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デメキン姫と呼ばれた聖女、今日も華麗に逃げ出します! 〜最凶魔術師にいじめられてた私が、なぜか番契約で溺愛されて国へのざまぁも始まりました〜  作者: みょんたま
後編 / 帝都編

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第30話 【爆走】俺の腕の中にいる時くらい、俺だけでいっぱいになれ。〜7日目深夜:夜を駆ける暴れ馬と、水色の飾り紐。〜

 ガチャ。

 その金属音に、セシルは雷に打たれたように弾け、ふいっと顔を逸らし、両手をバン!!と床についた。


「……セシルは一体何してるの? あ、アリアちゃん!」


 背後から、凍りついた空気を溶かすようなハルカの声が届く。


「大丈夫だよ。あんな男の言葉、気にしないで」


 ハルカはアリアの横に跪くと、大丈夫かい?と顔をのぞいてきた。ハルカの静かな優しさ。そして、サーネルカに示された場所の、ヒリつくような痛み。 アリアは震える手で、自分の腹をぎゅっと押さえた。



 汚されたはずなどない。

 実際には触れられてもいない。

 それなのに、そこだけがまだ熱を持っているような気がして、気持ち悪かった。


 アリアが必死に生理的嫌悪感と戦っているその横で、セシルは、頭を抱えながら床を転がり回り、猛烈な勢いで己の胸中に逆巻く嵐と戦っていた。先ほど、ハルカが乱入する直前の光景――これから何が起きるのか1ミリも理解していなかったアリアの、あのきょとんとした無防備な顔が、今のセシルの罪悪感を容赦なく突き刺してくる。


(俺は一体何してんだ!これじゃあいつと一緒じゃねーか!!)


 セシルは己の欲望のままにアリアの唇を奪おうとした自分に愕然とした。

 怯えて泣いているあいつを強引に引き寄せて、私欲をぶつけようとした。衣服の上から弄り回そうとしたあのオレンジ歯の男と、やっていることに何の差があるというのか。

 ドッと押し寄せる凄まじい自己嫌悪と羞恥に、顔だけでなく耳の裏までカッと熱くなる。セシルは動揺を隠すように、ガシガシと乱暴に自身の銀髪を掻き毟ってわざとらしく咳払いをした。


「んっんー!!!おい!お前!勘違いするなよ!?」


 いきなり大声を張り上げたセシルに、お腹を押さえていたアリアはびくっと肩を揺らして彼を見上げた。


「俺がお前をここまで連れてきたりしたのは、全部ただの護衛任務だ! あいつの気味悪ぃ術式や視線から、対象のお前を引き離すのが一番手っ取り早かったからそうしただけだ! 護衛としての最善策だ、それ以外の意味は微塵もねぇからな!!」


 必死に自分自身へ言い聞かせるように、そしてハルカの視線から逃れるように、ツンと横を向いて早口で捲し立てる。

 ハルカはそんなセシルの慌てぶりを、すべてお見通しだと言わんばかりの生温かい目で見つめていた。

 当のアリアは、セシルがなぜ急にそんなに必死に怒っているのかがさっぱり分からず、涙の濡れた目をぱちぱちと丸くさせているだけだった。


(これはただ、あいつが泣いてたから、だからそうしたいと思ってしまっただけだ。そうだ。何もない。何も…)


 そう内心で強く念じ、荒くなる呼吸を必死に抑え込みながら、セシルはアリアから視線を逸らしたままぶっきらぼうに言葉を絞り出した。


「だから二度とああいうのに、近づくな!」

「で、でも私から近づいたんじゃない!」


「んな事はわかってんだよ!もし来ても自分からは近づくなって言ってんだ!」

「な、何よ!そんなこと!わかってるわよ!」


 セシルの声は低かった。怒っている。

 けれど、その怒りが自分へ向いているのではないことだけは、アリアにも分かった。


「これ、リボンなんだけど……」


 ハルカがポケットから、薄桃色のリボンを取り出した。

 さっきまで、サーネルカの指先に弄ばれていたものだ。


 セシルの目が、すっと細くなる。


「それはもう捨てろ」

「それはアリアちゃんが決めることだろう?」

「知るか!」


 セシルは舌打ちすると、何の前触れもなく自分の軍礼装の肩口に手をかけた。

 マントを留めるための、水色の細い飾り紐。それを乱暴に引き抜いてアリアに差し出した。


「…ん。」

「え、でもセシルこれ…」

「んん!!!!」


 なかなか受け取ろうとしないアリアにセシルは、強引に飾り紐を押し付けた。


「これ使え。そんなもん、二度と使うな」


 水色の帯を差し出されたアリアは、おずおずと受け取った。

 まだ、セシルの体温が残っているような気がした。


「……ありがと」

「結んでやる。」


 セシルはアリアの後ろに回った。アリアの髪は、さっきセシルが抱きしめて後頭部を押さえた時に、すっかり解けてしまっていた。高い位置で一つにまとめてポニーテールを作る。アリアから水色の帯を受け取り、アリアの金色の髪をゆっくりと束ねていった。乱暴な口調とは裏腹に、手つきは壊れ物に触れるように慎重だった。


「……もう、あいつの触ったもん持つな。分かったな」

 命令みたいな言い方だった。けれど、少しだけ優しく聞こえた。

「……うん」


 アリアが頷く横で、ハルカはにやにやと笑っている。


「……なるほどぉ。セシルらしいね。」

「うるせぇ黙れ」


 セシルは壁に背を預け、しばらく窓の外を眺めていた。窓の向こうでは、遠くに王城が煌めいている。そしてその中腹あたりに、淡く光る巨大な魔塔が聳え立っていた。


 忌々しげに長いため息をつき、セシルはハルカを見た。


「俺の家に帰る」

「え!?今からかい!?」

「こんな薄気味悪い『蔦』だらけの館で寝れるかよ」


 言うや否や、セシルはアリアをひょいとお姫様抱っこで抱き上げた。


「えっ、ちょっと、セシル!?」


アリアの脳内で警報がけたたましく鳴り響いいた。嫌な予感しかしない。セシルの目が爛々と輝き口角がニヤリと上がる。アリアはズカズカと窓に向かうセシルと、窓とを交互に見た。


「ねぇねぇまさか冗談よね!?ここ5階よ嘘よね?!」

「舌噛むなよ」

「何を――」


 次の瞬間。

 セシルは躊躇なく窓枠を蹴り砕き、夜空へ飛び出した。


「!? きゃああああ!!!」

「走る。しっかり捕まっとけ」

「先に言ってよーーーーー!!!」


 アリアの叫び声が邸から遠のいていく。


「まったく、困った銀髪だ。……でも、まったく以て同感だね」


 ハルカも楽しそうに笑いながら、同じく窓から飛び出した。


 アリアの悲鳴も虚しく、セシルは夜の帝都を全力疾走した。

 常人が走っているとは到底思えない、まさに重力を無視した速さだ。


 タタタタ! と軽快に屋根の上を走り抜ける。その向こう、屋根と屋根の間が空いているのがアリアの目に飛び込んできた。


「ねえ! 嘘でしょう!? やめて!やめてやめてやめて!」

「黙ってろ! 舌噛むぞ!」


 ビヨーン!!

 セシルはまさかの大ジャンプを繰り出した。


「きゃああああ!!!!」


 タッ。

 見事に着地し、また走り出す。


 魔力で強化された脚力は、屋根から屋根へと軽々と跳躍し、夜風を切り裂いていく。

 腕の中に抱えられたアリアは、落ちる恐怖よりも、次々と景色が後方へ吹き飛んでいくその爽快で荒々しい走りに息を呑んだ。


 月明かりの下、まっすぐ前だけを見据える横顔。

 悔しいほどに、かっこよかった。


 いくつもの屋根を飛び越え、一際高い屋根の上でセシルは立ち止まった。


「あそこが俺の家だ!」


 セシルが誇らしげに顎でしゃくった先を見て、アリアは目を奪われた。


 屋根の上から見渡す帝都の夜景。そのさらに奥、星空を真っ二つに裂くように、高くそびえ立つ巨大な時計塔があった。夜の闇に沈むことなく、抜けるような純白。建物のふもとから放たれる無数の魔法灯に照らされ、白亜の尖塔が、まるでそれ自体が発光しているかのように神々しく夜空に浮かび上がっている。


「うわぁ、きれ……っ、いぎゃー!!!」


 夜景に見惚れる間もなく、急降下と跳躍が繰り返される。

 確かに屋根の上を行けば馬より断然早い。けれどアリアは、屋根を飛ぶたびに湧き上がる内臓が浮くような感覚に、完全にノックアウトされていた。


 到着したのは、巨大な魔塔の麓にある白い石造りの大扉だった。

 古代文字が重厚に刻まれている。その上方、魔塔の大時計は、すでに深夜の零時を回っていた。


 次いで、風に乗ったハルカが音もなく着地する。


「君ねぇ。途中で民家の瓦をいくつも落としていたよ」

「うるせぇ。後で弁償しとけ」


「え、それって僕がするってこと?」

「お前が」


「ひどいなぁ」


 セシルが扉に手を当て、バチィッと雷を流した。

 ビリビリと音が鳴り響く。重厚な扉が開く――と思いきや、開かない。


「チッ、またかよ!」


 セシルは大扉を睨みつけた。


「おら開けろ!!! 第一位継承者のバカ息子のお帰りだぞ!!!」


 ドガン! ガンガンガン!!

 重厚な古代の扉を容赦なく蹴りまくるセシルを、アリアとハルカは少し引いた目で見ていた。


 やがて扉が、ぎい……と少しだけ開く。中から、先端についたぼんぼりが少し垂れている三角のナイトキャップを被った小さな老人が、丸いメガネを押し上げて、目を擦りながら出てきた。

 薄いピンクの水玉模様のワンピースパジャマに、丸い眼鏡。ふかふかそうなスリッパを履いている。魔塔の執事にしては、なんだか随分と可愛らしい。


「坊ちゃん……? どうなさったのです、こんな夜更けに……あぁ! 一体なんなのです!」

「いいから入れろ!」


 セシルはそう言って老人を押し退け、アリアを横抱きにしたままに家の中に入り込んだ。

 アリアは目を奪われた。家の中だというのに広大な庭園が広がっており、尋常ではない数の花が飾られ、家の中だけが春の満開を先取りしているかのようだった。

 上を見上げると螺旋階段が永遠に天へと続いており、騒ぎを聞きつけた魔術師やメイドたちが、何事かと顔を出している。


 老人はセシルを見るなり、メガネを両手で挟み目をひん剥いた。


「んまっ! このゼペットめが精魂込めてお届けした軍礼装が、すでに焦げて破れているではありませんか!」

「黙れゼペット! こっちは疲れてんだよ、過去イチな!」

「ええぇえ! ご帰還は明日だと聞いておりますゆえ、お食事も寝所も何もご用意が……」

「ゼーーーーペッッツ!!!!うるっせぇんだよお前は!てゆーか相変わらずセンスのねぇパジャマだな!文句はいいから黙ってミルクとハチミツでも持ってこい! あとお前今すぐランカスターとこ行って俺らの荷物取ってこーー」


 その瞬間。

 巨大な扇子を持ったナイトドレス姿の美女が、長い栗色の髪をなびかせながら、上空から軽やかに降ってきた。


「このバカ息子! うるさいのはあなたよ!みんな寝てるんだから静かになさい!!」


 ばっしーん!!!


「いってぇ!!!」


 アリアは目を剥いた。

 神官の説教よりも、魔獣の咆哮よりも、今の扇子の音が一番鋭かった。いや、それよりもセシルと顔がそっくりだったのだ。


 セシルが思わず痛みに頭を抱え、腕の力を緩めてしまいアリアが落ちかけると、ハルカがすっとアリアを横抱きに回収する。


「夜分遅くに失礼いたします、ジェシカ様」


 ハルカが優雅に頭を下げた。


「あら、ハルカくん! いらっしゃい。去年の夏季休暇以来ね? ……で、そちらに抱っこされているのが、あの……?」


 ハルカはアリアをそっと下ろした。


「はい。我々が任務でお連れしている黎明の御子、アリア嬢です。伯爵様の邸宅にいたのですが、色々と不快なことがありまして……」


「挨拶は明日だ! ジェシカ! 布団と飲みもん、俺の部屋に持ってこ……イッテェ!!!」


 今度はセシルの頭に、鋭い拳骨が落ちた。


「セシル。母親を呼び捨てにするなと、いつも言っているだろう」


 どこから現れたのか、礼装姿の麗しい男性がセシルの後ろに立ち、そのままジェシカの肩を抱き寄せる。

 その顔はどこかセシルに似ているようだったが、漂う大人の余裕と雰囲気がまるで違う。

 セシルの父、ハーヴィ・ホワイト・フォイエルシュタインだ。


「いってぇな! 何すんだよクソ親父!」


 バチバチと全身から怒りの雷を溢れさせたセシルに、ハーヴィがすっと片手を構えた。


「第一継承者制圧用、封雷球」


 ハーヴィが淡々と告げた瞬間、空から透明な光の球体が降ってきた。それはセシルを、頭からすっぽりと包み込む。


「おい! 出せ! マジで後で覚えてろよ!」


 セシルは球体の内側からガンガン蹴っている。けれど、透明な球にはヒビ一つ入らない。


「うわー、久しぶりに見ました。対セシル専用ボール。まだあったんですね」


 ハルカが懐かしそうに言う。


「うふふ、あの子が雷を撒き散らしたら、この庭園の花という花が黒焦げになっちゃうんだもの」


 ジェシカが扇子で口元を隠して笑う。


「魔塔の叡智を結集させた、究極の捕獲術式だ」


 ハーヴィは誇らしげに言った。


 アリアは、球体の中で胡座をかいて睨みつけているセシルと、それを当然のように見守る大人たちを交互に見た。

 魔塔について国を守り発展させるための研究所であり、叡智の結晶と聞いていたが……一体どういう場所なのだろう。


「お帰りなさい、ハーヴィ」

「遅くなってすまない、ジェシカ」


 次の瞬間、ハーヴィはジェシカの腰を抱き寄せ、遠慮なく口づけた。

 アリアは顔を真っ赤にして、慌てて両手で目を覆う。けれど、指の隙間からちらりと見えてしまった。


 ジェシカの白い首筋に、淡い金色の紋様が浮かんでいる。それと同じ形の紋様が、ハーヴィの手の甲にもあった。蔦のようにも、光の輪のようにも見える、不思議な印。


「……あれ」


 アリアが小さく呟くと、隣のハルカが苦笑した。


「あぁ、あの二人は、番なんだよ」


 ハルカが、少し呆れたように笑った。


「魔法で結ぶ結婚みたいなものだよ。力を奪うためでも、誰かを管理するためでもない」


 ハルカは、言葉を選ぶように少しだけ間を置いた。


「触れたい。離れたくない。自分の魔力も、時間も、命も、その人と分け合いたい。そう思う相手ができた時に、初めて結ぶものなんだと思う」


 アリアは、ハーヴィに扇子を振り上げるジェシカと、それを嬉しそうに受け止めているハーヴィを見た。


「番になったから、求め合うんじゃない」


 ハルカは静かに言った。


「求め合うから、番になるんだよ」


 その言葉に、アリアは息を呑んだ。

 エデンで教えられた番契約は、いつも逆だった。


 十八歳になったから。国に必要だから。結界のためだから。魔力をもらうためだから。そこに、好きだとか、触れたいだとか、離れたくないだとか。そんな気持ちは、ひとつも出てこなかった。


「……じゃあ、エデンで教えられた番は」


 アリアが呟くと、ハルカは少しだけ目を伏せた。


「順番が、逆なんだと思う」

「順番……」


「心が先にあって、契約が後にあるべきなんだ。なのに国は、契約を先に結ばせて、心も身体も後から従わせようとしている」


 アリアは、リサの手首に浮かんでいた淡い紋章を思い出した。静かな微笑み。答えのなかった沈黙。胸の奥が、きゅっと痛んだ。


「それって……苦しいね」

「うん」


 ハルカは、珍しく笑わなかった。


「相手を間違えた番は、きっと苦しい。でも、愛し合って結んだ番なら……たぶん、帰る場所ができるようなものなんじゃないかな。一緒に生きてく相手だからね」

「……一緒に、生きる」

「うん。命の回路まで結ぶから、片方を失えば、もう片方もただでは済まない。だからこそ本来は、覚悟と愛情のある相手と結ぶものなんだ」


 番契約は、怖いものだと思っていた。誰かを縛り、どこかへ連れていってしまうものだと思っていた。

 けれど、目の前の二人は違った。近すぎるのに、苦しそうではない。遠慮がないのに、傷つけ合ってはいない。まるで、互いの隣が当然の居場所であるかのように笑っている。


「……番でも、あんなふうに笑えるんだね」

 アリアが呟くと、ハルカは静かに頷いた。

「本来はね。番は、本来そういうものなんだと思うよ」


 番契約が悪いのではない。番契約を、利益や支配の道具にした帝国が歪んでいる。本来の番は、愛する相手と共に生きるための、魔法の婚約なのだとアリアは思った。


「見るな。目が腐る」


 球体の中から、セシルが不機嫌そうに吐き捨て、ハルカが呆れたように返事をする。


「自分の親だろう?」

「だから嫌なんだよ」


「……大人しくするか?」

 キスのあと、ハーヴィが球体の中のセシルに尋ねた。セシルは渋々頷く。

「いいだろう」

 ハーヴィが指を鳴らすと、封雷球はふっと消えた。


「マジでウゼェ……。とにかく挨拶は明日だ」


 セシルは解放されるなり、アリアをひょいと肩に担ぎ上げた。


「えっ、また!?」

「寝るぞ」


「自分で歩ける!」

「遅ぇ」


 ズカズカと塔の中へ入り、一直線に自分の部屋の扉を開ける。

 そして、アリアをふかふかのベッドに放り出した。


「い、痛い! 何す……」

「俺様のベッドだ。ありがたく使え!!!寝ろ!!!」


 そういってバサリと毛布をかけた。


「……ここに奴の術式はない。親父の結界で守られてる。安全だ。断言できる」


 セシルは、ベッド脇にどかっと腰を下ろした。

 不意に、アリアは部屋を見渡した。


 そして、少し驚く。ただの乱暴な人だと思っていたセシルの私室は、壁一面が巨大な本棚で覆われていた。魔術理論。戦術。結界術。防御魔法。古代術式。専門書が所狭しと並んでいる。彼がただ才能だけで最強になったわけではないことが分かる。帝国の上位貴族として、魔塔の後継者として、どれほどの努力を積み重ねてきたのかが窺える、静かで知的な空間だった。


「つーか! 明日こそ儀式に行くぞ。これ以上ここにいたら腐っちまう」

「……そうだね。あ、そうだアリアちゃん。この先、もしも歌いたくない時には、僕に言いなよ。断ってあげるからね」


 いつの間にか部屋に入ってきていたハルカが、穏やかに笑いかける。


「アホか、自分で言え! いつまでも俺らが子守りしてるわけじゃねーからな!」


 悪態をつきながらも、セシルは決してベッドのそばから離れようとしない。

 ハルカも、ベッドサイドに腰掛けて静かに笑っている。


 その不器用な優しさに、アリアは少しだけ心が温かくなった。


 ランカスター伯爵家の白い壁。銀の蔦。サーネルカの湿った視線。

 そのすべてが、少しずつ遠ざかっていく。


 ここは安全だ。

 セシルがそう言ったからかもしれない。ハルカがそばにいるからかもしれない。それとも、この騒がしくて、乱暴で、どこかおかしな魔塔の空気が、エデンとも伯爵邸ともまるで違っていたからかもしれない。




 アリアは二人を見つめながら微笑んで、「ありがとう」と呟いたのだった。




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ブックマーク・リアクションもありがとうございます✨

セシルはロマファン界のピカチュウをイメージしてます!


<おまけ>

アリアが、寝てみようと目を閉じたその時だった。


こんっここんっこんこここここん!こここここここここここ!こんっ!


「坊ちゃーん?もう厨房のシャッターしまってるんですからね!このゼペット、十年ぶりほどに台所に立ち、ミルクを適温に温めて参りましたぞー!!!!」

「チッ!うるせーのが来たな、勝手に入れっつーの!いつもそうしてるだろ!」


自分でミルクを注文しておきながら、悪態をついたセシル。ゼペットがお尻でドアを開けて入ってきた。


「ふふふ、坊ちゃん。こういうのも久しぶりでございますなぁ。坊ちゃんが学園に行ってしまって以来、長期休暇となれば準騎士のお仕事ばかりで。このゼペット、少々嬉しい気持ちもございまする」


ゼペットは嬉しそうに話しながら、トトトっと小走りで入ってきた。そしてベッドサイドにお盆を下ろす。中にはクッキーが美しい円形に並べなられた大皿。そしてミルクの入ったカップを3つ。湯気が出ていて甘い匂いが漂っている。ゼペットはキュポンと蜂蜜を開けると、とろりと垂らしてやった。


「さぁアリア様。よーく混ぜてお召し上がりくださいませ?」


ゼペットは優しい微笑みを浮かべて、アリアにマグカップを渡してやる。


「ありがとうございま・・・」

「さ!クッキーもございますぞぉ!このクッキーはなんと魔塔オリジナルクッキーでございまして、なんとこのゼペットの孫!コゼット特製回復ポーション入りでございます故ぜひご賞味くださいませ!卵、バター、小麦粉、それになんとアーモンドプードルも入っておりまし…ぐええええ」

「マジでお前はウルセェ!ありがたいけどうるせえ!」

「ありがたいと思っているのならもう少し丁寧になさっ・・きゃあ!!!」


ゼペットが意気揚々と語り出したのを見かねたセシルが首根っこを掴み、廊下へほっぽり出したのだった。だが、ゼペットも負けていない。


「坊ちゃん!歯磨きをして寝てくださいよぉ!?そうでないと女の子に嫌われますぞー!」


どが!!!

最後にセシルがドアを蹴り上げると、ゼペットはヒイイ!と去っていった。


「はぁ。やっと静かになったぜ。俺のミルクもくれ」


ハルカとセシルは、ベッドサイドに座って、蜂蜜ミルクを飲んだ。


静かな時間だ。


少しずつ、アリアが船を漕ぎ始め、ハルカがマグカップを受け取る。


ぽすん。


アリアはベッドの枕へと沈んだ。

セシルはアリアの首についた豪華なダイヤモンドのネックレスをそっと外しやった。

テーブルに置くと、ゴトリと似つかわしくない音がなる。



「こんな首輪。二度とつけなくていい。」



セシルはそう呟いて、アリアの顔を眺めた。

うっすらと目が開いていたアリアは、二人を見つめた。


「えへへ……ありがとう」


 アリアは二人に向かって、微笑んだ。

心からの感謝の気持ちがこもっていた。


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