⑩ー6ジャイアナ
6 ジャイアナ
背中の痛みは、少しおさまってきたように思う。
いっときは眠っていてもうなされるほどに激しい痛みがあったが、今は身体を伸ばすと少しひっかかりというか、違和感がある程度だ。
「お薬塗りますね」
部屋にはジェイドと、もう一人女の子が来ている。彼女が、僕の意識が戻ってから毎日包帯を替えに来てくれている。そして、その時にはほぼ毎回ジェイドが後ろについている。ちょうど、最初の日に聖騎士がしていたように、部屋の隅で壁にもたれて、こちらの様子を確認している。彼女の護衛ということなのだろうか。
「いつっ…」
痛みは引いたが、包帯を外して薬を塗ると染みる。とはいえせっかく看病してくれている少女に気を使わせても悪いので口は極力閉じておく。
「わぁ、痛そう」
薬を塗りながら、少女がつぶやく。
「そんなにまだ酷そうに見える」
「はい。見てるだけて痛そうです」
「そっか」
自分で思っているより傷はまだ治っていないらしい。
包帯を巻く段になると、ジェイドが手を貸して少女を手伝う。
「毎日毎日悪いね。こういう備品も貴重だよね」
「はい。でもまだ在庫は…、こういうことって言っちゃいけないんだっけ?」
少女は首を傾げながらジェイドに確認する。
「知らん」
ジェイドはぶっきらぼうに返す。
「ごめんごめん、僕が悪かった。軽率な発言だったよ」
そう言うと、少し気まずそうに少女は俯いた。
今日の手当てを終えると、二人は部屋を出る。ところで、少女が足を止める。振り返ってこちらに向かって話そうとしているのを確認すると、ジェイドは何も聞かずに先に部屋を出て行ってしまう。扉が完全に閉まると、彼の足音が廊下へ遠ざかって行くのが聞こえる。彼女の護衛についていたんじゃなかったのか。
「あの…。その怪我って、どんな魔族にやられたんですか」
一人部屋に残った少女が問う。
「どうだろう。後ろから刺されて、姿はよく見なかったから」
概ね嘘ではない。偵察のために同行してくれた土地勘のある魔族だとは思うが、あまり面識はない。おそらくあの日初めて会った人だと思う。魔族は境界線付近ではフードなどを深く被って、髪色や容姿を隠す傾向にある。僕のやり方に不満があっても、直接は言ってこないくらいだから、姿を隠していて当然か。まあ、エミスやフェリオ達のように親しい間柄の人に刺されたんじゃなくてよかったと思おう。
「そうですか…」
少女は少女で思うところがあるようだった。
「君は治療系の魔術が得意なの?」
ここでの話題なんて、彼らが魔術の勉強をしているということくらいしか思いつかないので聞いてみる。
「いいえ。あなたの傷の治療は先生がずっとしていたんです」
「先生って、あの聖騎士のこと?」
ユージーン・アーサーと言ったか。彼が少年少女達に直接、魔術を教える先生をしていると。
「はい。先生でも難しい治療だったみたいです」
「そうなんだ。結構深く刺さってそうだもんね」
背中の傷を手でさする。ここまで後に引く怪我をしたのは初めてだ。
「いえ、傷はそこまで深くなかったんです。内臓も大丈夫そうでしたし」
「そうなの?」
「呪い…、だと。先生は言っていました」
「呪い?」
呪いって、何かしらの魔術ってことなんだろうか。
「ええ。それもとても古い、魔術全盛時代の魔術じゃないかって。それを解くのに、先生でも苦労したって言っていました」
「そっか」
ここはマギサにも近い。それなりの魔術に熟練した魔族だったということだろう。それに対抗できる聖騎士に見つかったのは不幸中の幸いだったということか。
「先生には感謝しないとだね」
「はい…。それでその、アールさんとお聞きしました、お名前。ジェイド君とキンスリーから」
「うん。そう呼んでもらって問題ないよ」
「私はジャイアナって言います。…。その、アールさんは傭兵をしてらっしゃって、魔族とも戦ってる人だから、聞きたかったんですが。魔族についてどう思ってらっしゃいますか?」
魔族をどう思うか。ざっくりとした質問だな。
「どうと聞かれても、正直、人族と大差ないと思っているけど。先生には怒られちゃうかもだけど」
「そうですか…」
「なんでそんな質問を?」
ジャイアナは真剣に悩んでいるようで、目線を一点に集中して何か考えているようだった。
「あの、私、エルフとの混血なんです。エルフは人族とも魔族とも違うとされていますけど、人によっては魔族に分類する人もいます。だから私、もし騎士になれたら、みんなに認めてもらうためにもしっかりしなくちゃって思ってるんですけど…。実際に魔族の魔術で傷ついている人を目にしたら、やっぱりエルフも魔族なんじゃないかなって不安になって」
彼女は彼女なりに思い悩んでいるようだった。そう言われてみると、ジャイアナは首まで伸ばした癖毛で耳を隠すような髪型にしている。しかし物の考え方は完全に人族の、人族中心的思考だ。
関係ないと思うけど。
そう簡単に、口をついて出そうになるのを止める。関係ないと言うのは、これから騎士として生きていく彼女らに対して、無責任だろう。何より、命のやり取りの現場では、一瞬の気の迷いが明暗を分ける。
「先生は、それについて何か言っているの?」
「先生は、自分の目で見て、考えなさいって。だから私、アールさんに聞いてみたかったんです」
「そっか…」
魔族をどう思うか、それをどう対外的に説明するか。僕は魔族の王という立場に一応いるにもかかわらず、そんなことにも答えられないのか。魔族を守ろうとするのに必死で。いや、本当の意味で魔族を守るというのなら、堂々と答えて、納得させられるような答えを、説得を、交渉を、持っていなくてはいけなかった。王様失格なのは背中から刺されている時点でわかってはいたが、それ以前の問題だったのだろう。
「いつかちゃんと答えられるように、考えておくよ。その時にはジャイアナの答えも、聞かせてほしい」
「はい」
彼女を納得させられる答えは持ち合わせていなかったが、同じ問いについて考える仲間が見つかっていくらか安心した表情を見せてくれた。ジャイアナは彼女なりに答えを探していけるだろう。そういう強さを彼女から感じた。
それにしても、教会の教典通り、全く別の生き物であると断じてしまう答えではなく、自分の目で見て考えるようにとは、先生、ユージーン・アーサーという人物は、どんな考えの持ち主なのだろうか。彼と話をしてみたいと思った。
聳え立つ 千年史 見上げれば
すぎし風は 九重の葉を揺らし 肌に触れる
落葉も 踏み鳴らし 土薫る
ひとしずく 抱き上げて 君よ立つ




