75.郵便屋と少年とお菓子 ③
前回のあらすじ:お菓子をあげた少年がすごい生意気だった
そうだね、本当に不思議なんだけど、それからサム君と会うことが増えたんだ。会社の帰り、ベニエッシュ屋にいるのを無視して通り過ぎたら途中までついてきてたり、休日は道を覚えるために散歩とかしていたんだけど、隣を彼が歩いていたりしてね。ちょっと弟ができた気分だった。
あの時は休日も仕事のことばかり考えてたな。仕事をするために生きているみたいだった。嫌になっちゃうね。で、時々美味しそうな屋台を見つけては二人で食べたりして。なんか食べている時だけが休日の楽しみって感じだった。たまに、サム君が僕の知らない道を教えてくれたこともあって、僕は街のほんの一部分でしか生活してなかったんだなあって思うことも多かったな。今でもたまにそういう時があるんだけどね。
そうだ、モモちゃんも聞いたことがあるかもしれないけど、彼、当時は犬を飼っていたんだよ。あっ聞いて無いんだ。言わないものなんだね。サム君らしいっちゃらしいかも。
いつも何故かベニエッシュ屋に行くと彼がいたから、そこが待ち合わせ場所みたいになっていたんだ。お互いの家とか全然知らなかったから。その日は街の外れの方に行ってみようとして、とくに目的の場所があったわけではなかったんだけど。そしたら墓地の近くに炭で塗りたくられたみたいな顔をした彼が腰掛けていてね。何て声かけたらいいのか分からなかったけれど、近づいて行ったんだ。
来るなってオーラを出してはいたんだけど、放っておいたらこのまま体が地面にくっつくんじゃないかって佇まいだったからね。せめて声でも掛けておかないとヤバいって感じがしたんだ。そのまま墓地に埋もれていってしまうんじゃないかと考えていたよ。半分くらい本気で。
「なんでもない」ってはじめは言ってたけど、そんなわけ無いことは誰の目にも明らかなんだよね。多分、本人が一番分かっていたと思う。
「なんでもないを装いたくないから、ここにいたんでしょ」
って話したら、まあ、
「あんたが来るなんて想定外だった」
と返されちゃってぐうの音も出なかったけど。大切にしていた犬が亡くなってしまったんだって、暫くしたら教えてくれた。故郷で家族と一緒に暮らしていた犬だったみたい。そうそう、その時はじめて別の街から来た子だってことを知ったんだ。
それまでロッジ地区の子ってことと甘いものが好きってこと意外何も知らなかったんだ、知ろうともしていなかったのかもしれないね。自分のことで精一杯でさ、結婚話がまとまらないのも、そういうところなのかなあ。
まあ、いいや。で、彼の家族は戦いに巻き込まれて亡くなったり、行方不明になったりして、サム君はどうにか逃げてきたんだけど、その犬は生き残った家族の様なものだったんだね。生活環境が変わって体調崩しちゃったってのもあるけど、彼が言うにはもう大分おばあちゃんだったみたい。遅かれ早かれくる別れだったって何度も話してくれた。自分に言い聞かせているみたいだった。
一概に比べられるものじゃないけどさ、少し前までの自分を見ている気がしたよ。下手したら僕よりショックが大きかったかもしれない。あの時、僕は何て言ったのかなあ。
「辛いと思うけど、いなくなった人は戻ってきてくれないし、何事も無かったかのように明日は来てしまう」
みたいなことを話した気がする。愕然としたんだ。このとき自分が幾分か落ち着いていることに。
いつのまにか母さんのことを考えていない時が増えていたんだ。記憶が薄れてきたって言えばいいのかな? あの人がいなくても明日が来て、何事も無かったかのように時が過ぎて、いつかたまにしか思い出さないような存在になってしまう。
あれほど側にいて、大事なひとだったのに。なんかそれが悲しくて、思っていた以上に自分は薄情なのかもって考えたりして。でもそうしなきゃ生きていけないんだなって、そうやって立ち直っていくしかないんだって言い聞かせることにしたよ。難しいね、そう言うのって……。
「別に誰かに殺されたとかじゃないんだから、復讐する訳にもいかないしね」
「復讐したい相手はいる」
動揺を悟られたくない一心で口走ったら思わぬ答えが返ってきちゃって。焦って変な返しをしちゃったっけ。
「え、そうなの、実は殺犬事件だったりしたの!? 推理とかできないよ、俺」
「元々期待してないから。えっと、そうじゃなくて、大分違うんだけど。そもそもこの街まで逃げるきっかけを作った奴が許せないっつうか。そいつらがいなきゃおじさんやおばさんも無事で、あいつももっと楽な老後を過ごせたはずで。けど相手は一人じゃないし、どこにいるのかも分からないし、殺せば終わりって訳でも無い。平たく言えば、俺には何もできないってことだ」
「諦めるの早いね。けど、それくらいで良いんだよ、だって知り合いの子が復讐に燃えて捕まったとか、変
な力に手を出したとか嫌じゃん」
「なんだそれ」
「わりと真面目な。悲しいでしょ、そういうの。あの時隣で笑ってたのに、何もできなかったってなるだろ。うん、だからどうにかして今日をやり過ごすしかないんだなあって思うよ」
なんかとりとめのない話をずっとしていたような気がする。覚えていないんだけど、今彼が生きているってことはあの後別れて、何とか過ごして、それからもちょこちょこ会って今に至ってるんだよね。




