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94.花咲く祭りの狂奏曲 ①

 今日はお祭りの日、桃の仕事もお休みです。しかしサムはそうでも無かったらしく、昼過ぎになると「ちょっと出かけてくる」と言って部屋を出てしまいました。玄関の外で見送っていると、珍しいことにリンと並んで歩いています。いつもの仕事ではなさそうな様子です。


「全然起きないあのリンちゃんが、サムさんを待っとった。そもそもあの二人の組み合わせって珍しいし、何しに行くんやろ」


 微妙な距離感を保った二人の姿を眺めながら首を傾げていました。すっかり見えなくなるとそのまま外掃除をしようと思い立ち、箒を持ってきて玄関の前や階段を掃きはじめます。そのとき、サムの友人、ミックが小さな女の子を連れてやってきました。よく見ると、女の子はミックが働いている酒場の店主の娘、アビーです。お気に入りだという赤いリボンで髪を一つにまとめており、腰に大きなリボンをつけた丈の短いドレスを着ていました。桃が掃除をしながら階段を降り、彼らがのぼっている途中で出会います。


「こんにちは」


 桃が箒を掃く手を止めて挨拶をします。


「こんにちは」


 アビーがあどけない声で挨拶を返し、ペコリとお辞儀を返しました。


「ねえ、サムって居る?」


 とミックが尋ねると桃は首を横に振ります。


「さっき出かけました」


「ええー」


 ミックがアビーの手を握っていたのをふりほどき、露骨に肩を落とします。そして残念そうに口をとがらせました。


「サムに押しつけ、いや、頼もうかと思ってたのにさ」


「あの、どうかされましたか? もし私でよければ」


「本当? じゃあ、お願いしていい?」


 急に目を輝かせたミックが桃に顔を近づけます。


「あのさ、なんかこの子が急に廃墟へ行きたいって言い出したんだけど」


「パーティーがあるんだよ。お菓子がもらえるんだって」


 ミックの腰辺りに頭のあるアビーが付け加えました。


「当然店長は反対するわけ。でも聞かないらしくて、そのうち店長も折れちゃってさ、大人同伴なら良いよとか言い出して目をつけられたのが、俺」


 「俺」という言葉にやたら力を込めて、親指を自身に向けます。


「なんで親子で行ってくれないかな~って思うじゃん?」


「パパと一緒じゃだめなの」


 アビーは小刻みに体を揺らして、力強く言い放ちました。


「はあ~、とのことで。もうすっかりませガキになっちゃってさ。こちらはお守りを頼まれ大変大変。しかも、今日は丁度、カノジョと飯にいく約束してたんだ。それで早く仕事も上がらせてもらうつもりだったのにさ。なあ、流石にカノジョとの約束すっぽかすのは不味いだろ。どうにか誰かに頼みたいなーって思って探していたんだ。ああ、良かった良かった」


 とおもむろに肩の方へ手を伸ばしてきたので、びっくりして身をよじります。ミックの腕が空を切りました。


「え、嫌ってこと?」


 桃は慌ててかぶりを振ります。強いて言うなら体に触れられるのが嫌だっただけで、アビーとでかけること自体はやぶさかではありませんでした。


「ふうん、なら君にお願いするよ。あ、場所は分かる? それはアビーに聞けばいっか、流石に分かるだろ?」


「うん」


 アビーは元気に頷きます。


「これでカノジョとの約束は守れそうだ。ありがとう、じゃ、後はよろしく~」


 ミックはくるりと向きを変えて階段を降りていきました。桃の服の袖をぎゅっと掴んだアビーはもう片方の手で下瞼を思いっきり引っ張り、ミックの後ろ姿に向かって舌を突き出します。


「べーーっだ。後でパパに怒られればいいんだ」


 するとミックは振り返って唇をめいっぱい横に引き歯をむき出しにしました。


「いーーっだ。それでもし俺がクビになったらお前のせいだかんな」


「そのままパン屋になっちゃえばいいのに」


「やなこった」


「いつまでたっても結婚できないぞ。ハンナ姉かわいそー」


 ハンナというのはパン屋のお嬢さんの名前です。彼女とミックが懇意の仲というのは周りで良く知られていることのようでした。


「うるせえ、クソガキ」


(ミックさん、大人げないなあ。アビーちゃんにとってはそれくらい気心の知れたお兄ちゃんってことなんやろうけど)


「ほら、アビーちゃん、家に入りましょう」


「どうして?」


 行かないの? と聞きたげな大きな瞳を向けています。


 ですが、改めて考え直すと、父親が反対するような所に連れて行くのは危ないのでは? という疑念が頭をよぎります。しかし、そう話したところでこのまま大人しく家に帰るようなことはしないでしょう。できれば家でゆっくり事情を聞きたかったのですが、そう言ってしまっては彼女が嫌がるかもしれません。桃はしばしの間考えを巡らせます。


「えーっと、支度します」


 行くにしろ帰らせるにしろこのまま外に出られないのは確かでした。


「うん」


 アビーも納得したのか頷きました。二人は一旦家の中に入ります。桃は残っていたお茶を温め直し、彼女に出しました。アビーは危なげに両手でカップを抱えて一口飲むと、小さな足をぶらつかせながら言いました。


「モモで良かった。サム兄ってなんか怖いし」


「そう……ですか?」


 自分でも時々怖いな、冷たいなと感じる時があるので、小さい子からしたら尚更だろうと内心思いました。しかも子どもの相手は苦手そうです。


(多分、根は優しいんやと思うけど。居候させてくれる位やし)


「だって、口はニコってしてるけど目は全然笑ってないんだもん」


 桃は乾いた笑みを浮かべる彼の姿を想像して、吹き出してしまいます。


「それでね、ゲラーシムのおじちゃんは、お菓子をくれるんだよ」


「へえ、そうなんですか」


「高い高いもしてくれるよ」


「あの人は体が大きいから、楽しそうですね」


 と言ったものの、その顔は僅かに引きつっていました。高い高いではないものの、何度か彼に担がれたことをふと思い出したのです。どれも強引であまり良い思い出ではありません。


「とっても高いよ。そんでね、波みたいに動くの」


 しかしそう話すアビーの瞳は輝いていました。桃が知らないだけで、子ども達には人気のあるおじさんなのかもしれません。


「ねえ知ってる? ゲラーシムおじさんはね、昔ドラゴンを倒したことがあるんだよ」


「その、どらごんってなんですか?」


「知らないの? すんごい大きくて、翼が生えてて、大きな爪と牙があるんだよ。火も吐くの」


 小さい頃に似たような生き物の話を聞いたことがありました。確か、龍という名前だったはずです。遠く離れた場所で似た生き物の伝説があるというのは興味深いことに思えました。


「へえ」


「それをやっつけたっておじさんが言ってた」


(ちょっと怪しいんやないかなあ……だめだめ、アビーさんとゲラーシムさんの言うことを疑ったらあかんて)


 桃は疑念を追い出すように首を振りました。


「どうしたの?」


「ううん。なんでもないです。ところで、その……どうしてハイキョに行きたいのですか? 危ないですよ」


「だって……」


 うつむいて口を尖らせる幼い少女。リボンも垂れ下がって見えます。


「どうしても行きたいのですか?」


「うん」


「理由が知りたいです」


「……あのね」


 お友達の間で廃墟のパーティーに行くという話が出たとき、彼女はちょっと嫌だなあと思っていたそうです。ところがそう話すと「おんな男の子どもだから臆病なんだ」と馬鹿にされ、それは関係ないと言い返したら「だったら廃墟に来い」と言われたのだと、いきさつを話してくれました。彼女はぐっと涙をこらえています。


「本当は一人でいきたかったけど、パパが駄目って言うから。こっそり行こうかなって思ったけど、きっとパパが心配するし」


 アビーの安全を考えるなら危ないところには近寄らないのが一番です。しかし、それでは本人は納得しないでしょう。危険に飛び込むだけが勇気ではないということを、彼女とお友達が知るのはきっと数年後のこと。その時がくるまで「やっぱり来なかった」と笑われてしまうことがあるかもしれません。それにお父さんも大人と一緒なら、と許可を出している上、そのままお家へ送り返してしまうのでは、引き受けた意味がなくなってしまいます。


 それにいつか明るみに出ることとはいえ、ミックが桃に役目を押しつけたということを今すぐバラしに行くのは気の毒な気もしました。


「分かりました。一緒に行きましょう。その代わりお菓子をもらったらすぐに帰ります。お姉さんとの約束です」


「約束……分かった」


 桃とアビーはそう言って手を握りました。


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