73.郵便屋と少年とお菓子 ①
前回のあらすじ:フランママより先に出てきてしまったグランマ
山の上の別荘で過ごした日々はもう過去のものとなり、もうすぐ冬至祭を迎えようとしているこの頃。年越しを前に、ブラッドリーの街は冬とは思えないほどの熱気に包まれていました。
通りにひしめくのは、酒やパン、チーズを籠いっぱいに入れて抱えている人々や、薪や毛糸を運ぶ馬達。道の両側から威勢の良い商人のかけ声が響き渡り、肉の焼ける匂いが食欲をかき立てます。
しゃりしゃりと水の混じった雪道をかじかんだ足で進む桃は、赤いリボンが縫い付けられている帽子を被ったグレアムの背を追うのに必死でした。
つい先ほど家政婦として働いている家の主人から買い物を頼まれてしまったのです。この前、買い物メモとにらめっこしながらお店に行った時は、所持金は足りなくなり、店の行列では横入りが絶えず、自分の番が来た時、目の前で店が閉まってしまい散々な目に遭いました。
今日渡されたお金も、正直足りるか心配になる額。ですが、お店に行ってみないことにはいくらかかるか分かりません。桃は緊張しながら市場へ向かっていました。
すると道中で仕事帰りのグレアムと出会ったのです。彼は桃が働いている家の住人で、主人の息子。普段は郵便屋という手紙や荷物を色々な人に届ける仕事をしています。桃の同居人とも交流があり、時々三人で夕食を食べることもあります。そして二人は一緒に買い物をしてから家に帰ることになったのでした。
「ありがとうございます。荷物を持って頂いて」
「いいよ。僕達のものなんだから」
ようやく人混みを抜けたので、並んで歩く二人。グレアムの家も年越しの支度ということで、赤いカブや小ぶりの樽に入ったお酒など、普段使わないようなものも買う必要がありました。文字の読めない桃でも分かるように、メモにはイラストが描かれています。
しかし一人では何の絵か分からず手に入らなかったかもしれません。それにグレアムがいたおかげで、なぜ前回お金が足りなくなったのかが分かったのです。
彼は買い物をする度に、店員へ値段を下げるようお願いしていました。つまり、ここでは交渉しながら買い物をするのが当たり前で、袋にはそうやってまけて貰うことを前提とした額しか入っていないのでした。であれば何故値札があるのか分からなくなってきて、もやもやした感情が渦巻きます。ですが、一つ確かなことは……。
「安くしてください。と言うべきなんですね」
「確かに。初めてのお店とかじゃなければ、いつもそうしていたなあ。でも、ここの生活に慣れてないモモちゃんだと難しいかもしれないね」
「頑張ります」
食い気味に意気込む桃を見て、グレアムは拳を小さく突き上げました。
「頑張れ。でも無理はしないでね。父さんには値札どおりに買っても足りるだけ入れるようにきつく言っておくから」
「でも、グレアムさんが困ってしまいます」
雇うだけでお金がかかるのに、桃が買い出しに行くことで費用がかさんでしまうのは申し訳ない気持ちです。しかしグレアムはいつも通りの柔和な表情を崩しませんでした。
「大丈夫だよ。それくらいは」
二人は、一際長い行列のできているお店に引きつけられます。橙色と茶色の縞模様が描かれた屋根の目立つ建物。間口は狭そうですが、子どもからお年寄りまでひしめいており、蜂蜜のような甘く香ばしい匂いが漂ってきます。葉っぱに挟まれている、パンのような丸いものを、ハフハフと頬張っている人がちらほら見受けられました。
「わあ、美味しそうですね」
「ベニエッシュっていうお菓子だよ」
首を傾げる桃に、グレアムが説明を加えます。
「小さなパンを油で揚げた感じのお菓子って言えば分かるかな?」
高い油を料理で使うことはさほどありません。なので桃はフランの別荘などで揚げ物をご馳走になった経験から、一生懸命パンを揚げた感じを想像しようとします。
(もっちりしたパンが、サクサクってなるんかな?)
しかし、いまいちどんな食感なのか想像がつきませんでした。
「そうだ、買っていかない? 久しぶりに食べたくなっちゃった」
「良いですよ、行きましょう」
二人は列の最後尾に立ちました。二十人、三十人は待っているようです。勢いで並んだものの、自分達の番がくるまでに店が閉まらないか、そして重たい荷物を持ったままでいられるか心配になってきました。桃は野菜類を籠に入れてお腹に抱えているだけですが、グレアムは鞄を肩に掛けている上に、酒の樽や祭りの飾りを持っています。
「あの、重くないですか、お荷物」
「平気だよ。気にしないで」
「何か持ちましょうか?」
「良いよ、良いよ。女の子に負担は掛けられないしね」
グレアムは格好をつけているかのように白い歯を見せます。一緒に住んでいるサムなら、じゃんけん勝負を仕掛けて荷物を押しつけているところです。珍しく荷物を全部家まで持って行ってくれたと思ったら、誰かのおごりでたらふく食べた後だったからなんてこともざら。彼も少しはグレアムを見習ってくれたらなあ、と思っていました。
「そういえば、ここは最初にサム君と出会った、ちょっとした思い出の場所でもあるんだ」
「そうなんですか?」
「そう。あれは何年前だったかな……」
寒空の下、グレアムはぽつぽつと昔語りをはじめます――。




