71.温泉のある別荘にて ⑧
今回は視点が変わります。
その夜、桃とフラン、そしてリンは予定通り横一列に並んで寝転がっていた。桃は仰向けになり、静かな寝息を立てている。ガラスがはめ込まれている小さな窓から差し込む月明かり、伸びていくフクロウの影。窓を小刻みに揺らす北風。暖炉の火を消してしまったため、部屋は冷えていく一方だ。
「一番はしゃいでいた人が、一番最初に寝るなんて。嫌になっちゃうわね」
フランは体を起こし、ベッドを降りた。桃を挟んだ向こう側にはリンが膝に毛布を掛けて座っている。フランは彼女の側に腰掛けた。
「ねえ、貴方もそう思わない?」
「…………」
「何か話しなさいよ」
リンは僅かに顔を上げた。しかしその瞳には何も映っていない。沈黙の時間が訪れた。フランが大げさにため息をついて、それを破ろうとする。
「そう。話す気はないのね。なら此方から話をさせてもらうわ。あの籠の中にいるフクロウ、ただのペットではないのでしょう?」
フランは窓際にある鳥かごを指した。フクロウは止まり木の上で大人しくしている。月明かりを背にしているのに、不思議と目元が光っていた。リンは顔を上げたまま頷く。
「単刀直入に申し上げるけれど、あの鳥を平気で連れて歩ける人が只者だとは思えないの。貴方は一体何物なの? 桃に近づいた理由は何? 答えて頂戴」
いつになく鋭いまなざしを向ける。リンは肩をびくつかせた。毛布を胸の辺りまで引き寄せる。うつむいているせいでフランからは口元しか見えない。紫がかった唇が微かに震えていた。
「…………」
「黙秘を貫く気かしら? では、もっとはっきり言わせてもらおうかしら。貴方、桃の髪色や瞳の色が珍し
いからって良からぬことを企んでいないでしょうね?」
リンが首を大きく振ります。何度も、何度も。
「…………あ、えっと。あの……友達、だから。彼女がどう思っているかは知らない、けど。僕が勝手に思ってるだけかもしれない」
チェロのように低い声が発せられる。フランは目を見開いた。
「あら。あくまでただの友達だと言い張るのね」
リンが服を握りしめる。
「……あ、あと、多分。貴方が思っているほど、全然、大した人間じゃないから」
「この私の見立てが間違っているとでも?」
「えっ、あっ。いや……そんな」
声にならない声で言い繕おうとする彼女の様子に、フランは悪戯っぽく笑った。
「ふふ、あははは。流石に言い過ぎてしまったわ」
腹を抱え、体をよじらせている。
「ごめんなさい。そこまで困らせるつもりはなかったの」
リンはもの言いたげに口を尖らせた。フランはそのまま後ろに倒れ込むように勢いよく寝転がると、肌身離さず身につけていた小物入れからパサリ、と小さな包みが転がり落ちた。
「やっぱり。真面目なのは性に合わないわね。もっと楽しい話をしましょう。あら、袋の口が閉まっていなかったみたい」
拾い上げ、中に入っていた指輪をつまみ出す。指でくるくると動かしながら中心にはめ込まれた石をリンに向けた。金の指輪は、闇の中でなお作られた当時さながらの輝きを放っている。
「貴方なら、これが何か知っているでしょう? ビアソネ石」
リンが首肯する。
「ちょっと拾ったものなのだけれど。贈り物だったみたいなの。なかなか良いセンスをしていると思わない? 一見すれば只の白い石。ダイアモンドほどの輝きもない、どこにでもある指輪よ。けれど人がはめた瞬間に唯一無二のものとなる。その人にしか出せない色を帯びることによって。私は好きよ。そういうの」
リンは言葉を返すこともできないまま、一方的にまくし立てる彼女の声に耳を傾けていた。
「小さい頃は結構つけていたのよね。魔術師だかなんだかに変な勧誘されてからはめっきり身につけなくなってしまったわ。これ日によっても微妙に色が変わるのよ。それが結構面白かったのね。その頃はまさか魔術師の連中がたいそう有り難がっている石だとは知らなかったのよ……あ、ほらちょっとご覧なさい」
突然リンに近寄り、目の前に指輪を持ってくる。
「この色は滅多に出ないのよ」
そう言って指輪を自身の顔の横に持っていった。
「ほら、私の瞳と同じ色」
それは宵闇の為か、月明かりの為か、それとも彼女自身のせいなのか。確かに指輪にはめ込まれた石は、フランの瞳に似た黄色がかった碧に光り輝いていた。
「……綺麗」
「でしょう? 貴方も身につけてみませんこと?」
リンは首を振って拒否の意を示した。
「いい。……割れるといけないから……」
消え入りそうな声で呟く。フランは首を傾げている。
「嫌なら無理強いはしないけれど。他にも何か仰ったかしら?」
「あ、いえ、何も」
「貴方、言いたいことがあるなら、もっとはっきり仰いなさい」
「は、はい……」
「じゃあ、お休みなさい。良い夢を」
言うだけ言うとフランは荷物入れに指輪をしまい、元いた場所へ戻っていったのだった。




