66.温泉のある別荘にて ③
今回はサム視点です。
一方で男達も風呂場に向かっていた。
「修理中、ですか?」
「ええ、ちょっと竈の調子が悪くてね。男湯は隣部屋の竈で温めているものだから」
グレアムの問いかけに対し、清掃員が雑巾がけの手を止めること無く答える。
「お風呂に入りたいんですが、どうしたら良いのでしょうか?」
とグレアムが尋ねる傍ら、
(まさかその辺の川で水でも浴びてろとか言わねえだろうな?)
サムは内心冷や冷やしていた。
「あ、それなら隣の混浴部屋を使ってちょうだい。あそこは今、実質男湯だから。この別荘、山の中でしょう? 壊れても中々大規模な修繕ができないのよ。男湯が壊れたら男湯だし、女湯が壊れたら女湯、両方壊れたら名前通り混浴ってわけ」
「ならば仕方ありません」
隣の混浴風呂へ行くスミスの後ろを二人もついていく。この時間に風呂へ行く人は限られている上、女湯がありながらわざわざ混浴風呂に入って行く女はいないだろう。彼らはそう思っていた。実際、更衣室には人影も、荷物も無かった。はずだった。
しかし、いたのである。浴室の壁に寄りかかりながら待ち構えている女が。
金色の髪をタオルで束ね、耳の横から絹糸の様に細い毛束が垂れている。下半身は辛うじてタオルが巻かれていたが、上半身は晒されており、湯気で立ちこめている中でもうっすらと胸元が目に入ってきそうだ。フランの表情はどこか得意げで、隠す気が全く感じられない。
「ほら、どうせ男共はこちらへ来るだろうと思っていましたの」
「誤解だってば、男湯が壊れていたから仕方無く来たんだよ、別に、何も期待してないし、ほら、僕、いや僕達は紳士だからね!」
そう弁明するグレアムは僅かに顔が赤くなっている。暑さのせいだけではないだろう。サムは心底不快だと言わんばかりに顔を引きつらせながら顔を背けていた。
(一旦外に出てアレが出るのを待つか? でもまた脱いだり着たりするのも面倒くせえな。それにあの女、どこで服を脱いできたか知らんが更衣室に服が無かったってことは、ここを出た後もあの状態でうろちょろするってことか?)
事情があって混浴風呂を使わざるを得ないこちらが引くというのはどうも腑に落ちなかった。
「お嬢様、なぜ隣に行かなかったのですか」
「あら、温泉に来たからには女湯を覗こうとするものでしょう? そんな貴方たちの欲求を満たして差し上げようと思って」
「そういうことする人は、見えるか見えないかの攻防を楽しんでるんだよ。チラリズムはご褒美かもしれないけど、モロは困るんだってば」
(グレアム、変な誤解を招く言い方は辞めろ)
サムは喉まで出かかったのを辛うじてこらえる。
「我が儘言わないの」
(我が儘も何も覗きをしてまで見たくねえっつうの……全く興味が無いのかって言われたら嘘になるけど)
スミスが微妙に視線を逸らしつつ、椅子に座る。彼はこのまま体を洗うことに決めたようだ。流石に彼女の行動にある程度慣れているのだろう。引き返してもいつかは彼女に出会う羽目になる。ここに居続けた方が、まだ視界が悪いだけましとも思えた。グレアムもそれに続いている。
「フランも、その、座ったらどう?」
グレアムが椅子を軽く叩く。相変わらず恥ずかしそうにしているが、同じ空間にいる覚悟を多少は決めたのだろうか。
「あ、え、いいわよ。私、ここが気に入っているから。ほら、こうして背をつけていると心地いいの」
フランと一緒の風呂などごめんだったサムは、格子窓と隣にある扉に目を向ける。外にも風呂場があるようだ。
(確か、お湯が湧き出るところがあるって言ってたよな。この先にあるなら行くか)
と足を向けた時、フランの言動に妙な引っかかりを覚えた。焦りを隠せていない口調、整合性のない言葉、頑なな態度。
「あのさあ、壁に何かあるわけ?」
サムの推測は当たった。
「な、何も無いわよ。冗談はよして頂戴」
「お嬢様、一体何があるのです? 一旦お下がり下さい」
スミスが立ち上がって遠慮無く近づいていく。グレアムものろのろと立ち上がるが、にじり寄ったり後退したりを繰り返している。羞恥心と好奇心がせめぎ合っているようだ。
「あ、壁の下の方。なんか詰めてある」
「穴が空いていたんですかね。ほら、よく見たら壁にヒビが入っています。お怪我をされては大変ですから、離れてください」
「スミスはこういう時だけ過保護なのね。怪我なんかしないわよ。穴なんかどうでも良いでしょう?」
「でも、それがあることには気づいてたってことだよね。もしかして、隠してたの?」
「グレアムの馬鹿、そんなわけないじゃない」
張り上げた声が部屋中に響く。密室なので余計に大きく感じられた。
(あの壁の向こうは女湯か……?)
フランが穴を隠したがっていた理由は納得できたものの、塞ぐために取った行動は理解不能なままだった。
騒いでいる三人をよそに、サムは軽く体を洗うと逃げるように外へ出る。風が瞬く間に体の熱を奪っていく。すぐ側に岩で囲まれた、湯の湧き出る場所がある。そこでうずくまるように浸かっている少女と一瞬目が合ってしまった。お互い裸である。どうせ見馴れているだろうと自分に言い聞かせるが、鼓動は速くなっていくばかり。モモの方もあからさまに顔を背けている。
(どうする、引き返すか……)
しかし、戻った先には厄介なフランがいる。それに、普段風呂へ入りに行くときは同じ部屋だ。たまに偉い人の施しとやらで、浴場が無料で開放されるのだが、その期間は短い。安心して行ける時間となると更に限られてくる。無料の浴場は当然のように混浴なので、そこに行くときはモモと一緒に入らざるを得なかった。
(風呂だって入るし、風邪を引いたときに体を拭いたことだって無くは無い。恥ずかしがるのなんて今更だろ、そう今更……)
心の中で何度も呟きながら、温泉の中に入っていった。




