろう」


 ハルカも笑みを消し、書簡を覗き込んだ。


「歓迎会兼、前夜祭……。名目は立派だけど、北部の結界が危ういこの時期に、なぜ今さらパーティなんだい?」


 アリアは小首を傾げた。


「私、今日にもお城に行って歌うのかと思っていたわ」


 不穏な沈黙が流れる。

 二人が危惧しているのは、これがただの歓迎会ではない可能性だった。

 サーネルカが、何かを画策して時間を稼ごうとしているのではないか。あるいは、アリアの「力」を大衆の面前で誇示することで、自分たちの管理下に置くことを確定させようとしているのか。


「……なるほど、皇帝陛下を動かしての『披露目会』か」


 ハルカが低く呟く。


「気に食わねぇ。あの蛇野郎の入れ知恵に決まってやがる」

 セシルが忌々しげに吐き捨てたが、ジェシカの勢いは止まらない。


「さあさあ! 男の子たちはあっちに行ってて! 今夜、王都の連中全員の度肝を抜く最高のレディに仕上げるんだから! アリアちゃん、こっちよ!」

「わ、わっ……!」


 アリアはジェシカと針子たちに両脇を抱えられるようにして、嵐のように別室へと連行されていく。

 残された部屋。

 セシルとハルカは、窓の外にそびえ立つ王城を、苦々しい表情で見つめていた。


「セシル。今夜は僕らも正装だね」

「チッ。肩が凝るから嫌いなんだよ、あのヒラヒラした服は」

「……あはは。でも、アリアちゃんの盾になるには、それなりの『格』を見せつけなきゃいけないからね」


 期待に胸を膨らませるアリアとは裏腹に、二人の騎士の戦いは、今夜の華やかな舞台から幕を開けようとしていた。


 ◇


 数時間後。


 アリアは、薄紫のパステルカラーが美しい、最高級のシフォンドレスに袖を通していた。

 白い肩と、華奢な鎖骨が露わになっている。

 艶やかな肌とは対照的に、二の腕を包み込むパフスリーブは花びらのようにふんわりと丸く膨らんでおり、その無防備な露出と可憐なシルエットのアンバランスさが、妙に目を惹きつけて離さない。

 胸元は上品に開き、白い首筋と華奢な鎖骨をいっそう可憐に見せている。

 生地全体には微細な星屑のようなスパンコールがふんだんにあしらわれ、シャンデリアの光を反射して、アリアが動くたびに眩くきらきらと輝く。


 髪は頭の高い位置でまとめ上げ、パールをあしらったティアラを被ると、息を呑むような美しさが完成した。最後の仕上げに、三連のパールのチョーカーが白い首筋に結ばれる。


「まぁ……っ! アリア様、本当にお姫様のようですわ……!」


 メイド達から感嘆の声が上がる。


「これを見たら、セシルもハルカもイチコロね」


 ジェシカが満足そうに扇子で口元を隠して笑った。


 ◇


 大広間に続く大階段を降りていく。

 こんな華やかな格好、人生でしたことがないから最高に恥ずかしい。

 アリアは頬を真っ赤に染めながら、階段の下を見る。

 そこには、正装に身を包んだ二人の騎士が待っていた。


「アリアちゃん! すっごく素敵だよ!!」


 ハルカが目を丸くして、すぐに嬉しそうに破顔した。

 ぱちぱちと拍手をして出迎えてくれる。


「へ、変じゃない?」

「いや〜、こんなに綺麗なら、宮廷画家でも呼んで描いてもらいたいくらいだよ」


 アリアは階段を降りきり、もう一人の姿を見上げた。

 セシルは何も言わずに、ただじっとアリアを見下ろしていた。

 その紫の瞳が、いつもより少しだけ熱を帯びているように見えて、アリアの心臓が小さく跳ねる。


「……セシル?」

「ハッ……! な、お前、顔近くね!?」


 突然我に返ったように、セシルが慌てて目を逸らし、耳まで真っ赤にして鼻の頭をこすった。


「あぁ、見て! この靴!」


 アリアは嬉しくなって、スカートの裾をひょいと持ち上げた。

 すると、可憐な足元、細い足首、そして膝が月光の下に露出する。

 ぎょっとする二人。

 アリアはそんな彼らの動揺にも気づかず、ドレスの裾から覗いた、ヒールの高い菫色のガラス靴の踵をとんとんと鳴らした。


「お、おやめなさい、アリアちゃん! ダメじゃないか、こんなところでスカートを上げちゃ!」

「?」


 慌ててハルカが止めに入る。

 セシルに至っては、顔を限界まで真っ赤にして大きな手で目を覆い、指の隙間からも見ないように必死にそっぽを向いていた。


「二人も、すごくかっこいいよ!」


 アリアが言うと、ハルカは苦笑し、セシルは「当たり前だ」とぶっきらぼうにそっぽを向いた。

 二人はいつもの泥だらけの軍服ではなく、黒の手袋をはめ、銀の装飾が施された正装の軍服に身を包んでいた。

 左肩だけに流れるように高級なマントをかけ、銀色の留め具や飾り紐がシャンデリアの光を反射している。


 まるで本の中から抜け出してきた、本物の高貴な騎士のようだった。


 ■■■


 その夜は、星空の輝く夜だった。

 アリアたちを乗せた馬車は、皇宮へと向かっていた。


「ねぇ……狭くない? 私、ジェシカ様と行きたかったな」


 大きな馬車はジェシカとその夫、ハーヴィに取られてしまったので、アリアたちは一回り小さな馬車に乗り込むことになったのだ。


「やめとけ。あいつらの馬車は今頃、永遠に終わらないキスの嵐だぞ。今頃、魔力の交換でも始まってんじゃねーのか」


 セシルはそう言うと、おえっとえづくフリをしてみせた。

 セシルに負けず劣らず背の高いハーヴィは、その長い足を見せつけるようにして、『お前らと違って、俺の足は繊細なんだよ。そんな狭い馬車なんか乗れるか』と言い放ち、ジェシカをひょいと抱き上げて自分たちの馬車へと乗り込んでしまったのだった。


「本当に親子だよねえ」

 ハルカが呆れたように呟いた。


「俺と親父を一緒にするな。顔は俺の方が偏差値高いんだからな」


 確かにセシルの顔は、絶世の美女と名高いジェシカの血を色濃く引き継いで、ハーヴィよりも華やかではあった。

 が、その傲慢で強気な性格は、間違いなく父ハーヴィのものをそのまま受け継いだと、誰もが確信していた。


「ねえ! 狭いったら! 足組まないでよ!」

「お前、この馬車が誰の家の馬車かわかって言ってんだろうな! 足くらい組ませろ、ガキンチョ出目金ガキンチョ!」

「二回も言ったわね!!! 許さない!! あっ、足でこづいた! ハルカ! セシルが足で!」


「はいはい、もうわかったよ。アリアちゃん、僕の膝の上においで? そうしたら少しは広くなる」


「本当!? 嬉しい!」

「本当さ、さぁおいで」


「は!? ハルカ……ッ! お前、帝都に着いてから頭おかしくなったんじゃねーの!? 護衛対象に変な気起こすな!!」


 ただでさえドレスのせいでアリアの白い肌や胸元が目に入り、理性が限界を迎えていたセシルは、耳まで真っ赤にして怒鳴り散らした。

 ハルカの膝の上など、絶対に座らせるわけにいかない。


「やめろお前ら! 狭い馬車の中で動き回るんじゃねぇ!」

「きゃあセシル! 何すんのよ! ドレスが破れる!」


 その頃、馬車の運転席では――。


「青春でございますなぁ……うっ! 坊ちゃんに友達ができて、本当にようございました!!!」


 がたがたとうるさい馬車内を尻目に、御者席のゼペットが一人で涙ぐみ、感慨に耽っていた。


 ――ドガン!!!


「うるっせぇゼペット! 前見て運転しろ!」


 中からのセシルの蹴りにより、すん、と表情を落としたゼペットは、慌てて涙を拭いて前を向いたのだった。


 ■■■


 会場に着くと、一斉に周囲からの視線を浴びたが、アリアは二人が両脇にいてくれたから全く気にならなかった。

 すでにランカスター家での一件、つまりサーネルカを睨みつけた噂は貴族たちの間に広がっており、彼らは扇子の向こうでひそひそと噂話をするばかりで、恐れて誰も近づいてはこなかった。


 そこへ、ふと張り詰めた空気を纏う足音が近づいてきた。


「――見違えたな、二人とも」


 深い紫のローブに、軍服を合わせた年長者の風格。

 学園の教師であり、部隊の隊長でもあるマーレがそこに立っていた。

 セシルとハルカが、反射的に背筋を伸ばして敬礼する。


「私はマーレ・エルデスト・ゼノス。実は三年ほど前に、一度お目にかかっています。私を覚えておられますか」


 アリアは、目の前のいかついおじさんの顔を見て、しばらく目をぱちぱちさせたが、すぐに思い出した。

 ソリストになって初めての儀式の日。

 参列者の中に祖母の姿を見つけて大泣きしてしまったアリアを、神官が厳しく叱責した。

 その時、間に割って入り「小さな子どもが泣くのは当たり前だ」と神官を黙らせてくれたのが、この人だったのだ。

 孤独なエデンの中で、外の世界から助けてくれた大きな背中。


「あ……お、覚えています。あの時は、ありがとうございました」


 マーレは厳格な顔を崩し、にっこりと笑って頷いた。

 次いで、二人の教え子と向き合う。


「よくやった。お前たちが無事に連れてきてくれたおかげだ。あとは皇帝陛下への謁見で任務は終わりだが……最後まで気を抜くな」

「先生、北部の状況はどうですか?」


 ハルカが声を潜めて問うと、マーレの顔に険しい影が差した。


「まだ古の結界が完全に沈黙したわけではないからな。なんとか持ち堪えている。だが、国の軍人たちと魔術師団が総出で北へ向かっているせいで、王都周辺や村々の警備はひどく薄い。もし魔獣の群れが街に出たら、ひとたまりもないだろう」

「……本来なら、呑気なパーティをしてる場合じゃないってわけだ」


 セシルが周囲の貴族たちを睨みつけながら吐き捨てる。

 マーレは急にかがみ込み、さらに小声で囁いた。


「いつだって、貴族という生き物はこのようなものだ。総大将たる皇帝陛下ですら、連日会食の列席で忙しくしておられるのだからな」


 そこには、帝国の腐敗に対する拭いきれない皮肉が込められていた。

 マーレは再び姿勢を正す。


「アリア嬢。明日の儀式の際には、私も同行する。よろしく頼む」

「はい」


 アリアは力強く頷いた。

 その時、広間に豪奢なファンファーレが鳴り響いた。


「カリグラ・バロウ・ゼノス皇帝陛下、ならびにサーネルカ・メンティオ・フォイエルシュタイン卿、ご入場!」


 ざわめいていた貴族たちが一斉に道を空け、深く頭を下げる。

 現れたのは、煌びやかな礼服に身を包んだ初老の男――帝国の頂点に立つ皇帝だった。

 しかし、その足取りはどこか頼りなく、視線は落ち着きなく泳いでいる。


 そして、皇帝の斜め後ろにぴたりと付き従うように歩くのは、暗い色調の礼装に銀の蔦の刺繍を施した男、サーネルカだ。


 皇帝が広間を見渡せる上座に立つと、サーネルカは蛇のように音もなく近づき、その耳元で何かをねっとりと囁いた。

 皇帝はびくっと肩を揺らしたあと、まるで操り人形のように口を開いた。


「よ、よくぞまいられた、黎明の御子よ! ならびに列席の諸君。今宵は御子の歓迎と、明日の天冠大祭の無事を祝して、大いに楽しまれよ……! 乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 皇帝の音頭に、貴族たちが一斉にグラスを掲げる。

 しかしアリアの目には、皇帝の背後に立つサーネルカが、薄暗い愉悦の笑みを浮かべて広間全体を――いや、アリア自身を値踏みするようにねっとりと見下ろしているのが、はっきりと見えた。


 ◇


 その後、アリアはジェシカに手を引かれ、フロアの各所で挨拶に回った。

 少し小さくなりながらも、ジェシカと笑いながら話しているアリアの姿を、二人の騎士は壁際から並んで見守っていた。


「……おい、きたぞ。化粧しまくった悪魔どもが」


 セシルはハルカを肘でこづいた。


「ノーコメントとさせていただこうかな」


「あいつら、まるで顔がキャンバスだな」


「ブフォ!ゴフッゴフッ!!」


 壁に突っ立っていた二人の前に、いつの間にか派手なドレスの女性陣が集結してきた。


「お、おかえりなさいませ、セシル様!」

「まぁハルカ様!どうなすったのです!?」


(まともに顔が見れない!)

 ※注:↑ハルカ、心の声。


「失礼。彼はあなた方が魅力的すぎるあまりに直視できないようです。」


セシルは、キッと睨んでくるハルカをよそに、極上の微笑みで彼女たちに答えた。

強大な魔力や財力を持った相手を探す帝都の貴族令嬢たちにとって、魔塔の跡取りであるセシルと、平民ながらその右腕たるハルカは格好の的だった。

 

 「んまぁ…お上手ですこと。」

 「よろしければあちらのソファで旅のお話でもお聞かせくださらない?」


「あぁ、ありがとうございます。ですが、今はまだ護衛の任務中ですので……」


 ハルカが冷や汗をかきながら、完璧な愛想笑いで躱す。


「チッ」


 一方のセシルはツンと無視を決め込んでいたが、遠くの方でアリアが若い男貴族の集団に囲まれているのを目撃した瞬間、急に眉が跳ね上がった。


 直後。

 バチッ!!!


 青白い雷の火花が荒々しく弾け、周囲の令嬢たちの髪が一斉にふわぁっと逆立った。


「きゃあああ! せっかくのセットが!」

「なんなんですの!?」


 悲鳴を上げて逃げ惑う令嬢たちを完全に無視して、セシルの紫の瞳は、アリアのいる方向だけを親の仇のように獰猛に睨みつけていた。


 ■■


 その頃。

 アリアとジェシカは、若い男たちが座っている大きなソファーへ向かっていた。


「わぁ、本当に女神のようですね」

「……」


 立ち上がったのは二人。

 一人は金髪の混じった白髪に青い瞳で、朗らかに笑って声をかけてきた。

 無言で立ち上がった方は、黒髪に黒い瞳の切れ長な顔立ち。


「おばさま、こちらにはもう来ていただけないのかと思いましたよ」

「マッ! 可愛い甥っ子を忘れるわけないでしょ? アリア、こちら私の甥のマルクスとジェイスよ」


「ジェイス・レイ・フォイエルシュタイン。よろしく」

 黒髪の方が短く言う。


 金髪のマルクスはにかっと笑ってアリアの手をとり、流れるような動作で手の甲にキスをした。


「マルクス・レイ・フォイエルシュタイン。君のことは新聞で見たことがあるよ! 挿絵で見るよりずっと綺麗だ」


 色素の薄い、金色と言えるその髪と青い瞳を見て、アリアは目を見開いた。


「あぁこれ? 僕の産みの母さんも、君と同じ聖なる御子なんだ。こんな見てくれだけど、魔力属性なんだから笑うよね」


 何気ない言葉に、アリアはあっけに取られた。


「君と違って聖力はないからね。ただの金髪さ。いやーでも本物は違うね。なんというか、髪が発光しているんだね?」


 御子が産んだ子供。

 聖力のない金が混じった白髪。

 血のつながり。

 エデンでは決して語られなかった現実

 ――御子の末路が、こんなにも軽く目の前に転がっている。


「残念ながら僕にはすでに婚約者がいてね。……ただ、婚約と、女性と親しくすることは、別の話だと思っているんだ。この国の貴族の間では、ごく一般的なことだよ」

「マルクス!!!」


「なんだよ、ジェイス。急に大きな声で」

「そこらへんにしておけ」


 ジェシカはいつの間にか別の大人達と話しており、その大人たちの輪の中にいる黒髪の、ジェイスによく似た女性が、こちらをじっとりと睨みつけているのにアリアは気づいた。


「あの、もしかして、あの方が……」

「察しがいいね。あのこちらを睨んでいるのが、ジェイスの産みの母上だ。父上が先の戦で戦果をあげた功績として陛下から、僕の母、つまり聖なる御子を番として賜ってね。以来、彼女は聖なる御子が嫌いなのさ」

「……お父様と、番の御子の方は……?」


 ジェイスが応える。


「幸いにも二人は幸せさ。今頃、別宅で仲良くやってるんじゃないか。君に罪がないのは分かっているが、この国の制度はどうも家族に亀裂を産みがちでね」


 アリアの瞳が揺れた。

 そのことに気づいたジェイスは、


「あー。失礼。君が悪いと言っているわけではないんだ。僕はこの制度自体が……」


 と、そこまで言った時に、別の男たちの声が重なった。


「私にも紹介してくれないか」

「遠目に見ていたが、本当に美しい」


 少しずつ周囲に下劣な貴族の男たちが群がり、アリアは言葉に詰まった。

 その時、広間に優雅なワルツの旋律が鳴り響いた。

 周りの男たちが、急に色めきだす。


「アリア嬢! ぜひ私とファーストダンスを!」

 マルクスが一番に名乗りを上げる。


「マルクス、抜け駆けは感心しないな。私もぜひ」


 アリアの周りに、あっという間に若い貴族たちの群れが出来上がる。


「――アリア嬢は、今日慣れない靴を履いているので、ダンスは難しいようです」


 いつの間にか背後に立っていたハルカが、アリアの手を引いてすっと一歩下がらせた。

 一瞬、貴族の群れが沈黙する。


「ヴェント殿、でしたか。護衛とは大変なお仕事ですね。……今夜のような華やかな場にも、仕事でなければ縁のなかった方もおられるのでしょうから」

「魔塔の方々はずいぶんと広い心をお持ちで。どのような方でも分け隔てなく連れてこられる」

「私には真似のできない懐の深さですねぇ。育ちというのは、なかなか一朝一夕では身につかないものですし」


 貴族の青年たちは急に上品ぶって話し始めた。

 でも、ハルカは視線も息も乱さず毅然と返事をした。


「申し訳ございませんが、今日は護衛で帯同を許されております」


 アリアは思わず眉を顰めた。

 命懸けで自分を守ってくれたハルカが、こんな風に言われるなんて。

 大嫌いだと思ってしまった瞬間に、目が自然と険しくなった。


「いいんだアリアちゃん。行こう」


 ハルカは静かに微笑む。

 慣れているような顔だった。傷ついていないふりをするのが、上手すぎる顔だった。


「待て、まだ踊ってもいないのに退席するつもりか?」

「さすがは平民だな。ルールを知らない」

「ぷっ、かわいそうなことを言うなよ。ダンスパーティなんて来たことがないんだろうからなぁ!」


 嘲笑が広がり、アリアが怒りで震えながら、ハルカの腕を掴もうとしたの時だった。どこかで聞いたことのある声が、アリアの耳に届いた。



『では平民である私も、ルールを勉強しなくてはならないね?』





ブクマやリアクション頂けたら執筆の励みになります。

よろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ