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93.花咲く祭の前日に 最終話

前回のあらすじ:故郷に帰ったらもうここの皆と会えないじゃん!ということに気づいてしまった桃。

今回はサム視点のお話です。

 そろそろ暗くなってきたので、魔術師ギルドのある方へ行ってみようか。そう思い立ったサムが外に出ると、ちょうど部屋に戻っていくところだったゲラーシムに呼び出された。その時「後にして」と言ってしまったので、帰りに立ち寄らない訳にはいかなくなってしまった。


 一階にあるゲラーシムの部屋に入ると、「まあ、座っていけよ」と椅子を叩く。元々はこの辺りでは十分過ぎるくらいの椅子だったのだろうが、今では軽く叩くだけで背もたれがミシミシと音を立てるまでになっている。酔っ払っては椅子を倒しているせいで劣化したのだろう。しかも何があったのかは知らないが、緑と赤の混ざったような変な色が染みついている。


「立ったままでいい」


 単純にあの椅子へ座りたくなかったのと、下手に長居する羽目になるのは何としても避けたかったため、サムはあくまで立ち話という体を保とうとした。


「で、用件は何?」


 いきなり本題へ入るよう促す。早く話を終わらせて、モモが家の中で一人になる時間を少しでも減らしたかったのだ。今更ではあるのだが、ぼうっとしている彼女のこと。ナイフで手を切ったり、熱い鍋を素手で持って火傷をしたり、知らない人間が尋ねてきたのをあっさり家の中に入れたりしかねない。


 そんな風にサムが日々肝を潰しているということを、彼女はおそらく知らないだろう。


「まあ、そんなカッカするなって。頼み事があるだけだ」


「頼み事って?」


「簡単に言えば、明日、廃墟の様子を見てきて欲しいんだ」


 随分と急で要領を得ない注文である。


「仕事があるんだけど」


 サムはすげなく断る。


「荷運びの仕事だろ? それなら俺が話をつける。ほら、広場からちょっと奥に入ったところの爺さんが最近天に召されただろ? なのに家を人が出入りしてるって噂が立っていやがる」


「遺族じゃなくて?」


「あのじーさんは独り身だったはずだ。しかも、ガキ共の間じゃあ、明日にそこでパーティが開かれて、お菓子が配られるってきな臭い噂まで立っているという始末だ」


 無くなった人の屋敷に子どもを呼んでパーティとは、随分と荒唐無稽な話だ。何か裏があるのだろうということは容易に想像がつく。下手したら集まった子どもが危険に晒される可能性もある。この辺りを実質的に支配している盗賊ギルドとしても状況を掴んでおきたいということで、サムを呼び出したのだろう。


「でもそれってさ、俺なんかが行くような案件? 他に誰が来るの?」


「ギルドのメンバーは今のところお前だけだな」


 子どもが危ないと分かっているのに危機感のない様子だと、サムは苛立ちを募らせる。言うほど危険視していないようにも見えた。


「あんまりぞろぞろ行くと尻尾を出さねえかもしれないだろうが。俺たちだって無策じゃねえ。最悪の事態

は想定してある」


 それに巻き込まれかねない場所へ行かされるのかと考えるとサムは憂鬱な気分になり、ため息をつく。


「最悪の事態、ねえ。一応聞いておきましょうかね」


「“墓守”だよ」


「ああ。確かに、そいつは質が悪い」


 思わず納得しかけてしまった。“墓守”とは、ブラッドリーをうろついている吸血鬼。人の血肉を好み、並外れた身体能力と魔法の力でもって人々に混乱をもたらしては愉悦に浸っていると聞く。“墓守”という名前の由来は良く知らないが、死体のある墓場を好む吸血鬼を皮肉った呼び名なのだろうとサムは勝手に理解していた。


 彼はまだ直接墓守に出会ったことはない。ただ、ブラッドリーに来てから、夏の夜の来訪者は特に注意すること、つまり夜に人が来たとしても絶対に玄関を開けてはならないと言い聞かせられた。普段は無くなって間もない人の血を吸っているが、夏は遺体が腐敗しやすいため、生きた人間をより狙うようになるから、と。


 どこまでが本当の話なのか判断できて居ないが、少なくとも盗賊ギルド側は、今回噂になっている出来事も墓守が仕掛けた悪戯の類いではないかと警戒しているようだ。しかし想定してあると言うことは対策を打ってあるということだろうが、吸血鬼相手にどう対処するつもりだろうか。


「ということで、念のためリンにも向かわせるつもりだ」


(え、そう来る?)


 サムは内心面食らう。魔女が吸血鬼の対抗手段として用意されていることが腑に落ちなかった。


(化け物には化け物をってことか。まあ、そんなこと言ったらモモが怒るだろうが、俺らからしてみれば魔法使いってのはそういう立ち位置だ)


「そこでお前の出番だ」


 ゲラーシムが黄ばんだ歯を見せてと笑う。碌なことを言わない時の表情。


「お前、彼女と最近は親密な仲らしいな。捨て置けない奴だな」


「誤解だ」


 要はリンを監視しつつ、屋敷の様子をギルドに報告しろと言いたいのだろう。それにしたって納得がいかない。サム自身とリンはさほど話をするような間柄ではないのだ。勘違いも甚だしい。


(つうか、わざと言ってるんだな。ホント、人をからかう以外で生きがいがないのかよこの円形禿げおやじ)


 呆れて皮肉一つ言えないサムをよそに、まだにやついている部屋の主。


「お前の部屋から出て行くのを見た奴がいるってよ、朝にな」


 他でもない、彼女の友人と言って差し支えないであろうモモがサムの部屋に居候しているという事実を完全に無視している。


「ものは言いようですね。で、報酬は? 報告はいつまでにすればいい?」


 その後は事務的な話を進め、報酬の半分を受け取って部屋を出る。半分は任務が完遂できた時に渡されることになった。ギルド関連の仕事ではよくある方式だ。


 不可思議な情報が飛び交う屋敷。子ども達を呼び込んで首謀者は何を企んでいるのか。


(下手したらあの女を起こすところから仕事になりかねないぞこれ)


「あー、面倒くせえ」


 冷たい風が吹き付ける中、サムはそう独りごちたのだった。


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