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67.温泉のある別荘にて ④

 サムも相手が裸であることに気がついたのでしょう。湯に入る手前で立ち止まります。一方桃はこのまま引き上げるかどうか悩んでいました。


(いつもは全然気にならんのに、なんで今日はドキドキするんやろ。でも、今出たらあからさまに避けているみたいになってまうし。どうしよう)


 桃がおろおろしている間にサムが中へ入ってきます。見ないようにはしていますが、彼はそれほど気にしていない様子。ますます出るのが億劫になってしまいます。


(入ってきちゃった。そうやおね、一緒にお風呂屋さんへ行ったこともあるし、包帯を巻いたりもしたし、風邪をひいたときは服を脱がせてまったし……今更やおね。気にしない、気にしない)


 そう言い聞かせているのをごまかすように、口を開きました。


「気持ちいいですね」


「ああ」


「外も綺麗。こういう所に住みたいです」


「分かる」


「えっ」


 予想だにしなかった返答に思わず彼を見やったところ……で裸であることを思い出し、目を逸らします。


「どうした?」


「いえ、少しびっくりして」


「まあ、山の中なんで不便でしかないだろうけどな」


「そうですよね」


 彼らしい物言いにどこか安堵する桃。


「でも、あっちじゃ気が休まらないから。こんな風に静かにに暮らしたい……とは思うかな」


 その声はゆったりとしていて、穏やかで。普段の皮肉な態度は案外、虚勢を張っているだけで、素はこんなものかもしれない。


 そう考えると少しだけ彼が可愛らしく、愛おしく思われて。ふふ、と笑みがこぼれます。


「そう、ですね」


 その時、扉からリンが顔を出しました。ところがすぐに閉めてしまいます。桃は咄嗟に温泉から出て彼女を追いかけました。風呂場に戻ります。顔に当たった蒸気が熱い、外の冷気で顔の辺りが冷えていたのです。


「リンちゃん、どうしました?」


「ごめんなさい」


 リンは腰掛けの上でうずくまっていました。


(あ、サムさんおったわ。温泉なんて滅多に入れないからリンちゃんにも楽しんで欲しいけど、サムさんにどいてなんて言えへんし、けど気にしないでってもっと言えへん。うちだって頑張って見ないようにしてたんやもん)


「温泉、気持ちいいです。一緒に入りましょう」


 頭を働かせながら言葉を絞り出します。リンを立たせようと手を握った瞬間、体を覆っていた手ぬぐいが目に止まりました。


「そうだ。服を着て。足だけ入りましょう」


 温泉は膝丈くらいの深さしかありません。中途半端に浸かっても上半身は寒いまま。背の高いリンなら尚更でしょう。ならば岩場に腰掛けて足だけ浸かれば、サムに裸を見られたり、肩の辺りが冷えたりする心配をしなくて済みます。


「分かった」


 リンはあっさり了承し、二人は更衣室で体を拭き服を着ます。そして再び温泉へ向かいました。いつの間にかサムがいなくなっています。お尻の辺りが濡れないよう、岩場に手ぬぐいを敷き、その上に腰掛けます。そしてコットの裾をたくし上げて足を湯に沈めました。


「綺麗です」


「うん。けど寒い」


「そうなんです」


 冬山の厳しさを感じられる風が吹き抜ける中、お互いが体を寄せ合います。


「これ、肌に良いお湯みたい」


「へえ」


 確かに浸かっている足がすべすべしています。


「傷とか節々の痛みとかに効くよ」


「すごい。あかぎれも治りますか?」


 期待を込めて傷だらけの手を温泉に浸してみました。はじめは熱かったものの、段々慣れていきます。


「ところで、フランさんはどちらへ行ったのでしょう」


「フラン、さんだっけ」


「はい」


「その人多分……あそこ。声が」


 リンの指が隣の混浴風呂に向けられています。耳をそばだててみると壁越しにフランの高い声が。言い返しているサムの声もします。


「貴方だけ抜け駆けしようとしていたわね」


「まさか君が。そんな人だとは思わなかったよ」


「なんでそうなるんだよ。一つ屋根の下で暮らす羽目になってる相手に、混浴も何もないだろ」


「そうやって外から女湯に入ろうって算段だったのでしょう?」


「は。ふつうにその発想はなかったんだけど。お前の方がよっぽどヘンタ……頭おかしいんじゃねえの」


「お嬢様への侮辱は謹んでいただきたい」


「客観的事実だよ、どう見ても……」


 そんなやりとりを断片的に聞いていた二人の少女。


「フランさん、男の人達と一緒?」


「みたい。なんていうか……すごい」


 わざわざ分けられているのにあえて男の人がいる方に入って行くことが、二人には信じられませんでした。


「フランさんは背が高いし、綺麗です。きっと男の人が怖く無いのですね」


「どうせ僕はブスだから」


「え? リンちゃんは美人さんです」


「は?」


 顔を上げたリンはいつもより綺麗に見えました。目の下の隈が薄くなっているからでしょう。確かに身だしなみには興味なさげなので地味で暗い印象を与えます。しかし細くて切れ長の目と筋の通った鼻のバランスは整っていました。白い顔と相まってフランとは違ってクールでありながら儚げな顔立ち。やや不健康そうではあるものの、桃は心のそこから磨けば綺麗になるだろうと思っていたのです。


「本当ですよ。あ、でもちゃんと寝て、髪は梳かした方がいいです」


「結局だめじゃん。だるいし。……あの、モモも、可愛いよ。その……子どもみたいで」


「子どもじゃないです」


「……ごめん、なさい」


 目を伏せて肩を落とすリンの姿を見て、褒め言葉のつもりだったのかもしれないと思い直します。


(実際より若く見えるとか、そういうことが言いたかったんかなあ?)


 咄嗟に言い返してしまって申し訳なく思いつつ、その言葉の意味を飲み込めずにいました。フラン達はまだ言い合いを続けているようです。先ほど更衣室に戻ったときフランの服が置かれたままであることを思い出します。


(そうや、フランさん、お風呂から出たときに着替えがあらへんやん)


 長いこと浸かって足がふやけそうになってきたので、二人は温泉から引き上げます。髪を乾かしたり、化粧水を塗ったりし終えると、リンは先に部屋へ戻り、桃は隣の部屋へ。まだ男の人達が更衣室にいないことを確かめると、こっそり中に入って大きな手ぬぐいとフランの着替えを置きます。


 そして厠へ向かったのですが、この行動があるトラブルを招くことになるなど、思ってもみなかったのでした。

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