63.幽けき夢と現の狭間で 後編
前回のあらすじ:両親との再会……?
「待って」
桃の声を聞いてリンは振り返る。桃がリボンを自ら外し、河の方に向かって歩いていた。リンが追いかける。
『これは……。魅せられてしまったかな』
「は? 魔除けをつけてたはずだろ」
『良く見なさい、片方は既に外れているだろう。効能が弱まった隙に、もう片方を自ら外すよう仕向けたの
さ。自分達では手出しができないから』
「髪飾り、探して来い。連れ戻してくる」
『はいはい。全く、毎度毎度フクロウ遣いが荒いなあ』
***
目の前にいる、黒い服を着たお姉さんは誰なのか、自分はもう十五になっていること、今の今までどこで何をしていたのか桃は全てを思い出しました。そして気づいてしまったのです。向こうにいるのは本当の親ではない。桃の両親が、たったの二人で、こんなところにいる訳がないことを。
「リン、ちゃん……」
「こっち」
腕を強く引かれます。肩にもたれ掛かりそうになった頃には、目線がリンと同じくらいになっていました。
「だから振り返らないでって言ったのに」
母親の姿からは想像がつかないほどしわがれた声がします。たちまちぐねぐねと体が揺れ、みるみる姿を変えていきます。つり上がった目は緑色に光り、頭からは角、口元からは鋭い牙が生え、手は前足へと変化し、獣の様な姿となりました。体中にミミズの様な、蛇の様なドロドロしたものを纏わり付かせています。
父親の方も、下半身は溶けていくように無くなり、顔と胴体の区別が付かなくなっていました。足元には母親だったナニカと同じように蛇の様な、泥のような物体がうごめいています。手だけが異様に大きく膨れあがっており、鋭い爪を生やしています。ぽっかりと穴が開いたかのような目の奥に、不気味な青白い光をちらつかせていました。
辺りに咲いていた可憐な花は枯れて灰になり、それらに飲み込まれようとしていました。花の枯れる範囲が徐々に広がっています。
二人は手を繋いでそれらから逃げだします。しかし、化け物の気配はますます近づいてくるばかり。ドロドロが近づいてくれば、体をよじって躱し、纏わり付いて来そうなら杖で叩き落とします。
『月夜の魔女よ、精霊の女王たる貴方が、なにゆえ我々を阻むのです』
リンに語りかけてくる、唸るような声。彼女は桃の口元を軽く袖で塞ぎ、化け物には取り合いませんでした。背後からしわがれた別の声も響きます。
『おのれ、人に絆されたか我が同胞。地に落ちたものだ』
いつの間にか、近くをフクロウが飛んでいます。
『地に落ちたのはどっちなんだか』
聞いた事の無い、不思議な声が聞こえてきました。
「しつこい」
リンが一言呟き、桃の腕をぐいっと引っ張ります。
「モモ……ごめん……なさい」
そのまま彼女に抱き寄せられ、胸元に顔が当たります。手の平で耳を塞がれました。リンがもう片方の手に携えている杖を化け物に向けて掲げます。その瞬間、五芒星の描かれた光の輪が彼らの足元に現れ、空には暗雲が立ちこめました。地面が割れるほどの轟音と共に現れる青白い閃光。化け物の脳天を直撃し、禍々しいその体を引き裂いていく稲妻。
リンの上着を握りしめていた桃も、耳をつんざくような雷鳴に耐えきれず、気を失ってしまいました。
***
体が、揺れる。チャプチャプチャプン、穏やかな水の音。
満点の星空と、綿毛のような淡い光の数々と、ボサボサの髪を露わにした、リンの顔。ここはブラッドリーの河原。
「大丈夫……?」
桃が体を起こします。水に濡れた足が風に当たって、冷たい。懐からジャラジャラと音がして、重みがありました。
(うち、お花畑にいて、親に呼ばれて、けどそれはおっ父でもおっ母でもなくて。……なんで靴が濡れているんやろ。今のは夢……それとも本当にあったこと? どっちやろ。多分、夢、やおね)
「変な夢、見ていました」
「ごめんなさい。もっと早く……」
リンが下を向いて目を逸らします。手を伸ばそうとすると、何かが袖をすり抜けて、下に落ちました。一枚の銅貨。懐を探ると、お花畑で落としたはずの財布が元通りに入っています。
(そういえば、お花畑でもリンちゃんがいて、引っ張っていってくれたっけ)
「リンちゃんが助けてくれました。ありがとうございます」
「別に、それは……」
(もし誰も来なかったら、あの人達のところへ行ってたんやろうか。その後、どうなってたんやろう)
足元に髪飾りが落ちているのを見つけます。片方には木の破片が刺さっていました。桃は手にとってそれを抜き取ると、手早く髪を二つに結び直します。
(木の下をくぐった時、引っかかって外れてまったんやね。二つ一緒に置いてあるってことは、リンちゃんが拾って持ってきてくれたんかな。気をつけなきゃ)
昼間のように周囲が明るくなっていることに気がつき、勢いよく立ち上がります。いつの間にか、辺り一面に光が集まっていました。
「わあ、光が沢山。綺麗です」
「そろそろ流そう、あのカブ」
「カブを河に流すのですか?」
「うん」
二人は土手を上ってカブを拾い、そこに火をつけました。それを持って再び降りると、水面にそっと乗せます。
「火が消えますよ」
「別に、いい」
波に呑まれながら下流へとカブのランタンは流されていきました。小さな光がランタンに導かれて緩やかに移動していきます。その光景はさながら天の川のようでした。
対岸でも暖かい色をした灯りがチラチラと、水に浮かんだり沈んだりしています。河の向こう側でも、魂を送るためにランタンを流す魔法使いがいたのでしょうか。二人は灯りが見えなくなるまで、幻想的な風景を眺めていました。
「誰かと来るの、初めて」
リンがぽつり、と呟きます。
「そうなんですか。一緒に住んでいた方は?」
「あれは……別、だけど。あの、その……」
桃は、もごもごしているのを横目にじっと待ちます。
「う、嬉しかった。変なこと言ってるなって、思われるかなって。だから」
「私も楽しかったです。また行きましょう」
彼女の細い目が僅かに開かれました。口角が微笑んでいるような。
「うん。今度はモモが連れて行かれないように――」
次は温泉回っぽい話にしようかな、とぼんやり考えています。




