第26話「お前を殺す」
守れなかった。 俺は彼女を……エミルを守ることができなかった。
未来を変える? 運命に抗う? 笑わせるな。結局、俺は何も変えられなかったじゃないか。
終わりだ……もう――。
絶望に視界が黒く沈みかけた、その時だった。
「諦めるな‼️」
ガギィイインッ!!
硬質な金属音が轟き、赤い魔獣の爪が弾かれる。
絶望の淵にあっても、決してかき消えることのない強い声が響いた。
「エミルは死んじゃいねぇ‼️ そうだろッ‼️」
赤い魔獣と対峙するアーク。 その背中は、俺の目にはあまりにも大きく映った。
圧倒的な力の差。絶望的な状況。彼だって恐怖を感じていないはずがない。
体はボロボロで、呼吸も乱れ、立っているのがやっとのはずだ。 だが、その瞳だけは死んでいなかった。
「全員で生きて帰る」。その未来を、彼だけは微塵も疑っていなかった。
暗闇の中で燃え盛る篝火のようなその意志が、冷え切った俺の心を強引に叩き起こす。
『――二人を守って』
脳裏に、エミルの最期の言葉が蘇る。
終わってない……。 俺にはまだ、やるべきことがある。
二人を守らなくちゃ……
戦わなければッ
トクン。
その時。 抱きかかえたエミルの背中から、俺の腕を通して微かな、けれど確かな振動が伝わってきた。
俺を鼓舞するかのような、命の音。
(――まだだ)
熱が戻る。思考が回る。 まだ、諦めてたまるか。
(エミルを、終わらせなんかさせないッ)
俺はエミルの体を抱きかかえたまま、地面を蹴った。 爆発的な加速。
弾丸のような速さで赤い魔獣に肉薄し、そのがら空きの横っ面を思い切り蹴り飛ばす。
ドゴォォッ!!
不意の攻撃をもろに受け、赤い魔獣は巨体をきりもみさせながら壁際まで吹き飛んだ。
「アスノ!」
「アスノさん!」
俺は二人の方へ素早く後退し、エミルの体をそっと地面に横たえた。
「すまない二人とも、遅くなった」
「エミルは……無事か?」
アークの声が震えている。
「無事じゃない。……だが、まだ間に合うはずだ」
そう、自分に言い聞かせるように断言する。 俺はミーナを見た。
「ミーナ、エミルの回復を頼む。君の魔力で、彼女の命を繋ぎ止めてくれ」
「ッ……!」
エミルの惨状を見て涙を流していたミーナだったが、俺の言葉にハッと顔を上げ、袖で涙を拭った。
「はいッ‼️」
力強い返事と共に、ミーナが治癒魔法の詠唱を始める。
「アーク、エミルとミーナを頼む。俺はあの魔獣の相手をする」
「あぁ、二人は任せておけ 二人を守りつつ可能な限り援護する」
アークが剣を構え直す。 そして、ふと俺の左肩を見て、悔しげに顔を歪めた。
「本当は、お前の左腕の代わりになれればよかったんだがな」
「なってたよ。それ以上の希望に」
俺は真っ直ぐにアークを見つめた。
「お前が諦めずに戦う姿が、折れかけた俺の心に火を点けたんだ。……ありがとう、アーク」
俺の言葉にアークは一瞬驚いたように目を見開く。
そして言葉にならない感情を飲み込むように、彼は強く頷く。
「アイツを倒して、皆で帰ろう」
「あぁ!!」
掲げた俺の右拳に、アークの左拳がゴツンと当たった。
言葉はいらない。想いは繋がった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
崩れた崖壁の瓦礫を吹き飛ばし、赤い魔獣が吠える。
その全身から膨大な魔力が噴き出した。
魔獣の目前に、幾重もの魔法陣が展開される。 次の瞬間、巨大な火球が連射される。
ギガ・ファイアー。それも5発。 上位の魔道士ですら連発には間を置く上位魔法を、まるで散弾のように放ってくる。
それだけでコイツが規格外の化物だとわかる。
ゲームのラストダンジョンに似た造形の魔物はいたが、こんな赤い色はしていなかった。
俺は静かに右手を前に突き出し、魔力を集中させる。
「闇魔法!」
俺の手から放たれた波動が、迫りくる五つの業火に干渉する。
相手の魔力構成を強制的に書き換え、制御権を奪取する。 次の瞬間、紅蓮の炎は、冷徹な蒼炎へと変化した。
俺は蒼炎を魔獣へと差し向ける。
ドガガガガガガッーン!!
5つの爆音が響き渡り、魔獣が青い炎に包まれる。 今のうちに守りを固める。
「闇魔法《深淵の衣》」
パーティ全体を漆黒の衣が包み込む。 全ての攻撃を半減する、ラスボスのインチキ技だ。
「っくぅ……」
苦悶の声が漏れる。 やはり4人分への付与は魔力消費が重い。
魔術回路の行使で、無理やり塞いでいた左腕の傷が開き、激痛が脳を揺らす。
(痛みがあるうちはまだやれるだろ? ここで命張らないでどこで張るんだッ)
短期決戦だ。魔力が枯渇する前に決める‼️
「闇魔法《(エビルベイン)》!」
俺の手から放たれた黒い雷撃が、炎に怯む赤い魔獣に炸裂する。
「ガアアアアアアアアアアアアアッ‼️」
だが、魔獣は咆哮ひとつで体にまとわりついた黒い雷をかき消した。
それだけではない。 自身の炎と俺の雷で焼け爛れた皮膚が、蒸気を上げながらみるみるうちに再生していく。
(あれだけの攻撃を一瞬で治すなんて……なんて自己回復能力だ)
なぜあれだけの回復能力がある……? 俺は注意深くやつを観察する。
炎の照り返しの中、魔獣の額に埋め込まれた「何か」が妖しく輝いた。
赤く、脈動する石。
(あ、あれはッ……レギルストーンッ!?)
魔王の力を封じられた聖石。 なぜあれが、こんな魔獣に埋め込まれている?
だが、あの異常な回復力の正体は掴めた。魔王の魔力が無尽蔵に供給されているのだ。
やつを倒すには――再生が追いつく前に、存在ごと消し去るしかない。
俺は収納魔法から《グラウ・ゾラ》を取り出し、疾走した。
魔獣が反応し、鋭い爪を振り下ろす。 俺はそれを紙一重で回避し、すれ違いざまにその腕を斬り裂く。
ザシュッ!
以前、岩を斬った時よりも遥かに重い手応え。だが、強化された俺の斬撃は魔獣の腕を切断することに成功した。
魔獣は咆哮と共に、もう片方の腕で反撃してくる。 俺はバックステップでそれを回避し、距離を取る。
ボコボコッ、グジュッ。
嫌な音がした。 斬り落としたはずの魔獣の腕が、肉を泡立たせ、わずか5秒ほどで元通りに再生したのだ。
何事もなかったかのように、魔獣はこちらに向かって飛びかかってくる。
(5秒か……細切れにすれば、ギリギリいけるか?)
再生中の隙を狙って最大火力を加える
かつてバーチの喉笛で崖を粉砕した一撃、あれをぶつける!
俺は魔獣の爪を再びギリギリで躱し、再度腕を切り落とす。
痛みで体を引いた魔獣に、更に追撃を加える。
「《冥線刹》ッ!!」
瞬時に闇を纏った斬撃が網の目のように走り、魔獣の体を瞬時に16分割する。
「もう一発‼️」
さらに《冥線刹》を重ねる。 魔獣の体は肉片レベルまで細切れになる。
スキルの連続使用に脳が焼き切れそうになり、左腕の傷から血が噴き出すが、痛みに構っている時間はない。
魔獣の肉片が蠢く。 予想通り、レギルストーンを軸に肉体が再生しようとしている。
ここだ。ここで全て叩きつける!
俺は《グラウ・ゾラ》に全魔力を込める。
刀身が眩いほどの白光を放ち、溢れ出した魔力の本流に、洞窟内の壁や床が耐えきれずにひび割れていく。
だが。 速い。
魔獣は既に、四肢以外の再生を終えていた。
金色の瞳が、殺意に満ちて俺を睨みつける。
そして、俺に向かって巨大な顎を開き、喰らいつこうとしてきた。
(だめだ! 間に合わない――ッ)
俺が剣を振り下ろすより、牙が届く方が速い。
─やられる、そう思った瞬間。
ドスッ!!
魔獣の左目に、光り輝く矢が深々と突き刺さった。
「ガアアアアアアアアアアアッ」
苦悶の咆哮を上げ、魔獣の動きが一瞬止まるッ。
魔獣は貫かれた片目を強引に再生させながら、再生を終えた剛腕を俺へと叩きつける。
俺はまだチャージ中で動けない
ガギィイイイイイン‼️
俺の目前で、アークがその剛腕を受け止めていた。
足元の地面が陥没し、アークの口から血が溢れる。
それでも、彼は一歩も退かない。
「決めろ‼️ アスノ!!」
アーク‼️ お前は本当に頼りになる男だッ
その時、《グラウ・ゾラ》への充填が完了した。
俺は光の柱と化した剣を振りかぶり、魔獣めがけて振り下ろすッ。
「《ギガブレイク》‼️‼️」
刹那。 世界が白一色に染まった。
遅れて、鼓膜を破るような爆音と衝撃波があたりを薙ぎ払う。 すべてを塵に帰す破壊の光。
やがて光が収まり、爆風で巻き上がった土煙が晴れていく。
魔獣がいた場所には、折れたグラウ・ゾラの刀身と傷一つない赤い聖石
レギルストーンが転がっているだけだった。
俺は力を使い果たし、膝から崩れ落ちそうになる。
それを、横からアークが支えてくれた。
「やったな」
「あぁ……終わったよ」
魔力を使い果たし、目を開けていることさえ辛い。
パタパタと誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「アスノさん! 今、回復します!」
ミーナだ。 彼女の掌から放たれる温かな光が心地よく、血が流れる左肩の傷も塞がっていく。
……いや、ちょっとまて。 ミーナにはエミルの治療を頼んだはずだ。
「エミルは? エミルはどうなった!?」
俺は慌てて顔を上げた。
そこには、足を引きずりながらも、こちらに歩いてくるエミルの姿があった。
ボロボロの服、血に汚れた肌。けれど、確かに彼女は自分の足で立っていた。
気づいたときには、体は勝手に駆け出していた。
「エミル!」
俺は恥も外聞もなく、彼女を強く抱きしめた。
「あ、アスノ君!?」
温かい。 生きている。心臓が動いている。
ここで、俺の中で張り詰めていたものが、プツリと音を立ててすべて断ち切れた。
「"よ"が"っ"た"よ"お"お"お"お"ぉ"お"お"お" "生"き"で"で”よ”がっだ~~~~」
俺は大粒の涙をボロボロと流し、鼻水を垂れ流しながら、エミルの服に新たな染みを作り続ける。
かっこ悪いとか、そんなことはどうでもよかった。
「ちょ、ちょっとアスノくん! はなれ……かっ、固ッ! ビクともしない!」
「う”を”ぉ”お”お”お”ん”い”き”し”て”る”!” 息”で”ぎ”で”ぎ”で”で”え”らい”ぃ”いい!」
俺は自分の涙で池を作りながら、エミルの顔を見た。
そこには、少し困ったように、けれど優しく笑うエミルの姿があった。
幻ではない、確かな実像を伴ったエミルの姿が、そこにあった。
俺はやったんだ。 彼女を、守れたんだ――。
長く、暗かった悪夢は去った。 地の底のような暗闇の中にも、確かな安堵と温もりが満ちていく。
未来はまだわからない。だが――もう、独りじゃない。
地獄の底で見つけたのは、真っ白な未来と、隣で笑う最高の仲間たちだった。
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