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86.花咲く祭の前日に ②

 礼拝所は家を出て、広場を過ぎてずっと東に行ったところにあります。この辺りでは一番大きな建物です。広い敷地内には鐘のついた塔や働いている人達が寝泊まりする小屋、大きな竈のある食堂などいくつもの建物があります。それだけではなく、人々が集まれる広場や、小さな畑も広がっていました。ここまでくると街の喧騒も落ち着き、裏手には小さな森が、その近くには畑が広がっており、長閑な空気に満ちています。


 ここ最近は雪が降っていました。道路の雪はあらかた溶けていましたが、広場には積もった雪が残っており、子ども達が何人かで雪合戦をしています。近づいて手を振ると、二人の子が近づいてきました。


「お姉ちゃん今日もお勉強しに来たの?」


「うん」


「でも、今日はやってないよ」


 最初に話しかけた子とは別の子が口を開きます。驚いた桃は勢いよく聞き返しました。


「どうして?」


「お花作ってる、お祭りの」


「お花……ああ!」


 桃とサムが内職で作っていた花は、お祭りで使うものだということを思い出します。礼拝所でも準備のために似たようなものを作成しているようです。今話している二人も最初は花作りを手伝っていたようですが、段々飽きてしまったのだそう。雪遊びをしに来た近所の子に混ざっていたと話しました。


「私、お手伝いします」


「ふうん」


「頑張って。あれ、紐をぐるぐるってやるのが面倒くさいよ」


「紐をぐるぐる?」


「うん」


(そんなことしたかなあ?)


 自分達が作っていたのとは随分作り方が違うようです。首を傾げながら礼拝所の中でも、一際大きな建物に入っていきました。天井は高く、机がずらりと並んでいます。壁には人々が戦っていたり、動物が出てきたりする絵が描かれ、奥には大きな石像が鎮座しています。この場所こそが、人々がお祈りに訪れる礼拝堂。しかし、そこに人はおらず桃の足音がこだまするのみ。普段の勉強会はここで行われるのですが、どうやら別の場所にいるようです。今日は風が冷たいので、竈のある食堂にいるのだろうと予想し、礼拝堂を出てそのまま奥へと進みます。


 するとやや小さな建物が見えてきました。食堂です。煙突から煙がもくもくと立ち上っているので、そこに人がいるのは確かなようです。小走りで入り口に向かうと、案の定大きな机を子ども達と三人の若い聖職者、そして祭司様と呼ばれる中年の聖職者が取り囲んでいました。彼らは色とりどりの紐を枝に巻き付けています。外で出会った子ども達が言った通り、随分と簡素な飾りを作っているようでした。


「モモさん、お久しぶりです」


「あ、えっと、こんにちは」


 作業をしていた若い聖職者の一人が立ち上がって桃に近づきます。耳の下辺りで茶色い髪を切りそろえているのが特徴の、マルクという少年でした。桃を勉強会に誘った張本人であり、読み書きを教えてくれる先生でもあります。彼は桃を空いている席に案内し、温かいミルクを持ってきてくれました。


「すみません」


 人に飲み物を淹れてもらうことに慣れていない桃は、つい頭を下げてしまいます。


「いいえ。寒かったでしょう」


「はい」


「やっほー、モモちゃん。リンちゃんは元気にしてる?」


 そう手を振ってきたのはアシュリーという若者。肩より長い髪を後ろで束ねています。彼は、何故か会う度にリンのことについて尋ねてくるのでした。


「文字を教わりに来たんだろ? なんか、このざまだけど、良いのか?」


 そう言った、赤みがかった髪が所々跳ねている、つり目の若者はライリーという名前の聖職者。


「大丈夫です」


 桃は机の上に広げてあった枝を一本貰って、子ども達の手つきを見ながら糸を巻き付けはじめました。一本の枝に三つから四つ糸を巻き付けて、それを何本かまとめます。枝をまとめるのには力がいるので、桃や若い聖職者達が主に行いました。五人くらいの子ども達が、暖炉に当たりながらお喋りをしています。


「ねえ、明日お屋敷のパーティに行くと、お菓子が貰えるんだって」


「ほんと?」


「隣の家の兄ちゃんが言ってた」


「俺も行きたい」


「俺も」


「私も」


「なら皆で行こう。いつもの広場で集合ね」


「いつ行くの?」


「いつが良いかな? 昼とか?」


「いつもみたいに、九回鳴ったらにしようよ」


「それだ」


「そうしよう」


 近くに彼らのものと思しき手袋や帽子が干してあることから、ついさっきまで雪遊びをしていたのでしょう。


 奥にある調理場では、桃よりやや年上の女性が竈を覗き込んでいました。すぐそばの作業台には料理道具や食材が転がっています。料理をしているようです。女の人が良く着る丈の長い服に、刺繍の施されたエプロンをしているため、礼拝所に務めている人でないことは明らか。よく見てみると、桃が勉強している時に珠に見かける人でした。一緒に勉強している子ども達の噂によるとアシュリーのことが好きで、彼を目当てに礼拝所へ来ているのだそうです。


「モモさんは勉強会に来ただけなのに。中止になった上、手伝わせちゃってすみません」


 マルクがすまなさそうに話かけてきます。桃は作業の手を止めて首をふりました。


「えっと、楽しいです」


 子ども達の賑やかな声が響きわたるなか皆で何かを作るのは、これぞ祭りの準備という感じでこころ踊るものでした。始めて見たものをなじみのない場所で作っているはずなのに、どこか懐かしささえ感じられます。


 それに、出来の善し悪しで買い取りの値段が変わってしまうという内職の花づくりと違って随分と気楽でした。基本は紐を巻くだけなのです。抜けてしまわないような工夫が多少必要なだけ。途中、マルクが子ども達に好きな風に作ったのを持って帰って家族や友達に渡してもいいよ、と話します。同じものを作っているのに飽きているようで、枝でチャンバラごっこをしたり、紐で髪を結んで遊び始める子が出てきていたのです。


「明日は聖ウァレンヌの日というのですが、巷ではお世話になった人達に花を贈りあうのです。本来は恋人、せいぜい夫婦同士で贈り合うものですが……。とにかく今は誰でも良いことになっています」


 要領を得ていない桃にマルクが付け加えます。


「花屋の作戦だよねえ。その方が沢山売れるから」


 アシュリーが皮肉めいた口調で会話に入りました。確かにその方が沢山お花が売れそうだと桃は素直に感心します。桃はまだ作業を始めたばかりでしたが、折角なので持って帰る用の花も作ることにします。


 誰にあげても良いのならなおのこと、渡したい人の顔が次々と浮かんできます。友人、職場の人、大家のおじさん、近所の酒屋さんやパン屋さん、数えてみるとざっと十本以上必要になってきそうな予感がしました。数えるのも嫌になってきたので、ひとまず同居しているサムの分を作ることにしました。


 赤、白、青に緑、色とりどりの紐が山のようにあります。先ほどまで適当に選んでいたのに、急にその手が止まりました。何色の花をいくつ作ればいいのか、途端に分からなくなってしまったのです。


(サムさんの好きな色とかで決めていいんかな? そういえば、サムさんの好きな色知らへんやん。なんか黒って感じやけど、流石に黒い花はあらへんし。青色辺りが似合うかなあ)


「友達とか、家族にはwrew(白)、尊敬する人にはeb(赤)だよ」


 長いこと紐とにらめっこしている桃に、祭司が話しかけました。落ち着く声をしています。


(それなら、この色が一番近いかな)


 桃は真っ先に白い紐を手にとりました。


「wrew?」


 持っているのが本当に白色で合っているのか不安になり尋ねます。桃は「w」の発音が苦手で、「wu」と「u」が同じになってしまのですが、祭司はもうその癖に慣れていたのでゆっくりと頷きました。


「そう。それがwrew(白)だ」


「この辺りでは、贈る相手によって色を変えるのですか?」


 マルクがそう尋ねると祭司が長々と答えます。二人が難しそうな話をしている間、桃はこれまでより丁寧に紐を巻き付けていました。少しでも花に見えるよう、紐を重ねるようにくくりつけていきます。何度かやり直した末に一本目が完成し、再び白い紐に手を伸ばした時でした。


「ねえ、――愛する人には何色の花を贈ればいいの?」


 薄紅色の頭巾を被り、青い刺繍の施された前掛けをつけたベラがきました。両手に大きな皿を持っていて、パイのような食べ物が湯気を立てています。


「うーん。青だったかねえ」


 ついさきほどまでマルクと話し込んでいた祭司が答えました。


「青い花なのね。ありがとう。そうそう、今、丁度、おやつができた所なのよ」


 そう言ってベラは皿に乗った大きなパイ包みを机に置きました。切り口から中の具が溢れかえっていて、中身がたっぷり入っていることが伺えます。早速子ども達が、歓声を上げながらパイを取っていきます。


 四歳くらいの女の子が、飛び出た具に触ってしまい、あちっと言いながら引っ込めました。人差し指に息を吹きかけています。小さな子であれば尚更、火傷をしたら大変です。


「冷たいところ行こう。指、冷やさないといたい、いたいだよ」


「うん、行く」


 桃はその子に話しかけて、外へ連れ出します。本当は水で冷やしてあげたいところでしたが台所の貴重な水を使うのも気が引けて、外の雪で冷やすことにしました。広場には溶け残った雪が沢山あります。ハンカチで雪を包んでそれを指に当てました。


 そのあとは子ども達の雪合戦に巻き込まれたり、喧嘩をした子の仲裁に入ったり、部屋の隅で寂しそうにしている子に話かけたり。大人は七人いるはずなのですが、聖職者の人は日々の業務と祭りの支度があります。それに二十人近くいる子ども達を見ていなくてはならないのですからもう大忙しでした。


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