⑩ー5キンスリー
5 キンスリー
目が覚めた。
僕が寝たきりになっている部屋の中に、他に人はいない。
上体を起こすと、相変わらず背中の傷がひどく傷んだ。だが怪我を押してベッドから足を下ろす。靴が見当たらないので、そのまま腕の力を使って何とか立ち上がる。しばらく寝たきりだったせいか、筋力が落ちて、やたらと体が重かった。だるさがあり、頭も痛い。時折ふらついては、壁にもたれながら部屋の扉に手をかける。
音を立てないようにゆっくりと扉を開く。
鍵はかかっていない。ここを脱出するにも周囲の状況を確認しておきたい。
廊下に出ると、その先遠くの方まで物音はない。廊下にいくつかある窓は薄ぼんやりと光っている。廊下の壁に手をつくと、やはりそれは剥き出しの岩だった。それに、窓と思ったそれは、微発光する鉱物の上にガラスを張ったものだった。エルフの里の発光する植物の光り方に似ている。どうやらここは洞窟の内部で、その中に居住用の建物を入れ込んだような造りになっている。
廊下を進んでいくと、微かに風の動きを感じる。その空気の流れを辿って進んでいく。その間も、いくつか扉の前を通ったが、やはり物音はしなかった。
壁の発光する鉱物とは違う明かりが見え、それを目指して進んでいくと、ようやく洞窟から外へ出た。
あっさりと外へ出られた。
湿っぽく冷たい空気。どうやら朝のかなり早い時間のようだ。霞が出て、見通しの悪い中を裸足で進んでいく。
自分が今どこにいて、どこへ向かっているのかもわからぬまま行くと、水の流れる音が聞こえてくる。音を頼りに進んでいくと、そこに確かに川を見つける。おそらくここがあのジェイドという少年が僕を見つけてくれた川なのだろう。川岸の大きい岩の上を手をついて進み、川の水に手を触れる。川の中央の方は流れが早く深くなっているようだ。川上の方を見ても、霞がかっていて見通せない。
あの時、下に川があるとも気づかないほどには高い崖の上から落ちたのだ。よく助かったものだ。水に足をつけながら、浅いところを歩いて、剣を探す。腰に挿していたウルクはこの辺りには落ちていないだろうか。ジェイドが見つけた時に身につけていなかったのであれば、もっと川上で外れてしまったのだろうか。それとも…。
物音がして顔を上げると、霞の中からジェイドと思わしき人物がこちらへ近づいてくる。しかし、背丈も年頃もジェイドと似ていたが、違う少年だ。
「何してるんです」
少年に声をかけられる。
特に、洞窟を抜け出したことについて責められているような様子はない。捕虜扱いということではなさそうだ。
「川に落ちた時、腰に剣を挿していたんだ。それがどこかに落ちてないかと思って」
「そうですか。…探すの手伝いましょうか」
そう言って少年はズボンの裾を捲り上げると、川の水に足をつけた。そのままジャバジャバと軽い水飛沫を上げながら川上の方へ小走りで進んでいく。
僕は反対に川下の方へしばらく進んでみたが、ウルクは見つからなかった。崖から落ちた時にはずれたか、もしくは、川の流れの早いところに乗ってずっと川下に流されたか。
身体を急に動かしたものだから、疲れて川岸に腰を下ろすと、遠くまで見に行ってくれた少年が戻ってくる。
「大丈夫ですか」
「うん。ありがとう」
例を言うと、少年は軽く会釈をして僕の隣に腰を下ろした。
「お兄さんは傭兵、なんですよね」
少年は履いている靴が水に濡れるのも厭わず足を水につけている。
「うん。アールとでも呼んで」
横並びの少年は、少し僕の顔を見上げてから、目線を川に戻した。
「俺はキンスリーって言います」
「キンスリー。ジェイド達と同い年くらいだよね」
「はい。だいたいみんな同じくらいの歳で十三から十五です」
騎士学校の一から三年目くらいの歳の子達か。それがこんな辺境で魔術の勉強をしている。しかし、すぐに剣探しを手伝ってくれるこのキンスリーに、この場所についての探りを入れるのは気が引ける。あとで気がついて悲しませたくない。質問するのはやめて、間が開くと、キンスリーの方から話しかけてくる。
「僕の親は、先の戦争で亡くなりました。母を残して。お金のためにここへ来たんです。だから儲かるなら傭兵でもいいかなって。上手く生きたいんです、俺」
話の展開が早いな。あの洞窟は魔術の勉強をする所であるらしいし、何より聖騎士がいる。教会が辺境に造った騎士学校のような場所なのだろうか。通常、騎士学校に入学するにはそれなりの費用がかかる。何より代々魔術を継承してきた両家の子供がほとんどの場所だ。キンスリーの話ぶりからして、多額の費用を支払ってここへやってきたと言うのではなさそうだ。騎士学校の一から三年目。それにしてはなかなかに高度な魔術の詠唱が聞こえてきていた。身分に関わらず、魔術の才能のある子供達を集めた場所なのだろうか。
「僕は不器用だからな…。あまりお勧めはしないよ」
彼らの進路がわからない以上、軽率なことは言えない。それにここが本当に騎士学校なのだとしたら、やはり騎士として生きていく方が良いのだ。お金も生活も。ずっと騎士して生きて行くのが…。
足音がして見上げると、岩の上に、今度は本当にジェイドが立っている。僕とキンスリーを見ると、何か言いたげだったが、一旦僕らには構わず岩の上を進んでいってしまった。川岸に適当な場所を見つけると、身体を水で濡らさないように、器用に髪と顔だけを水で洗っている。あれが例の朝の日課か。その際に流れ着いた僕はジェイドに発見されて、助かったと。
朝の日課を終えると、ジェイドは髪を拭きながら僕らの方へ戻ってくる。
「何してるんだ」
ジェイドの問いに、キンスリーが答える。
「流された時に、剣を無くしたんだってさ」
それを聞いて、ジェイドの目線が僕の腰に向き、目線を逸らした。本来僕は人の考えていることを見抜いたり察したりするのが苦手だ。だから後ろから刺されたりする訳だが。それでもまだ十代前半の少年の目線移動から、その意味を推しはかることくらいはできたようだ。ジェイドは僕の腰に剣があるのを見ているようだった。つまりウルクがなくなったのは、僕があの洞窟に運ばれた後らしかった。
「勝手に出歩かない方がいいと思うけど」
ジェイドにそう言われ、三人で洞窟に戻ることにした。
打ちつける拳は痛み熱を帯びる。打ちつける鉄は音をなし練つを帯びる。怒りは心を燃やし、帯刀は赤、組み上げた手の熱は白光、天に昇る。




