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士獅十六国物語 〜“黒”の転生者狩り〜  作者: ホラナカチリ
⑩【錆びた夢】

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⑩ー4ジェイド

4 ジェイド


 霞立つ川岸に、一人の少年がやってくる。まだ皆が寝静まった朝の早い時間。このうちに、川で水浴びをするのが、彼の日課だった。水浴びと言っても、まだ肌寒いこの時期に、服や体を濡らすのは避けたい。よって、河岸のゴツゴツとした岩の上を器用に移動して適当な場所を見つけると、服を濡らさぬように腕で体を支えて首を下げ、髪だけを川の水に垂らすというどこか芸当のような格好で朝の日課が行われる。それが済み髪を乾かしながら、何ともなくあたりを散策していると、人一人が川岸で横たわっているのを見つける。半身を水につけて、微動だにしない。川上で戦闘でもあって、ここまで流されてきたのだろうか。明日からの朝の水浴びを、この遺体を通ってきた水ですると言うのは気分が悪い。申し訳ないが、ちょっと足で押して、もっと川下へと流れて行ってもらおうと、近づいたところで、それが遺体ではなく、瀕死の男性だと言うことに気がついた。



「くそっ、奇襲だ!」

「また荷馬車を、姑息な手ばかり」

「魔王の影を追い払えっ」


「また小競り合いをしているのか。いつまでやっているんだ」

「あれで魔王を名乗るのか。とても王の器とは思えんがね」

「早く誰か、奴を屠って席を替わればよいものを…」


「ヨルのそばに居ろよ!」


「アル、また来てね…」


 真っ白なもやに、こだまする声。

 体の鈍い痛みと浮遊感。

 そこから這い出すように、手をつくと背中が鈍く痛んだ。


 見知らぬ小部屋で、かすむ目を開く。

 綺麗なシーツの上で、体に掛けられた白い布を掴む。

 状況を確認するために、身体を起こそうとして、背中がひどく傷んだ。

 そうだ、僕は偵察中に背後から刺されて崖から落ちて…。背中には清潔な包帯が巻かれている。誰かがここで傷の手当てをしてくれたのか。

 刺されたのとは逆側の半身で腕をついて身体を何とか少し起こすと、小さな部屋の木製のドアの向こうから、「あ…」と誰かの声がするのを聞く。声の主は姿を見せる事なくドアの向こうで遠くへ駆けていってしまった。追いかけようにも、体に力が入らず、逆にバランスを崩してベッドへ倒れ込む。

 そこから見上げた天井を、シーツに沈んだ気怠い身体で見つめると、ようやく自分がまだ生きている実感が湧いてきた。開いた口から重苦しい息が漏れる。

 しばらくそうして脱力していると、ドアの向こうの廊下から、何名かの足音が近づいてくる。自然と腰に留めていたはずのウルクに手が伸びるが、そこに剣はなかった。

 足音が扉の前にやって来て、手がかかる。一瞬の間を置いて開くと、そこには年老いた騎士の姿があった。

 彼は鎧を身に纏っていた訳でも、腰に剣を挿していたわけでもなかった。しかしその立ち姿と、空気感で騎士であると直感した。そして、彼が部屋に踏み込む一歩目に、騎士として修練された時間を感じた。こちらが動くのを警戒しているからだろうか。そこではっきりと目が合い、僕に動きがないのを確認すると、後ろ手に掴んでいた扉を離し、後続の者達と共に部屋の中へ入ってきた。

 一人目が明らかに騎士であったから、他も騎士かと思ったが、彼の後ろについてきたのはまだ十四、五歳の少年少女達だった。ここは騎士の拠点じゃないのか。一体どこなんだ。そんな僕の疑問を察した上で、年老いた騎士は部屋の端へ身を引いた。代わりに少年少女たちがベッドサイドに歩み寄る。

「生きてるな」

 一人の少年がベッドに乗った僕の体をまじまじと確認すると、納得したのか、騎士の横へ下がっていった。

「あの…」

 僕だけが状況を理解できていないので、説明を求めて騎士の方を見るが、彼の代わりに一人の少女が口をひらく。

「あなたが川岸で倒れているところを、ジェイドが見つけてここへ運んできたんです」

「ジェイドの謎のこだわりが役に立つこともあるんだな」

 別の少年が少しからかった口調で言う。彼らの目線からして、最初に僕をまじまじと見て、今は騎士の横で壁にもたれかかっているのが「ジェイド」なんだろう。

「ありがとう」

 そう声をかけると、ジェイドは無表情のまま会釈だけを返してくれる。

 話さないジェイドを見かねて、さっき彼をからかっていた少年が、僕の前へ歩み出る。

「で、あんた何もんだ?」

 少年の問いに口を開いて声を出す寸前で、騎士の声に遮られる。

「ここまでにしておこう。怪我人だ。今は休ませあげよう。それに第一印象というのは、ひどく頭に残るものだ。彼に彼のことを語らせれば、そのイメージが我々に印象づけられる。言葉とは危険なものだ。いつも授業で言っているようにね」

 騎士がそう言うと、少年少女達は静々と部屋を出ていった。代わりにその年老いた騎士が僕の横へやって来ると、ゆっくりと、それこそ印象付けるように僕に名乗って見せた。

「私の名は、ユージーン・アーサー。ここを任されている聖騎士だ」

 彼の目は、僕の反応を探るように瞳の奥を見ていた。しかし、僕が何か対応する前に目線を外すと、扉へと身をひいた。

「まずはゆっくりと休みたまえ。ひどい怪我だったんだ。そして興味があれば部屋を出て見て回るといい」

 空いた扉の奥に剥き出しの岩肌が見える。ここはどこかの建物の中じゃないのか。

 騎士は部屋を出る時に、何か言おうと考えるそぶりもあったが、結局それ以上は何も言わないまま扉を閉めて行ってしまった。

 まだ状況が理解できないが、体も動かないのでただ横たわっていると、廊下の奥から、おそらく先ほどの少年少女たちのものと思われる声が聞こえてくる。

「…剣は枝の象形。瘴気は根の象形。今、魔獣は幹に齧り付き表層の皮の薄いところを剥がし、木の下に埋められた魔神の死骸から、血を吸い上げる。王は大樹…」

 協典のような、あるいは何かの魔術の教材の朗読。

 身体の力が抜けて、再び眠りに落ちる。


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