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72.温泉のある別荘にて 最終話

 翌日は慌ただしい朝でした。桃が悪夢から覚めるとフランが上に乗っていて中々起き上がれなかったり、朝の声出し練習をする彼女と寝起きの悪いリンが一触即発しかけたり。ですが身支度を終えて食堂にいくとご飯が並んでいる光景は感動ものでした。パンに卵焼き、チーズに豆とタマネギの酢の物、そして野菜のシチューと紅茶。普段の生活ではとても用意できないメニューです。夢のような光景にある種の恐れさえ感じられるほど。


 朝ご飯を終えると、フランとリンと三人で植物園に出かけます。建物から少し歩いたところにドーム状の小屋がありました。あちこちに窓があり、中に入ると外と同じくらいの明るさです。屋内のせいか思いのほか温かく、天井に向かって木が伸び、ちらほらと花が咲いていました。てっきり畑のようなものを想像していた桃は、驚きの声を上げます。


「建物の中、なのですね」


「暖かさとか、水の量を管理するためなんですって。ここは寒いから普通の植物はなかなか育たないそうよ」


 とフランが解説します。植物園を持っているのはフランの家ですが、管理をしているのは近くの礼拝所にいる人達だそう。彼らは薬草の栽培や研究も行っているのです。


「普通、冬場は植物が育たないから、薬が足りなくなるんですって。それをどうにかしたいそうよ」


「すごいですね」


「私も詳しいことは知らないの。だた、こうして眺めているだけでも楽しいわね」


「そうですね。あれ、りんちゃんは?」


 いつのまにかリンの姿がなくなっています。辺りを見渡して居ると、柊の木の側に腰掛ける老婆を見つけます。グレアムの家の近所で洗濯をしていそうな風貌なのに、何故か釘付けになってしまいます。しかも、その横顔と伸びた背筋に見覚えがありました。別荘に来てから出会った人を順番に思い出していきます。


(あっ。お風呂からの帰りでちょっと挨拶をした人や)


 隣にいたはずのフランが老婆のすぐそばまで行っていました。慌てて追いかけます。


「お婆様。ご機嫌麗しゅう」


 スカートの裾を軽くつまんで、お辞儀をしています。


「えっお婆様、ですか?」


 まさかあの時出会った人が、フランの祖母だなんて思いもしなかったのです。桃は勢いよく頭を下げます。


「ご機嫌よう。そちらの方は」


「私の友人、モモですわ」


「よ、よろしくお願いします」


「孫がいつもお世話になっております」


 老婆は嫋やかに相好を崩します。


「ところで、お渡ししたい物があるのですけれど」


 フランはおもむろに話を切り出し、小さな包みを差し出しました。老婆はそれを受け取ってしげしげと眺めます。包み紙の折り目を丁寧に戻し、指輪を手に取ると上目遣いではきはきと尋ねました。


「これをどちらで入手なされたのですか?」


 その視線には切っ先のような鋭さが宿っています。


「書斎ですわ」


 一歩も引かなかったフランの答えを聞いた老婆は、穏やかな表情で包み紙を手早く開きます。不思議なことにそれ以上問いかけることはありませんでした。内側にびっしりと文字が書かれていることに今になって気がつきます。あの包み紙は老婆宛の手紙だったのです。


「何年越しのプレゼントだろうねえ、爺さんや。Hienyшs(冬至祭)もお祝いしたかったよ」


 語りかけるような口調で呟く老婆は、誰かの面影を辿っているようでした。遠くへ行ってしまった、愛する人の面影を。


「お爺さまはね、ここで療養している間に天に旅立ってしまったそうなの。それからお婆さまはここへ来られなかったそうよ。だから驚いたわ。お婆さまがここへ来ていただなんて」


 フランが傍らで祖父母について語ります。そして一泊おくとより一層声を潜めました。


「久しぶりに見かけたお爺さまは、きっとこの機会に渡さねばと思ったのでしょうね」


「そうですね、きっと」


 桃も囁き声で返します。


「このまま思い出に浸らせてあげましょう」


 そう言ってフランは再び頭を軽く下げました。


「失礼いたしますわ、お婆さま」


 我に返った老婆が二人の方に体を向けます。薬指にはめてある指輪の中心には、若葉のように瑞々しい黄緑色の小さな石が輝いていました。


「どうぞごゆっくり」


 桃とフランは老婆の元から離れ、リンの姿を探します。彼女は植物園の入り口近くで座り混んでいました。じっとある草を見つめています。近くまで行くと、北風が吹き付けてきました。桃は舞い上がった髪の毛を払いのけます。フランも「束ねれば良かった」と呟き、うねった髪を抑えながらリンに話しかけました。


「何を見ていらっしゃるの」


「……アルニカ」


「ある……?」


 聞きなじみのない言葉に桃が戸惑っていると、聞きなれた狐の声がしました。


『アルニカは、牧草地・高山に生える黄色い花だな。打ち身や腰痛に効くらしいぞ。街では見かけない植物だから気になっていたのではないのかね』


 フランの肩に乗っている耳が動きます。先ほどまで毛皮だと思っていたものが、実は狐だったようです。リンは花に視線を注いだまま頷きます。


「花は咲いていませんのね」


『夏に花を咲かせるからな。だが、花がないと油がとれないのではないのかね』


 リンはどことなく悲しげな表情を浮かべていました。誘われたとき嫌そうにしていた彼女が来る気になったのは、街の周辺で採れない植物を手に入れたかったから、ということに気がつきます。


(折角来てくれたのに、何もしてあげられへん)


 やるせない気持ちがわいてきました。その時、フランが手を叩きます。


「ちょっと待っていなさい。ここに植えてあるということは管理下にあるということ。少し聞いてくるわ」


 そう言ってフランは建物の奥にある部屋へ走って行きました。暫くすると、小瓶を手にして戻って来ます。持って居たのは、油に菊のような花がいくつも閉じ込められた液体。


「少し分けて貰ったわ。ほら、持って行って頂戴。これが欲しかったのでしょう?」


「え、でも……」


 リンは立ち上がり、一歩、二歩後ずさります。


「つべこべ言わないの」


「けど、他人が持っていくのは……お金も、ないし」


「そうねえ。なら、これをあげる代わりに次の誘いにも乗ること。これでどう? 好きな方を選べばいいわ」


 ぐいっとアルニカ油を差し出されたリンは、何度か目を泳がせると、小刻みに震える手で瓶を受け取りました。


「約束ね」


 満面の笑みを浮かべるフランに対し、リンはフードの端を引っ張ります。ですが、きっと喜んでいるのだろうな、と桃は思いました。


 それぞれの目的を終えた三人は植物園を出ることにします。


「次はどこにいこうかしら、そうだ。洞窟が近くにあるのよ。時々冒険者が鉱物を採りにくるの。行ってみませんこと?」


 桃の前を歩いているフランの提案に心を弾ませます。頭の中には少し前にお邪魔したドワーフの家のような光景が浮かんでいました。


「わあ、行きたいです」


「面倒。寝たい」


「貴方、さっき起きてきたばかりじゃないの」


 フランが扉をくぐり抜けた直後、突如として立ち止まりました。そして振り返ります。桃もつられて後ろを向きますが、座ってお茶を嗜んでいる老婆の姿が遠くにあるだけ。前を向くと一瞬だけフランと目が合います。彼女は人差し指を紅い唇に当てて、片目を瞑りました。


 彼女には桃とは違う景色が見えていたのかもしれません。ですが、その疑問を口にだすことは許されないこと。昨夜二人で交わした約束だから。


 桃もウインクで返そうとしたのですが、両目を瞑ってしまいます。フランはこらえきれず、つい吹き出してしまったのでした。


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