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士獅十六国物語 〜“黒”の転生者狩り〜  作者: ホラナカチリ
⑩【錆びた夢】

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⑩ー7ルナ

7 ルナ


 人界と魔界の境界線上のとある洞窟内部に設営された簡易な騎士学校。

 立ち上がって歩くことに支障がなくなったので、洞窟内を見回っている。僕が部屋から出ることに関して、特に咎められることもなかった。と言ってもその判断を下す立場にある聖騎士と、洞窟内で出くわすことはなかったので、実際のところどう思われているかはわからない。僕が部屋を出る時は、いつも少年少女達が授業を受けていると思われる時間帯ばかりだから。洞窟の出口もわかっているので、この場所から逃げ出すこともいつでも可能ではあるが、ここを出て長期間森の中を移動することにはまだ不安があった。

 この洞窟内で、あの聖騎士と、少年少女達以外には会っていない。

 授業を聖騎士が行うとして、それ以外の生活のことは、どうやら少年少女達が協力して自分たちで行なっているらしい。食糧や生活に必要な物資に関しては、洞窟の最奥に貯蔵庫と思われる場所を発見した。あらぬ疑いをかけられるのを避けて、近づかないようにはしている。定期的に人界側から物資の輸送があるのだろう。傭兵達のベースキャンプが点在するくらいだからそれも可能なのだろう。とはいえここは、外界からほとんど隔絶された場所であることは間違いなかった。


 散歩を終えて、部屋に戻ると自然とベッドに身を横たえる。そして気がつくと眠りに落ちているのだ。最近また異様に眠ってしまうようになった。体がまだ本調子ではないのだろう。それにこの傷は魔術的な攻撃だったらしいから、どの程度でどこまで治るかの見通しが立たない。

 目が覚めると、ぼんやりとした意識で、全身にはびっしょりと汗をかいている。日の光が差さないのでわかりづらいが、感覚的には夕方ごろだろうか。

「わっ」

 部屋の中に人がいたことに驚く。まあ僕も勝手に洞窟内を彷徨いている訳だから、部屋に入られることについて文句が言える立場にない。貴重な物資を分けていただいている身だし。それにしても、寝ている僕のことを椅子に座って見ていたと思われる少女は、不服そうな目でただ黙って、慌てた僕のことをじっと見ていた。

「何か、どうかした?」

 口をついて出た疑問の言葉をそのままぶつけてみる。

「別に」

 少女は最小限の口の動きだけでそれを返す。

 少しの沈黙。少女の方は全く気にするそぶりもなく、ただ眉をひそめた。

「この部屋、なんか匂うよ。後その格好もどうにかしたら」

 辛辣な指摘が飛んでくる。確かに汗はかいたけど…。服はここで支給された物だよ。僕が着ていた服はどこかにいってしまった。しかしその物言い。まさかジェイドくんの朝の日課の原因じゃないだろうね。だとしたら彼、かわいそうだぞ。多感な時期に彼女の指摘は刺さりすぎる。

「水浴びに行ってこようかな」

「もう外暗いからやめた方がいいよ」

 そんな時間か。また随分と寝てしまった。ここ数日ほとんど日がな一日寝て過ごしてしまっている。川までならまあ暗くてもなんとかたどり着ける程度には道は覚えているが、獣や魔獣に遭遇したら、剣無しでは厳しい。それに僕を狙った魔族がまだ近くにいるかもしれないしな。

「じゃあ着替えようかな」

「どうぞ」

 どうぞ?少女は椅子に座ったまま微動だにせずこちらを見ている。暗に出て行ってもらうの意味だったんだけど。

「あの、着替えたいんだけど」

「いうことを聞くのは、聞く方にもメリットがあって初めて成立するんだと思うんだよね」

「…うん。はい?」

「傭兵さん。私は殺し合いなんてごめん」

 なんだか一方的に彼女が話すことを聞かされている。

「うん。そうなんだ」

「騎士になるにしたって、内地にいたい。偉い人に気に入られてさ」

「そうなんだ」

 なんだ?進路相談だろうか。まあ、騎士として生きるとして、それは人界側の主要都市や、教会国プレナ側のいわゆる内地に配属された方が、生存率は高いだろうな。

「でもそのためにはなんかしら成果を上げて偉くならないとじゃん。私らみたいに、身分のない立場にはさ」

「そう、だね」

 まあ、確かに騎士になるの自体ほとんどが貴族家などの最初から立場のある家の出身者で、そういった家の者は、騎士学校卒業後そのまま内地に配属になるイメージはある。僕は魔王討伐戦の真っ只中に騎士学校を卒業したからそのまま前線に行ったし、同期生に貴族家の出身者も当然多かったが、彼らも同じく前線に派遣されていた。現場で成果を上げていれば、役職がつくこともあったが、今の子供達はどうなっているのだろうか。人界騎士団なる、世界的な魔界侵攻のための騎士団が出来つつあると聞くが、やはりそういったところへ送られるのだろうか。

「戦って、でもそれには生き残らなくちゃいけない。そうしたら傭兵さんみたいに生き残れる?」

「それは僕に聞かれてもな。実際こんな怪我してるくらいだから」

「でも、生きてるじゃん」

「まあね」

 運が良かったとしか言いようがない。それに、騎士からドロップアウトして、敵側に身を置く身だ。若い騎士の進路相談に乗れるような立場じゃない。

「君は、君たちは、魔術の素質があるんだよね。それを伸ばして行ったらいいんじゃないかな。僕は魔術は苦手だから羨ましいくらいだよ」

「え?魔術微妙なの?それでどうやってこんな魔界の近くで生き残ってこられたわけ?」

 冷たい少女の視線が、嬉々としたものに変わる。そんなに喜ばしいものじゃない。ちょうど彼女くらいの歳の時は、だいぶ劣等感に打ちのめされていたものだ。

「できることをしてきただけだよ。体を鍛えたり、戦い方を工夫したり」

「ふーん。やっぱり身体鍛えるのっていいんだ」

 身体を鍛えるのは根本にある事じゃないのか。騎士としてやってきた常識すら疑いを持たれている。今の子って凄いな。

「体はしっかりしてた方がいいでしょ、何をするにもさ」

「だって魔術使うのに関係なくない?しかも、男どもは無駄に鍛えた身体を自慢したがるしさ。ああはなりたくないしさ。男ってほんとつまんない生き物」

 おお、辛辣だな。なぜかイエンのことが頭に浮かんだ。申し訳ない。

「そんなに戦いが嫌なら、どうして騎士になろうとしてるの」

 騎士になるなら、どうしたって戦いは避けられないだろう。

「姉様たちが、送り出してくれたのよ。私、ラクスの娼館出身なの。親の顔は知らないけど、姉様たちが育ててくれた。魔術の才能があるのを売り込んでもらって、ここへやってきたってわけ。だから、偉くなって、姉様たちに楽をさせてあげたい」

「そっか」

 ここにはいろんな出自の子がいるんだな。各々将来に悩む時期か。

「騎士になって、成果を上げて、内地で安全に暮らすか…」

 騎士になって、強くなって、一人でどこへでも行けるようになりたいっていうのが、当時の僕の目標だった。でも、今はそんな生き方を想像すると、胸が痛くなる。自分だけじゃない、いろんな人たちの今が見えてしまうから。

「僕は…、自分だけじゃ生きられない。君がお姉さんたちを大切に思うように、世界中で今も嫌な思いをしている人、人や魔族がいるのを放っては置けないから」

「なーんだ」

 少女は何か腑に落ちたようにいうと、椅子から立ち上がった。

「大人もちゃんと悩んでるんだね」

「それはそうよ。君と同じ、ここまで流れ着いてくるくらいにはね」

「だよね」

 少女は、気が済んだようで部屋の扉を開けると、振り向いていった。

「ルナって呼んでいいよ。あーしら流され仲間だね」

 ルナが満足げに廊下を闊歩していく後ろ姿が見えて、扉が閉まる。

 流れ着いたこの場所でたまたま出会っただけの彼女らの、この先の生き方は、僕には関係ないものなのだろうか。



ゆく波に 打ち寄せる

この想い かの想い

白浪は、風の精霊 恋慕の剣を深く刺す

灰燼にきす賜り物を 満ちては引いて、流転する。


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