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89.花咲く祭の前日に ⑤

 会館は町外れにぽつんと建っていました。とんがり帽子のような屋根が一際目立っています。隣接するように小屋が建っておりそこがメインのようでした。下は半地下になっている為、ゆるく螺旋を描いた階段をのぼると入り口に辿りつけるみたいです。桃はこの景色に既視感を覚えます。この辺りに来るのは初めてのはずなのに、通ったことがあるような気がするのです。


 入り口の側に帽子の形をした板が取り付けられていました。遠目で見ていた時は真っ黒に塗られているだけでしたが、近づくと金色に光りながら


『魔術師ギルドへようこそ』


 という金色の文字が浮かび上がります。


 わあ、と桃が感嘆の声を上げます。


「魔法ですかね」


 マルクが板の表面を撫でますが、特に違和感は無かったようです。暫くすると消えて、


『ご用件は何でしょうか』


 という金の文字が再び現れました。


「どうやって光るのでしょう?」


 と何気なく口にした桃の横で、リンが蚊の泣くような声で呟きました。


「裏に魔法陣とか、描いてある……多分」


「へえ、そうなんですね」


 つられて桃も囁き声になります。


「えっと、それで……近くの精霊――あっ」


 リンは続けて何か言いたげにしていましたが、途中で口をつぐんでしまいました。ベラがさっさと中に入っていったのを見たからです。桃達も後をついていきます。


 ベラが受付を担当しているであろう女性に話しかけると、その人は


「ちょっと待っていて下さいね」


 と言ってカウンター横の階段を上っていきました。カウンターの周りは桃達で一杯になってしまいそうなほど狭く、右手に狭い廊下が延びています。廊下の左側と突き当たりに部屋があるようでした。急な階段のある左手には窓があり、西日が差し込んでいます。カウンター後ろの壁には文字がびっしりと書かれた紙が何枚も針で留められていました。


 辺りを見渡しながら待っていると、襟や袖に銀色の模様が刺繍され、皺一つ無い濃紺のローブを身に纏った女性が階段を降りてきました。 胸元には金色の魔法陣を模し、緑色の宝石をはめ込んだブローチが輝いています。金色の短い髪をしたベラと異なり、三つ編みにして一つにまとめている淡褐色の髪に、ところどころ赤い毛束が混ざっています。ですが、目の色や顔つきはベラにそっくりでした。


 それと同時に、以前この服を着た人に出会ったことを確信します。この国に来たばかりのころ、最初に出会った人が紺色の服を着ていました。その人についていったら酒場にたどり着き、そこの椅子に座るよう指示されました。そのうちに紺色の人は店を出て行ってしまい、それきり会うことはありませんでしたが、何故か酒場にいたゲラーシムというおじさんに出会います。彼にお酒を飲ませてもらった結果、酔って気を失ってしまい、起きた時にはサムの家にいたのでした。


 当時のことはほとんど覚えていませんが、背格好からして女性だったことは確かです。


「ベラ。ちょっとあんたどうしたの。お友達沢山連れてきちゃって」


 気の強そうな話し方も娘と似ていました。


「ママやギルドの魔術師さん達にね、聞きたいことがあったの。今時間ある?」


「ちょっとあっちの部屋で待っててくれる? ――」


 会話を全て聞き取ることはできませんでしたが、母親は忙しそうです。


「待って! 明日は休みだって言ってたわよね?」


 急にベラが声を張り上げます。その言葉から察するに、本来は明日お休みの予定だったのに仕事が入ってしまった、というようなことを母親が話していたのでしょう。


「ごめんなさい。明日入る予定の人が、急に来られなくなっちゃって、……お父様の具合が良くないみたいで」


「そう……それなら、仕方無いわね。いつものことだもの」


 受付の人が隣にある部屋へ行くよう伝えます。ベラがうつむきながらそちらへ歩いていくので、他の人達もぞろぞろと部屋へ入っていきました。


 部屋はこぢんまりとしていて、過ごしやすそうなところ。丸い机が中央にあり一人用の椅子が六つ、机を囲むように置いてありました。端の方には同じ椅子がいくつか重ねられています。机の上には花瓶に白い花が一輪活けてありましたが、花びらが落ちていました。この時期に生花が手に入るということは相当お金があるんだなあという印象を受けます。


 ところで、花びらを拾って綺麗にした方が良いのか、触らない方がいいのか。隣にいるリンに話かけてみました。


「あの花、掃除した方がいいのでしょうか」


 彼女は小刻みに首を振りました。仕事場でも無ければ、家でもないので、触らない方が良さそうです。他の人が椅子に座ったので、桃達も座ってみることにしました。落ち着かなくて、あちこち見渡してしまいます。


 西側の壁には、杖を手に紺色のローブと帽子を被った老人の肖像画が掛かっていました。桃は先ほどベラの母親に会って思い出したこと――以前彼女と同じ服を着た人に会ったことがあることをリンに伝えました。すると彼女は首を傾げます。話し出すのを待っている間、桃は窓に目を向けました。カーテンのようなものは掛かっていません。なのに少し光って見えるような、景色がくすんで見えるような変な感じがしました。やや間があってリンが口を開きます。


「……ここにいたってこと? 故郷から来た時、最初に」


「はい。覚えているのは」


「ってことは…………うーん」


 話を続けようとして、突如黙り込みます。視線を上に向けながら、考え込んでいるようでした。


「……ごめん」


 どうやら話がまとまらなくなってしまったみたいです。彼女と会話していると、時々こういうことが起こります。おそらく言うことを一生懸命考えすぎてしまうきらいがあるのでしょう。桃はここに来てからそういう感覚が分かるようになった気がします。もともとお話するのは好きなので、あまり考えずにぽんぽん思いついたことを言う方でした。


 しかし、今では思いついたことをいちいちクレア語に直さなければならないのです。最近は慣れてきたのか、挨拶とかの簡単な言葉はすぐにクレア語が浮かぶようになりました。ですが、言い慣れない言葉や、長い文章だとそうはいきません。だから相手を待たせてしまうのが嫌で、やっぱり言わないでおこう……と思いついても言えない、そんなことが数多くありました。


「リンちゃん、あの、窓」


 やはり窓の違和感を上手く言葉にできないまま、指をさします。


「……硝子」


 ですが、その一言で違和感の正体が分かりました。硝子がはめ込まれていたのです。よく考えればこの部屋に風が入ってきていないし、ところどころ雪が溶け残っているのに寒くもありません。フランの別荘みたいに格子のようなものがはめ込まれていれば分かりやすかったのですが、小さいので必要なかったのでしょう、そのせいで硝子ということに気がつかなかったのです。


「お待たせ」


 そんなことを考えているうちに、ベラの母親が入ってきました。

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