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85.花咲く祭の前日に ①

 ファイペルの日の午後は礼拝所でお勉強をする日。毎週とはいきませんが、この国で読み書きができるようにするため通うようになっていました。読み書きができる人なら周りにもいます。しかし人に教えるとなるとまた事情が変わってくるようです。

例えば色々な言葉を教えてくれたフラン曰く、

「勿論、文のやりとりは淑女の嗜みでしてよ。ええ、でも私、そういう湿っぽいのは好かないの」


『この者はいわゆるお勉強の類いはさっぱりでな。付き合いで必要な手紙に関しては家庭教師に代筆させておるのだ。お父上も商人の娘がこれではと頭を悩ませておる』


「失敬な。私は私であるだけで十分なのよ。人にはね、向き不向きというものがあるの」


『良くも悪くも一人娘で、周りが優秀だから成り立ってきたのだろうな。ということだ。きちんとした手紙を書きたいのならあてにならんぞ』


 とすかさず狐が言う始末。同居人のサムも簡単な言葉の読み方や、文字の書き方は教えてくれましたが、文章を書くのは苦手みたいです。友人のリンはおそらく桃が気軽に話せる中で一番読み書きに秀でていると思われますが、字が汚くてほとんどの人は読めないそうです。そもそもの目的が彼女とやりとりできるようになることなので、その本人から読み書きを習うのも変な話ではあります。


 そんなリンの文字を読むことができるのが、郵便屋のグレアム。ところが書かれている文字は分かっても、どこからどこまでが一つの言葉なのか、それが何を意味しているのか分からないことが何度かあったのです。


 要は読み書きをきちんと教えられる人は、周りになかなか居なかったのです。


「僕達が気軽に行けるってなると、礼拝所が一番かなあ。あそこの人達なら、頼めば良心的な値段で代筆を引き受けてくれるし。ほら、元々偉い人の息子さんだったりして、教養があるっていうか、育ちがいいんだなあって人が多そうなんだよね」


「そうなんですね。あっ、てんにおわす神々よ――」


「わあ、ちゃんと覚えてるんだね。すごいよ」


 照れながら桃は小さく笑います。


「モモちゃんが行くにはちょっと心配なところではあるからね。なんか良い方法ないのかなあ」


 というような出来事がありました。その後に色々あって礼拝所の人と出会いがあり、休日のお昼には子ども達を集めて勉強会をしているから来ないかと誘われたのです。


   ***


 お出かけの準備をしていた時、サムが外から戻ってきました。護身のためと言って弓と短剣の鍛錬をほぼ毎日行っているようです。その姿を見かける度に、


(サムさんはこういう所は努力しているんやなあ。うちも何か始めた方がいいんかな? 物騒なところみたいやし)


 とぼんやり思うのですが、何かと理由をつけて手を出せずにいるのでした。汗を拭いているサムが桃に話しかけてきます。


「酒場の店主が来て欲しいって言ってた。今日中だって」


「分かりました。すぐに行きます」


「渡したいものがあるらしい」


「はあ、何でしょうかね」


「さあ? で、どこ行く気?」


「あっ、えーっと、それは……」


 桃は話すのをためらいます。サムはあまり桃が礼拝所に行くのを良く思っていない様子。魔女狩りの対象になってしまわないかと心配してのことだと分かってはいます。ですがサムはそのことに神経質すぎるきらいがありましたし、なにより行くのを辞めてしまうのは勿体ない気がします。


「あっそう」


 何度も問い詰められるかと思われましたが、サムはじろりと桃を見やると、存外あっさり引き下がりました。桃は微妙な空気から逃れるため、急いで支度を済ませると飛び出すように部屋を出て行きました。


「行ってきます」


「先生方にくれぐれもよろしくって言っておいて」


(バレとる! なんで?)


 何も言っていないにも関わらず大体のことは知られてしまいます。


(もしかして、サムさんも人の考えていることが分かるんやない?)


 いつか出会った人のことを思い浮かべ、肝の冷える思いをしながら酒場へと歩いていきました。割と大きな通りと面している酒場の周りには食べ物のお店が多く、美味しそうな香りが漂ってきます。お腹が空いてきますが、買い食いをするとお金が無くなってしまうので、首を振ります。


 酒場の中に入ると、辺りはひっそりと薄暗く、お客さんはまだいないようでした。奥から長い髪を緩く三つ編みにした店主がカウンターに現れます。胸の辺りまで髪を伸ばす男性は他に見たことがなく、角張った大きな顔にはやや不釣り合いな気もします。しかし、他人の好みに口を出すような立場ではないので、極力触れないようにしていました。それに、身につけている髪飾りや服は色鮮やかで、時々フリルやリボンがついており、可愛らしいもの。桃は、自分には似合わないと分かっていながらも、密かに憧れを抱いていました。


「あら、来てくれたのね」


「おはようございます」


 すると、奥からドタバタと足音が聞こえてきました。


「モモだー」


「アビーちゃん!」


 娘さんが走ってきたので、慌てて抱きとめます。


「何しに来たの?」


「えーとね。何しに来たのでしたっけ?」


「分からないのに来たの? へんなの」


「お父さんに用事があったんだよ」


「はい。そうでした。あの、サムさんから渡したいものがあると聞きました」


「そうそう。ちょっと待っててね」


 奥に行った店主が戻ってくるのを待つ間、最近娘さん達の間で流行っているというあやとりで遊びます。暫くすると、小包と手紙を持ってきました。


「これをリンに渡して欲しいの。あなたに託せば確実だって聞いたから」


 誇らしいようなそれでいて悲しいような、複雑な気持ちで受け取ります。小包はずっしりと重く、お金が入っていることがすぐに分かりました。


「何それ?」


 娘がぴょんぴょん跳びはねながら尋ねます。リンへの届け物が気になるようです。


「見せてー」


「駄目よ。人に渡すものだから。ほら、もうすぐお友達が来るんでしょ」


「あ、急がなきゃ。ねえ、髪の毛結んで、あのリボン使うの」


 ドタバタと二階へ走って行きました。


「急に呼び出しちゃってごめんなさいね。じゃあ、よろしく」


「分かりました」


「パパ早く~」


「はいはい」


 仲睦まじい親子の姿に心温まる気持ちで酒場を出ます。その足でリンの家に行きました。


 リンの住む部屋は桃が居候している部屋の下にあります。二階まで階段をのぼっていき、静まり返った部屋の前に立ちました。リンは朝に弱いのでこの時間に起きているのか不安なところですが、とりあえず扉を叩いてみました。窓は布が掛かっていて様子を伺うことができず、聞き耳を立ててみても音沙汰がありません。


(まだ起きていないのでしょうか)


 寝起きはすこぶる機嫌が悪くなるので、できるだけ起こしたくないというのが本音。小包の中身はお金なので、家の前に置いておく訳にもいかず、窓から投げ込むのも嫌な感じ……。


 諦めて礼拝所から帰ってきた時に立ち寄ることにしました。家の中に置いておくと事情を知らないサムに取られてしまうかもしれません。桃は荷物を懐に忍ばせてから向かいました。



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