84.絵描きの息子たち 最終話
親方の工房へ挨拶に行った帰り道、桃とグレアムの二人は、お兄さんと父親が早足で家に帰っている後ろを、のんびりとついていきます。お兄さんの職場と結婚、これからどうなるかは分かりませんが一気に二つの問題に解決の糸口が見えてきました。
(これでグレアムさんもだいぶ楽になるのではないやろうか)
「良かったですね」
「そうだね。でもちょと複雑な気分」
グレアムの反応は想像ほど芳しいものではありません。
「だって兄貴の方ばかり良い感じに決まっちゃってさ。これでいい人と出会えなかったら完全に自分の責任になっちゃう」
「きっと素敵な人と会えます。グレアムさんは優しいですから」
「でも、そういう君はお嫁さんになってくれないんでしょ?」
「それは……」
虚を突かれて口ごもってしまいます。彼は優しくて頼りになる人であり、あくまでご主人の息子でした。この人の結婚相手として一生過ごすなどということは全く頭になかったのです。しかも、いまは只の家政婦に過ぎません。決して偉そうな態度を取ることが無いので、たまに忘れそうになりますが、本来身分が違うのです。
「ごめんね。今のは冗談だから。ただ、モモちゃんみたいな子と結婚できたらなーって一瞬思っちゃっただけ。あ、他の人には絶対に言わないでね。言ったら明日はさらし首になって体が穴だらけになってるから。僕まだ死にたくないから。とくに一緒に住んでいるあの人ね。問い詰められても絶対に話さないでねお願いします。いい? 約束だよ? 話すの駄目、絶対」
「は、はい。約束します」
あまりにも強く念押しされるのでつい応じてしまいました。
「この話は置いておくとして、兄貴、本当に大丈夫かなあ」
「大丈夫ですよ」
描き上げた絵を渡しにいったときのことを思い出します。きっとあの人なら仕事をやっていける。賭け事をまた始めないか心配ではありましたが、信じると決めたのです。そうすることが、きっと彼の背中を押すことになるから。前に進む力になるから。それに、元々は絵描きの父親の背中を見て育った、絵の好きな少年だったのですから。
「そうだよね。上手くいってくれなきゃ困るもん」
グレアムは顔を上げます。
「絵描きの工房、結構楽しそうだったね。家にない種類の絵の具がずらっとあったし」
「え、そうでしたか? 気がつきませんでした」
「緊張しててそれどころじゃなかったのかもね」
「グレアムさんは、絵描きになろうと思いましたか。お金に困って無い時」
「そうだなあ、それでも辞めたかもしれない。結局臆病なだけなんだよね」
「どうしてですか?」
「だって、絵を描くのが楽しいのは、好きなものを好きなときに描けるから。仕事となるとそうはいかない。好きじゃ無いものも、上手く描けない時も描かなきゃいけない。好きが嫌いになるかもしれない。絵を描くのが嫌いになったら、僕に何が残るんだろう。そう考えると怖いんだ。だから、案外仕事としてやっていくなら兄貴くらい距離がある人の方が向いているんじゃないかな」
「そう話したらお兄さん喜びますよ」
「やだよ」
冗談めかした声音でプイと首を振りました。
兄弟が仲直りできるのはまだまだ先のようです……。




