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88.花咲く祭の前日に ④

 ベラと礼拝所の人達によると、これから「魔術師ギルド会館」のある場所に行くとのことです。そこがどんな場所なのかは知りませんが、新年の挨拶に仕事場であるシェハード家の人達と訪れた親方さんの工房みたいなところを思い浮かべました。あの時は精一杯身なりを整えて行ったのです。


 それに比べて今回は普段着。髪はよそ行き用に耳の下辺りで左右に束ねていますが、子ども達の相手をしているうちに乱れてきました。流石にこのままの姿で行くのは気が引けて、


「あの、家に帰って着替えたいです」


 おずおずと申し出てみました。


「別に、気にしなくて良いわよ」


 というベラに対し、アシュリーが桃に便乗して説得を始めます。


「折角だから寄ってあげなよ。方向は同じだし、折角お邪魔するなら失礼の無いようおめかししたい、というものじゃないの? それに、きっと同居人に話しておきたいんだよ。勝手に行っちゃうと心配するだろうからね」


 その様子を見ていたマルクが眉を寄せました。アシュリーの発言に裏があるのではないかとにらんだのです。


「あ、アシュリーがそこまで言うなら……」


「ありがとうございます」


 酒場を通り抜け、小道に入った所に、細長い小屋のような建物が見えてきました。桃の住む部屋があるところです。小走りで梯子のような階段を上り、部屋に入っていきました。


「ただいまです」


 中でぼうっとしていたサムは「お帰り」と言いかけたところで、ベラとマルクが後ろから顔を覗かせていることに気がつきます。警戒心を露わにしながら尋ねました。


「どうも。お世話になっております。ご用件は何でしょうか」


 桃は人目につきにくい奥の方でよそ行き用の服を引っ張り出しながら、内心(皆さんを連れてここへ来るんや無かった……)と思っていました。後でチクチク言われそうな予感がします。


「あ、こちらこそお世話になっております……」


 そして声色からマルクもたじろいでいることが伝わってきました。暫くお互いに押し黙っていましたが、意を決したのかマルクが切り出します。


「えっと、モモさんって確か一年前位にこの街へ来たのですよね。もしかしたら転送魔法が関わっているかもしれないってことで、魔術師ギルドの会館を尋ねに行こうって話になったんです。ほら、ここの彼女の親がギルドに所属していますので。ですよね」


「それって、あなた方に何か関係あるんですか?」


 サムの言い方は怒っているというよりただ困惑しているだけのようにも聞こえました。とはいえ、居心地は良くありません。じっとり纏わり付くような空気を背中に受けながら、桃は大慌てで髪を結び直し、上着を羽織りました。


「遅くなってごめんなさい。行きましょう!」


 息を切らしながら玄関に出ます。その時、サムにもふと尋ねていました。


「サムさん、行く? 私達、と」


 これからギルドへ行くのは、桃がここへ来た方法を探すため。どこかに同居人であるサムにも知って欲しいという思いがあったのです。そして彼自身知りたがっているのだろうと思っていました。桃に出て行って欲しいと思っているならなおのこと。


「行かない」


「どうして?」


 あまりにも素早い否定に面食らってしまいます。勢いで理由を聞き返していました。礼拝所の人が一緒なので渋るだろうとは薄々感じていました。しかし、即答するほど嫌なことだったとは。


「面倒」


 その理由もこの一言。桃は肩すかしを食らった気分で、


「えー。悲しいです」


 と声を漏らすことしかできません。


(え、悲しいって何なん? うち、そんなに来て欲しかったんかなあ)


 気が動転して、自分の発した言葉の意図さえ分からなくなる始末。あたふたと体をあちこち触っているうちに上着のポケットからカサリと音がしました。大きく膨らんでいます。礼拝所で花を作っていたこと、それを渡そうとしていたことを思い出しました。


「あ、忘れてた。これ、あげます」


 そう言って白い紐を巻き付けただけの花飾りを差し出しました。本当はもっと改まってお礼を言おうと思

っていたのに……というもやもやが胸に残ります。


「何これ」


「これは花ですよ」


「とてもそうは見えないんだけど。まあ、いいや」


 確かに一見で花と分かる物ではありませんが、祭りの道具というのはそういうもののはず。面と向かって「花に見えない」と言われると胸に棘の刺さる感覚がして、肩を落としました。


(けど、行くのを止められた訳やないし)


 そう考えることにしてサムに手を振りました。彼も花を持ったまま手を軽く手を上げます。階段を降りる直前でサムが何か呟いたのが聞こえます。もう一度聞こうとして振り返ると、部屋の中に入っていくところでした。気のせいだと思うことにします。


 二階まで降りてくると、マルクが珍しく素っ頓狂な声を上げます。アシュリーがリンの部屋の前で扉を叩いていました。まるでへばりつくかのような体勢です。


「ねえ、行こうよ、リンちゃん。君だって友達なら知りたいだろう。どうやってモモちゃんが来たのか、分かるかもしれないんだよ」


 マルクが呆れた様子でため息をつきます。朝はまだ眠っているようでしたが、流石にこの時間なら起きているはず。体調が悪いのか、まだ寝ぼけているのか、それとも……外に出たくなくて居留守を使っているのか。


「モモちゃん、誘ってあげてよ」


 アシュリーがそうまくしたてるものの、桃には無理にリンを呼び出す理由が分かりません。彼は必死になって桃を説得しにかかります。


「だって、置いていったら可愛そうだと思わない? 君だって、友達と行く方が楽しいでしょ」


「はい!」


「モモさん、気にしないで」


 すかさずマルクが止めに入りますが、アシュリーの言葉を真に受けた桃は、一緒になってリンを呼びました。


「リンちゃーん。行く! 私達と」


 モモが声を張り上げると、奥からドッタンバッタンと慌ただしい物音がし始めます。きっと大急ぎで準備をしているのでしょう。折角大掃除をした部屋がまた散らかってしまう光景が目に浮かび、僅かに頭がクラクラしました。


 きしむような音を立てながら扉がゆっくりと開きました。隙間から、濃紺のローブを着たリンが顔を半分くらい覗かせます。最近ぐっすり眠れていないのか、目の下の隈が濃くなっているような気がしました。


「やっと出てきたね」


 リンが勢いよく扉を閉めようとします。すぐさま隙間に手を掛け、邪魔をするアシュリー。暫しの間膠着状態でしたが、結局アシュリーが力尽くで扉を開き、リンの腕を掴んで引っ張り出しました。リンはローブの裾に足を引っかけてバランスを崩し、階段の手すりにつかまります。同時にバタンと扉が閉まりました。驚いたのか、前髪で隠れていない方の目が大きく開いており、肩で息をしています。


「リンちゃん、Seu batec.(おはようございます)あれ、違う?」


 起きたばかりなので、そう声を掛けましたが、よくよく考えるとbatecは「朝」という意味なので、今の時間には似つかわしくありません。


「……」


「久しぶりだね。やっと会えて嬉しいよ。元気だった?」


 リンはニコニコしている声の主をチラリと見やるだけで押し黙っています。


「…………」


「ちょっと、誰この子。どういう関係?」


 ベラが前に進み出て、上から下までリンを眺め回すと、アシュリーに詰め寄ります。


「この前話さなかったっけ? 黒魔女の会の家にさ、魔法陣あったでしょ。中庭のやつ」


「確かにあったわね」


「あれ書いた子」


「じゃあ、会に誘ってみたいと言ってた人って、この子なの?」


「うん」


 ベラはリンの手を掴み、強く握りしめました。リンはさりげなく手を振りほどこうとしましたが、強い握力と気迫に押されてしまいます。


「私ベラ。こう見えても魔術師を目指しているの。あんなの呼び出せるなんて、あなた凄いのね。是非とも会に入って欲しいわ。それはそれとして、アシュリーに手を出すのは辞めてくれる? 私のなんだからね。私の方が先に会ったんだからね」


 目をつり上げ鼻と鼻が付きそうになるまで顔を近づけます。リンは目を逸らしながら一歩、二歩と後ずさりします。困惑しているのは目にも明らかでした。


「リンは何もしていませんよね」


「五月蠅いわね」


 マルクに対しすかさず言い返すベラ。


「アシュリーが来るってことは、女の方が誘っているも同然なのよ」


「さっきまで凄くしおらしかったのに。どうしちゃったんですか」


「だって……。会ったこと無かったんだもの」


 打って変わり消え入りそうなほど声が小さくなりました。ころころ変わる態度に桃は目が回りそうになります。


「ほら、さっさと行きましょ」


 ベラに促され一行は魔術師ギルドの拠点へ歩を進めました。



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