87.花咲く祭の前日に ③
鐘が九回鳴る時間になると、子ども達を親や兄弟が迎えに来ました。彼らを見送った後に聖職者の人達はお祈りをして一休み。手伝ったお礼がしたいと言われ、桃も同席することになりました。そしてさも当然と言わんばかりにベラも混ざっていたのです。食堂の机を皆で囲みナッツやパイの残りを食べます。その時、アシュリーが「ずっと気になっていたんだけど」と切り出しました。
「モモちゃんってどこから来たのかな?」
両手でカップを持ちながらミルクを飲んでいた桃が顔を上げます。困ったように眉を下げ、首をかしげました。
桃の住んでいた村が「希ノ国」というところにあることは知っています。
「希ノ国……」
と声に出してみましたが、皆がきょとんとした顔をしています。問題はここの人が知らないということ。桃がクレア王国という場所があることを知らなかったように、かれらも遙か遠くにある国のことなど知るよしもないのです。だからどう伝えるのが正解なのか、頭を悩ませていました。
「どうやってこの街に来たの? 歩いて?」
ベラが身を乗り出して聞きます。桃は首をふりました。これも答えにくい質問でした。色々な人の話や当時の状況から魔法で来たのだろうとあたりをつけることはできましたが、確実なことは何も明らかになっていないのです。
「海は渡りましたか?」
マルクが真剣な眼差しを向けます。どうやら遠いところから来たことは伝わっているようでした。桃は首を傾げます。聞いた話では希ノ国からクレア王国へ行くには海を渡らなければならないそうです。しかし桃は海というものを見た記憶がありません。
「船には乗りました?」
首を振ります。船に乗っていないことは確かでした。
「山に登ったら、その、光って……あの、見たことのない部屋の中にいて」
モモは腕で目を覆い、机の上に突っ伏して、起き上がり、驚くような仕草をします。できるだけ当時の状況を説明しようとしました。伝わるか不安に思うあまりどんどん話し方がおぼつかなくなっていきます。
「何それ、変なの。魔法みたいね」
そうこぼしたベラが突如、大きな音を立てて椅子から立ち上がりました。
「あ、そうだ、魔法じゃないかしら? きっとそうだわ。あなた、転送魔法で来たのよ」
「魔法だからって、何もかも都合良くはできないでしょう」
冷静なマルクの意見にベラが勢いよく言い返します。
「なによ、だって魔法としか思えないじゃないの。そうだ、そろそろ仕事が終わる時間だから、ママの所に行って、できるかどうか聞いてみれば良いのよ。元いた所に帰る方法だって分かるかもしれないでしょ」
「お母さんって、ギルドにいるんだっけ」
ベラの隣に座っていたアシュリーが尋ねるとベラは元気よく頷きました。
「そう! アシュリーだって気になっていたんでしょ。だったら、行きましょうよ。ほら、モモ、急いで。会館が閉まっちゃう」
そう言ってベラはミルクを飲んでいる桃を立たせました。変な所にミルクが入ってしまいゲホゲホと咳き込みながらついていきます。そして彼女はアシュリーも引っ張り出し、
「あんたも来るのよ」
と言ってマルクの襟足を掴みました。
「なんで僕まで」
不服そうにふり向きます。
「聞いたわよ。貴族のご子息様なんですってね。あなたが話をしたいんですって言えば、ははー。これは失礼しました。どうぞどうぞ、って入れてくれるかもしれないでしょ」
「僕にそんな力はありませんよ」
「来るの」
そうして桃は作った白い花を一本だけ持って礼拝所を後にします。結果として同年代で一人残されたライリーが、寂しそうにしていました。




