27話「ラスボスだったけど、実家に帰りたくない」
赤い魔獣との死闘を終え、俺たちは地を這うような休息を挟んでから、ようやく重い腰を上げた。
レギルストーンを回収し、転移魔法でチホートの宿へと滑り込む。泥のように眠り、魔力を回復させた翌朝、
二階の寝室から階段を降りて食堂へ向かうと、既にテーブルを囲んでいる三人の姿があった。
「皆、体の調子はどうだ?」
俺が声をかけると、大盛りの肉をフォークで突き刺し
豪快に口へ放り込んでいたアークが顔を上げた。
「俺はでぇじょうぶだ!肉食ったら全快したぜ」
その言葉通り、アークの肌には既に艶が戻っていた。
「私はまだ少し怠いけど、あと数日したら動き回れそうよ」
そう言って、エミルが茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせる。
絶望の淵から生還した彼女の瞳には、以前にも増して強い生命力が宿っていた。
俺はアークの隣で微笑んでいる少女――ミーナへ視線を向ける。
「俺はまだ左腕を上げる時に突っ張るけど、日常生活には問題なさそうだよ。これも全てミーナの回復魔法のおかげだ。本当にありがとう」
俺が足を止め、深々と頭を下げると、ミーナは椅子の上で飛び上がるほど驚いた。
「わっ わわ 頭を上げてください! ヒーラーなんですから当然のことですよぉ!」
両手をぶんぶんと振って恐縮するミーナ
アークもまた自分の手柄のように胸を張る。
「あぁ、俺達のヒーラーは最高だと世界中に見聞したいところだな」
「謙遜しなくていいわよミーナ! ここまでの回復魔法が使えるヒーラーなんて滅多にいないわ!」
「ちょちょちょっと!やめてよぉ~」
ミーナの頬が赤く染まる。うん、とても良い
照れる女の子からしか得られない栄養素がつまっている
当然俺もこの流れに乗って褒めちぎる
「ミーナの回復魔法にはなんていうのかな、傷を治す他に心も治すような癒やしがあるよね、大聖女の器ですよこれは」
「何言ってるのアスノ君、ミーナが大聖女で収まる器だとでも?」
エミルの冗談めかした追撃に、俺は仰々しく肩をすくめてみせた。
「あぁ、これは失礼 人の作った位などでは収まるものではなかったね。ミーナは……
─この世界に降り立った女神だったんだ……」
「でもよー 女神ってのはもっとボンキュボンじゃあないか? ミーナはチンチクリンで─」
「アーク!!!!!」
空気を読まないアークの頭に、ミーナの容赦ない物理が叩き込まれた。
響く鈍い音。ああ、この何気ない、騒がしい日常。これを守るために戦ったのだと、改めて実感する。
ひとしきり騒いだ後、俺たちは今後の予定について話し合いを始めた。
「エミル、もうラウドニア学院の入学金って稼げてるよな?」
アークの問いに、エミルは懐の計算書を確認しながら頷いた。
「そうねぇ…昨日のジュエルスライムの戦利品を売れば入学金もその後の授業料も賄えるくらいにはなるんじゃない?」
「……学院って入学金とかいるんだ」
俺の呟きに、アークが呆れたような視線を向けてくる。
「あぁ? 当たり前だろ 学院からスカウトでもされてなけりゃ金がいるに決まってる」
「……入試とかもあるの?」
「あるよー 2月頃末頃に」
そうなんだ……ゲームは学院に入ったところからだったから知らなかった……
「どんなことやるか知ってる?」
「私が聞いたとこだと、筆記とどこかのダンジョンでの探索活動で決めるとかなんとか」
エミルの説明を聞き、俺は思考を巡らせる。レベル7のアークが突破できた内容なら、実技は問題ない。だが……。
「11月中頃までに必要書類を学院に提出して受理されれば2月頭に入試の案内が来るわ」
「書類の内容は?」
「身元証明とかあれば冒険者としての活動実績とかね」
(身元証明って俺どうなんだ?)
ガーランド家の次男坊、デニス。しかし家とは縁を切った。アスノ・パウワーという偽名で生きている俺にとって、それは最も高いハードルに思えた。
「俺、入学できないかもしれない…」
「え?」
「そもそもお前、ラウドニア入るつもりだったのか?」
驚くアークに、俺は正直な気持ちを漏らす。
「……皆行くなら俺も行こうかなって」
エミルは「そんな簡単に決めることじゃないと思うけど?」と言いつつも
その表情は朗らかに笑っていた。
「ハハッ お前も来てくれるなら学院生活も楽しくなりそうだ」
「でも良いの? アスノさんは学院に行って得られるものないんじゃ…」
ミーナの心配はもっともだ。だが、俺は少し背伸びをした理由を口にする。
「そこはミーナが気にすることじゃあないよ、学院での経験を活かすも殺すも俺次第なのだから
それに、マギルプライマになれば今後色々役に立つことも多いだろう?」
「入れるかもわかんないのにもう上位取る気なのねー」
「アスノさんなら本当にとれそうなのがなぁ……」
「なぁ、マギルプライマの特典ってなんなんだ?肉何時でも食い放題とかか?」
アークの脳内が相変わらず食欲一色なことに苦笑しつつ、俺は答える
「拡大解釈すればそれも含まれるぞ、公的施設のほとんどを無料で利用できるから」
「マギルプライマに俺はなる!」
アークは胸をドンと叩き、豪快に宣言した。
「私的には入国制限がほぼなくなるのと禁書閲覧許可が熱いかな」
「貴方ならどっちも強引にいけるんじゃない?」
「わかってて言ってるだろ? デメリットの方が大きすぎる」
俺は笑いながらエミルの顔を指で指した。
「さぁ?どうかしらねぇ どっかの誰かさんの力は「そういうこと」して手に入れたんじゃないかって思っただけよ~」
それに関しては俺がラスボスの転生体だから~なんて言ったところで頭おかしいと思われるだけだし
彼女がききたいのは能力を身につけた過程であろう
それは俺にもわからないんだよな、デニスの記憶は殆ど見れなくなってしまったし
案外、エミルの言う「そういうこと」で身につけたものなのかもしれない
「で、話戻すけど なんで入学できないかもしれないの?」
「知ってると思うが、アスノ・パウワーというのは本名じゃない」
俺の告白に、アークが「え!? そうなのか!? 二人は気づいてたか?!」と素っ頓狂な声を上げた。
「まぁうすうす」
「変わった名前だなーとは思ってたけど」
二人の反応に、改めて俺のネーミングセンスのなさを痛感する。
「俺は実家を飛び出して来て、勝手に縁を切ったつもりなんだが ラウドニアの入試で身辺調査されるってことは、
多分、家にも連絡がいくだろう そこで家から許可が出るとは思えなくてなぁ」
毒殺エンドのないこの世界。実家がどうなっているかは不明だが、円満解決は望み薄だ。
「なぁ、学院のスカウトってどうやって得るんだ?」
「エミ姉、知ってる?」
「わからないけど、よっぽどの偉業を成し遂げないとダメじゃない?」
「とりあえず冒険者ランクはSになっとけば良いんじゃねぇの?」
「うーむ… 偉業ってのは例えば?」
「強大な魔物を倒す…とか?」
「世紀の大発明をするとか?」
「肉が無限に湧き出る魔術を完成させろよ、アスノ」
どれも一筋縄ではいかない。だが、手っ取り早いのは魔物退治あたりか
「アスノ君、スカウトを狙うなら学院に条件を聞きに行った方が良いわよ」
「聞いて答えてくれるかな。怪しまれて逆効果になる気がして」
「……何事もやってみなくちゃ始まらないわ」
「自分のことだと、つい保守的になっちゃうんだよなぁ……」
「駄目なら次を考えればいい。まだ時間はあるぜ」
「そうだよ!案外トントン拍子にいくかもしれないし!」
仲間の前向きな言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
「どんな時でもポジティブハート、心がけていきたいところだな。
仮に条件提示されたとして、どんなのが来ると思う?」
「高ランクダンジョンの制覇とか、古代秘宝の発見とか?」
秘宝。その言葉に、俺の脳裏にあるアイテムが浮かぶ。
「秘宝とは言えんと思うが─」
俺は収納魔法から、あの禍々しくも美しい赤い聖石
レギルストーンを取り出し、テーブルに置いた。
「ソレ、昨日の魔獣に埋め込まれてた石だよな?」
「あぁそうだ これはレギルストーンと言って、魔王の魔力が封じ込められた聖石だ」
静寂が食堂を支配した。直後、エミルの顔色が劇的に変わり、
椅子を蹴るような勢いで身を乗り出してきた。
「え? ちょ、ちょっと待って? 魔王って1000年以上前のあの?!」
「多分、その魔王で合ってる。で、これは価値としてはどう思う?秘宝って言えるものか?」
俺の問いに、エミルは爆発的な勢いで捲し立て始めた。
「アスノ君、正気!? これが本物のレギルストーンなら、考古学どころか歴史を根底から覆す世紀の大発見よ!
1000年前の魔王の残滓なんて、今まで文献の中にしか存在しなかった……それが現実に目の前にあるなんて!
いい、これはね、すぐにしかるべき鑑定機関に出して、成分分析と魔力測定を行って、出土状況の詳細なレポートを作成して――」
息もつかせぬ早口。考古学マニアの血が沸騰している彼女には悪いが、俺はもう決めている。
「俺はコイツを粉々に破壊するつもりなんだ─」
「なッ アスノ君!? これを破壊するなんてとんでもない!
もしこれが本物の聖石ならその価値はいくらでも─」
「強大な力は存在するだけで危険を呼ぶ。特にコイツは「魔族」が黙っちゃいない」
アスタロトという厄介な組織の名は伏せつつも、俺は断固とした口調で告げた。
「破壊するって言ったけど……できるの?」
「魔王の魔力が封じられてるって言うが、これただのスゲー魔力の塊なんだろ?」
「ただのってお前なぁ…… まぁ魔石としてみたら超々超高密度の魔石にはなるが」
「だったら魔力尽きるまで使い切ればいいだろ」
「魔王の魔力だぞ? 使用することで何か起きたりさぁ」
「道具は使いようだろ、調べて安全に使えることが解れば使い道はかなりあるぞ」
「これさ、正しい使い方とか発見できれば「偉業」になるでしょ」
思い思いに聖石の有効活用方法を口にし始めたが
結局、俺の思うところは一つなので、正直に言葉にする
「俺は聖石を持っていることでお前達に危険が及ぶことが嫌なんだよ、「偉業」とかそんなものより今この時間の方が俺にとっては価値があるんだ」
俺の言葉に、三人が一瞬言葉を失う。
「破壊するには強力な武器が必要になる。……実家の宝物庫にそれができそうな物があるから、帰りたくないけど一度実家に帰ろうと思う」
「やっぱり貴方、貴族だったのね」
「貴族ってもっと傲慢でいつも城で踊ってのかと思ってた」
「い、今からでも敬語使ったほうが良いかな?」
ミーナが本気で心配そうな顔をする。
「止めてくれ、その行動は俺の魂に効く、寂しさで精神が崩壊する」
「そこまで?!」
ミーナが驚きに目を丸めている横で
エミルがじっと俺を見つめ、姿勢を正して尋ねてくる
「さて、それじゃあアスノ君、貴方の本名を教えてもらえるかしら?」
「俺の本名を知ってもその名では呼ばないでくれるなら、良いよ 他言無用で頼む」
「おう」
「捨てた名前だもんね」
「ええ。アスノ君はアスノ君だもの」
三人の揺るぎない信頼に背中を押され、俺はついにその名を口にした。
「俺の本名はデニス・ガーランド ガーランド家の次男坊だ」
「「「ガーランド家????」」」
三人が同時に椅子から立ち上がり、食堂に大きな音が響いた。
「ガーランドってあの!? 大貴族様だったの!?」
「事件の影にガーランドありって言われるくらい悪どいことで噂のッ」
「今、不祥事で絶賛話題のお家じゃねぇか!!」
不祥事? 初耳だ。
「コレ見ろよ!」
アークが今朝の新聞を俺の前に突き出した。
わぁー新聞とかめちゃくちゃ久しぶりに見るなぁ~
一面には驚愕の文字が踊っていた。
『ガーランド公爵家、崩壊』
俺が毒殺を避けて逃げ出した後、長男―
兄貴が父親の悪事を暴き、一週間前から告発が続いていたらしい。当主は拘束、資産凍結、領地は直轄化に動いてると…
「マズいな……」
「そうね、実家がこんなことになってるなんて─」
「時間がない、フィヴラーグを早く回収しないと」
「ふぃぶ…なんて?」
「フィヴラーグ、さっき話した聖石を破壊できるかもしれない武器だ」
俺は冷静を装いつつ、新聞の記事を指で追う。
「ガーランド公爵家の宝物庫は危険物保管の疑いにより封鎖中。王立魔導院による調査は来週以降の予定
と書いてあるからまだ入手するチャンスはある」
「チャンスがあるって?」
「宝物庫に入って盗み出す」
「はあ!?」
「お前……それで良いのか?」
アークが疑わしげな目を向けてくる。
まぁ封鎖されてる時点で宝物庫はもうガーランド家の物じゃないと思うけど
良いじゃないか、レギルストーンがなくなれば魔王の復活も防げるし世界にはプラスだろ!
「お兄さんと会って事情話すのは駄目なの?」
ミーナの提案に、俺は首を横に振った。
「正直、あの家の人間には会いたくないし、お前達にも一切関わり合ってほしくない」
「実家で何があったのよ……」
エミルの同情的な視線が痛い。
だが、アークは違った。鋭い眼光で俺を射抜く。
「封鎖中の宝物庫に入って盗み出す?馬鹿言ってるんじゃねぇぞ お前は実家の兄貴に全て話して武器を借りるべきだ」
「そもそも盗み出すとか簡単に言ったけど、本当にできるの?」
「封鎖中と書いてあっても、目的の武器だけ既に持ち去られてたりしない?」
「宝物庫に近づくことすら困難だろ、てか、盗んだ後のこと考えてんのか?」
「聖石壊せるか試し終えたらまた元のとこに戻すよ?」
三人は同時にクソデカため息を吐いた。
「もう国が管理してる宝物庫に入るとか犯罪だから、たとえ実家だとしても」
「自分ちの物取りに行くだけなんだけどなぁ」
「自分ち家の物だった物ね、あと私達以外にそれ言っても信じないと思うよ」
ミーナの言葉に苦笑で答える俺をアークは頬杖をついたまま、ジト目で俺を見続けていた。
だが、ある瞬間ふっと力が抜けたように表情が変わる
それは諦めではなく、腹を括った顔のように見えた
「はぁ……しゃあねぇなー 行くか、アスノの実家」
「なっ?! お前達が来る必要はないだろ!」
「お前がちゃんと兄貴と話すかどうかわからないし、話して駄目だったらお前宝物庫入って盗むだろ?」
「そ、 それは… ドダロナー 」
「あ、これはやるね」
「アーク、私達でアスノ君を見張るわよ ミーナも良いわね」
「うん!」
三人による包囲網。アークの顔は、完全に「悪巧み」を企んでいる時のそれだった。
「いいかアスノ、お前が変なことしたら俺達がどうなるか、わかってんだろうなぁ?」
(お前、ズルいぞ! 自分を盾に脅すなど……!)
その技は俺に一番効く
俺は大きくため息を吐き、観念して仲間に告げた。
「わかったよ。 ホント、あの家にお前達を関わらせたくないんだが…… 最大級の警戒をしてくれ。死の山や終底奈落に挑むつもりで頼む」
「お前の実家、踏み入ったら終わりの禁域か?」
アークがけらけらと笑う。だが、俺は笑えなかった。
ガーランドの悪名に彼らを巻き込みたくないと沈黙する俺に、三人は顔を見合わせ、温かな眼差しを向ける。
アークは椅子を鳴らして深く腰掛け、諭すように俺を見据えた。
「お前はガーランド家の者に関わらせたくないっていうけどさ、お前と関わってる時点で今更なんだよ」
「うん」
「ほんとソレ」
いや、俺はガーランド家の者であって中身はただの日本人だから、違うんだよ…
といったところで「お前は何を言っているんだ?」と言われるのがオチなので黙ることにする
新聞の隅には、事件の詳細を調査するため、現在行方不明となっている次男「デニス」の行方を追う宮廷検察局の連絡先が記されていた。
今のガーランド家がどうなっているか分からない以上、無策で突っ込むのは危険すぎる。
検察を窓口にすれば、現在の実家の管理状況や兄の動向も多少掴めるはずだ。
俺はデニス・ガーランドとして、検察局へ面談を希望する手紙を出した。
手紙を出して5日後。指定された場所と時間に合わせ、俺たちは決着の時へと向かった。
ブックマーク、☆など頂けると今後の活動の励みになります。
よろしくお願い致します!




