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ブレイカーズ ─大好きなゲームのラスボスに転生したので破滅を回避しつつ続編を生み出します  作者: 七宮ペポポ


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25話「その手はただ静かに」


「アスノ君、肩……血が……!」


 エミルの悲鳴のような声が響いた。

 地面に叩きつけられた衝撃で、障壁バリアごと肉が裂けたのだ。

 左肩の服は無残に引き裂かれ、抉れた肉からは鮮血が止めどなく流れ出している。


「だ、大丈夫です……かすり傷、ですから……」


 俺は努めて明るく笑おうとしたが、頬が引きつってうまく動かない。

 動かそうとすると、神経を直接焼かれるような痛みが走る。


「どこがかすり傷なのよ! こんなに血が出て……動かないで!」


 エミルが腰のポーチからポーションを取り出し、震える手で俺の傷口に振りかける。


「くっ……!」


 傷口が焼けるように熱くなる。だが、傷が深すぎて塞がりきらない。血は止まるどころか、包帯代わりに取り出した布を瞬く間に赤く染めていく。


「どうして……どうして止まらないのよ……!」


 エミルは泣きそうな顔で、さらに上級ポーションを取り出し、俺の傷口に押し当てた。

 彼女の手は血に塗れ、その温かさが妙に生々しく感じられた。


「エミルさん、落ち着いて。死にはしません」


 俺は痛みを堪え、右手で彼女の震える手をそっと包み込んだ。


「俺は頑丈なんです。これくらい、すぐに治ります」


「嘘つかないでよ! こんな大怪我して……痛くないわけないじゃない!」


 エミルが俺を睨みつける。その瞳には涙が溜まっていた。


「どうして……どうしてここまでしてくれるの? どうして、自分を犠牲にしてまで私を……」


 彼女の問いかけに、俺は言葉に詰まった。  何と答えればいい。  

「推しキャラの姉だから」「死ぬ運命を知っていたから」。そんな言葉は、今の彼女には届かないし、誠実ではない。  

 俺は彼女の目を見つめ返し、心の奥底にある本音を、飾らずに口にすることにした。


「……以前の俺には、何もなかったんです」


 痛みを紛らわせるように、ゆっくりと息を吐きながら話す。


「以前いた場所での俺は、ただ心をすり減らして働くだけの日々でした。精神を病んで、眠ることもできなくなって……

 何を見ても、何を食べても、何も感じなくなってしまった」


 ブラック企業での過酷な労働。終わりのないパワハラ。色が消えた世界。  

 そんな俺を救ってくれたのが、「マジカルブレイヴズ」というゲームだった。


「でも、貴方たちに出会った」


 俺は目の前のエミルを見た。  血に濡れた手で必死に俺を案じてくれている。

 その真剣な眼差しと温もりに、俺の心は確かに救われていた。


「アーク、ミーナ、そしてエミルさん。貴方たちが懸命に前を向き、笑って、支え合って進む姿を見て……俺は失っていた感情を取り戻せた。

 生きている実感を、得ることができたんです」


 俺の言葉に、エミルの手が止まった。


「俺にとって、貴方たちはただの仲間以上の……そう、生きる希望そのものなんです。

 だから、貴方が傷つくくらいなら、俺が傷つくほうがずっといい」


 嘘偽りのない、純粋な想い。  この世界がゲームだとか、俺がラスボスだとか、そんな設定はどうでもいい。  

 ただ、目の前にいる彼女たちが、俺に「明日」をくれた。それだけが真実だ。


「……馬鹿ね」


 しばらくの沈黙の後、エミルがぽつりと呟いた。  彼女は包帯を巻き終えると、袖で目元を乱暴に拭い、俺の顔を覗き込んだ。


「自分の命を軽く見すぎよ。……でも、ありがとう」


 彼女の瞳に映る俺は、血だらけで情けない顔をしていたかもしれない。  

 けれど、エミルはそんな俺を見て、少しだけ困ったように、けれどとても優しく微笑んだ。


 その笑顔を見た瞬間、 痛みが遠のくような気がした。  

 

 守れた。未来は、きっと変えられる。




 その時だった。




「――おーい! アスノ! エミ姉!」


 遥か頭上から声が降ってきた。  見上げると、暗闇の中に小さな光が見える。  

 二つの人影が、ゆっくりと降りてくるところだった。


「アーク! ミーナ!」


 二人が協力して風魔法を駆使し、慎重に降りてくる。  やがて、二人はふわりと俺たちの近くに着地した。


「二人とも! 無事か!?」

「エミ姉! アスノさん!」


 アークとミーナが駆け寄ってくる。 アークは俺の血まみれの左肩を見て息を呑んだが、すぐに俺の目を見て、無事を確信したように安堵の表情を浮かべた。


「お前……その怪我……」

「大丈夫だ。エミルさんが手当てしてくれたからな」

「よかった……本当によかった……!」


 ミーナが涙目でへたり込み、エミルに抱きつく。  四人が揃った。  全員生きている。

 地獄の底のような場所だが、ここには確かな絆と、温かな空気があった。  

 俺はその光景を目に焼き付けながら、心の底から安堵していた。



 ああ、本当によかった。  これで帰れる。みんなで、一緒に。



 ――その瞬間。



 ドンッ。



 心臓を直接鷲掴みにされたような、重く、冷たい圧力がその場を支配した。

 空気そのものが凍りついたかのような、異様な静寂。  全員の動きが止まる。

 笑い声も、安堵の吐息も、一瞬にして消え失せた。


 俺たちは、錆びついた機械のような動きで、気配のする方へと首を巡らせた。

 崖底の暗がり、光の届かない闇の奥から、ゆらりと「それ」は現れた。


 金色の瞳が俺達を捉える

 全身が、鮮血のように赤い。  豹のようなしなやかな体躯を持ちながら、

 その大きさは先ほどのオーガを遥かに凌駕する。


 言葉にしなくとも、全員が理解した。


 これが、アスノが……俺が恐れていた「予知の魔物」だ。


 俺の記憶にあるどんなモンスターとも違う。  圧倒的な「死」の具現。



 俺は即座に魔力を練り上げる。


「《空間転移テレポート》!!」



 俺は呪文を唱えた。  だが。



 ――何も起きない。




「な……ッ!? 嘘だろ……!?」


 驚愕に目を見開く俺。  その一瞬の隙を、赤い死神は見逃さなかった。


 ヒュンッ。


 風切り音すら置き去りにする速度。  

 瞬きする間に、赤い影が目の前に迫っていた。

 鋭利な刃物のような爪が、俺の首を刈り取るべく振り上げられる。



 ドンッ。



 横から強い衝撃を受けた。  誰かが、俺の体を突き飛ばしたのだ。


 バランスを崩し、世界がスローモーションのように回転する。

 俺が立っていた場所には、入れ替わるようにしてエミルが立っていた。

 死神の爪が目前に迫る中、彼女は俺の方を向き、

 ふわりと優しく微笑んだ気がした。

 

 それは刹那の幻だったのか、それとも――。



 ドゴォッ!!



 赤い魔物の豪腕が、エミルの細い体を直撃した。

 ボロ雑巾のように吹き飛ばされるエミル。

 彼女の体は地面を跳ね、そのまま崖際の岩壁に激突して止まった。


「エミル‼️」

「姉さん!!」


 アークとミーナの絶叫が重なる。

 俺は地面を転がり、すぐに起き上がろうとした。

 だが、魔物は追撃の手を緩めない。  

 エミルを屠ったその爪で、今度は近くにいたアークへと襲いかかる。


「アーク‼️」

「来るなアスノ‼️ エミルを頼む‼️」


 アークが叫び、剣を盾にして魔物の爪を受け止める。

 ガギィィィン!!  その鬼気迫る声が、呆然としていた

 俺の意識を現実へと引き戻す。


「ッ――!!」


 俺は《身体強化エンハンス》を限界まで多重発動させる。

 弾丸のような速さで、エミルの元へと疾走した。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 視界が赤く染まっているのが自分の頭から流れる血であることに気づく

 体はところどころひしゃげてまともに動かせるところのほうが少なそうだ

 目もかすみ、体から熱が引いていくのを感じる、

 寒い、こんなにも寒さを感じるのは初めてだ


 薄暗い視界の中になにか大きな光が現れて私を優しく抱き起こす

 暖かい、ずっとこの手に包まれていたい そう思わせるこの光は…一体─



「エミル‼️しっかりしろ!!」



 光が徐々に輪郭を帯びてくる  あぁそうか 君……だったんだね


「アスノ…君…」


 どうしてだろう、君の声を聞いたら寒さがうすらいだ気がするよ


 そんな泣きそうな顔をしないでよ、せっかくの色男が台無しじゃない


 彼の顔に手を伸ばそうと手を動かそうとしたけれどまるで動かない

 でも彼は私の手を取って顔に近づけてくれた。

 彼と触れている手の部分がとても暖かく感じる


 フフッ 前にもこうしてずっと手を掴んでいた時があったのに  

 どうしてあの時はこの温かさに気づかなかったんだろう  

 

 なにか…きこえる…


「ガアアアアアアアアアアアアアアッ」


 何かが吠える声が聞こえる  


 あぁ、そうか 私 貴方を庇ってこんなことになってるんだっけ  


 アークとミーナは…?二人は無事なの?


 言葉を出そうとするけど息がうまくできない  

 なにか塊が喉につまっているかのよう  

 それでも力を振り絞って彼に伝えなくちゃ、彼にしかできないことを─


「アークとミーナを 二人を守って」




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 俺は震える手で、エミルの体を抱き起こした。


「ア…ノ ん…」


「あぁ‼️‼️ 俺だっ アスノだっ」


 岩壁に叩きつけられた衝撃で、彼女の体はぐったりと力を失っていた。

 叩きつけられた背中や頭部から、じわりと赤い染みが広がっていくのが見えた。

 口元からも血が流れ、顔からは生気が抜け落ちて、

 素人目に見ても重傷だとわかる。


 エミルの右腕が、かすかに動こうとした。  

 俺は慌ててその手を取り、自分の頬に押し当てる。  

 氷のように冷え切った白い肌は血に塗れ、指にはめた指輪が淡く明滅する。

 まるで彼女の命のように。


「死ぬな…っ 死ぬなよエミル! お前は弟妹と3人でヴィジルウォールの先に行くんだろぉッ」


「ガアアアアアアアアアアアアアアッ」


 背後で魔獣の咆哮が轟く。

 振り返ると、アークが必死の形相で剣を振るい、

 ミーナが涙を流しながら障壁を展開して耐えている姿があった。



 その時、頬に触れていたエミルの手が、最後の力を振り絞るように、

 俺の頬をきゅっと握った。



 ハッとして彼女を見る。  焦点の合わない瞳が、虚空を見つめている。

 彼女の唇が、パクパクと微かに動いた。  声にはなっていない。  

 けれど、その唇の動きは、痛いほど鮮明に俺の心に刻まれた。



『――二人を守って』



 白い手が、重力に従って滑り落ちる。


 俺の喉から、意味のない音が漏れる。

 嘘だ。  嘘だろ  予知を変えるために、ここまでやってきたのに。



 俺は――。    俺は、彼女を守ることができなかった――。








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