62.幽けき夢と現の狭間で 前編
前回のあらすじ:フクロウさんとは5年契約
今回は短めのお話です。
今年の秋祭りは桃にとって充実した日々でした。フランの学校に招かれて演劇を見たり、パン屋さんの出店を手伝ったり、木の輪っかを投げて棒に引っかけた結果、干し肉が貰えたり、サムが射的の丁度真ん中を当てたのに、結局選んだ景品が新しい弓だったので、嬉しそうな本人を尻目にがっかりしたり。とにかく色々なことがありました。
祭り最終日の夕方、桃達が家に戻ると、杖を持ってフクロウを肩に乗せたリンが外に出ていました。紺色の上着を羽織り、その中に毛糸の襟巻きをしています。
「お出かけですか?」
背中に向かって声をかけると、フードを被ったままリンが振り返りました。
「どこへ行きますか?」
「……河」
「何をするんですか」
彼女は首を傾げながら遠くを見ています。サムはすでに桃が彼女の行き先へ興味を持っていることを察したのか、
「あんたも出かけるつもりなら、早めに戻ってこい。明日は仕事だろ」
と言い置いて先に部屋へ戻ってしまいました。
「河に、光が集まる。それを見に行く」
「わあ、素敵」
「綺麗。あ、僕がそう思うだけかもしれない、けど」
「そんなことないですよ、きっと。私も見られますか?」
「あー、どうだろ。多分、見られると、思う…………来る?」
「はい!」
そうして桃とリンは連れだって河へと向かいました。道中はまだ祭りの熱気が残っていて、普段より人が多い印象です。噴水には林檎の皮や銅貨がびっしりと水に浮かんでいました。人の少ない道を選びながら進んでいきます。ですが、河が近づくにつれてかなり静かになってきました。
一旦立ち止まると、リンは杖の先端にある装飾に引っかけてあったランタンを手にとりました。古風で重厚感のある代物で、その中には高級品の蝋燭が入っています。
(外に出て働いているところなんて見たことないのに。一体どこにそんなものを買うお金があるんやろ)
と桃は不思議に思いました。ランタンを軽く振るだけで、なんと蝋燭に火が付いてしまいます。何度目にしても、魔法を使っている光景には驚かされます。朝、しもやけの手をさすりながら、冷たい火打ち石を延々と打ち続けなくても良いなんて。羨ましさのあまりにため息が漏れてしまいました。
ランタンを杖の先に引っかけると、今度は鞄の中から白いカブを取り出します。よく見ると中がくり抜いてあって、短い蝋燭が入っていました。綺麗な切り口ではありませんが、よく見ると顔みたいな穴が開いています。桃はクスッと吹き出しました。
「可愛いです。これにも火を」
「後で」
リンはカブを木の根元においたまま杖を掲げて歩き始めます。
「良いんですか? カブを置いて」
「うん」
彼女がそう言うのなら、とカブに背を向けて後を追いかけます。河沿いの道は枯れ葉で柔らかくなっており、サクサクと音がしました。穏やかな水の音が耳をくすぐります。冷たいはずなのに、どこか心地のよい風が通り過ぎていきます。リンが照れくさそうに、そして遠慮がちに歌い始めました。普段の話し声からは考えられない程にか細い、鈴みたいな声で。
はじめは気分が乗っているのかと思っていましたが、ランタンの周りが先ほどよりも明るくなっている事に違和感を覚えます。目の前で一つ、蛍のように儚く、小さな光が現れて、散っていきました。しかし、この季節に蛍がいるはずもありません。
「何か、光ったような」
「……deшa」
「それは何ですか?」
「……動物とか、木とかの中にある、もの。あと、死んだ人とか。この時期になると来る」
故郷では夏になるとおじいちゃんが天から帰ってくるとか言われたものでした。この国では秋頃に帰ってくることになっているようです。また、魂や霊が光って見えることにも驚きました。でも、それほど怖いと思わないのは、友達が側にいてくれるからでしょうか。
「リンちゃんは、いつもここに来ますか?」
上着の擦れる音がして、蝋燭に照らされてできた影が動きました。頷いたようです。
「魔法使いが送り返さないと、大変なことになるって、聞いた」
「そうなんですか!?」
「さあ。……でも、これくらいしかできないし。意味がないかもしれないけど」
「意味はありますよ。きっと」
「…………かなあ」
「はい」
リンが再び歌い始めます。先ほどと同じ歌を、桃も鼻歌を歌いました。旋律につられて触れれば消えてしまいそうなほど淡い光が、ぽつ、ぽつと集まっていきます。
髪が引っかかりそうになりながら木の下をくぐり、土手を降りて、砂利の道を歩く二人。いつの間にか光が集まり、線のように連なって二人を包み込んでいます。だいぶ歩いていたようで、遠くに小さな橋が見えて来ました。
どんどん進んで行く彼女の後ろ姿を、桃は小走りで追いかけていきます。段々足が速くなっているような
気がしました。やがて橋の下をくぐり、息が切れてきます。そして左側の髪飾りがいつのまにか無くなっていることに気がついて、
「ちょっと、待って、下さい」
と後ろを振り返った途端、桃は思わず歓声を上げました。
お花畑が辺り一面に広がっていたのです。赤や黄、桃、橙、青、白の花々が地面を埋め尽くし、澄んだ青い空に綿のような白い雲が浮かんでいます。蝶が三、四羽、辺りを舞っており足元には羽根の生えた小人が、桔梗みたいな形をした花の上に座っていました。
細い足首を、桃の指先よりも小さな手がさすっています。桃はその場に座って小人に話しかけました。
「こんにちは。お困りですか?」
「足をくじいちゃったの。包帯を巻きたいのだけど」
桃は懐を探りましたが、生憎それらしい物は持ち合わせていません。
「すみません。貴方に会う物は持っていなくて……」
と言いかけた時、耳の横で揺れている髪飾りに気がつきます。細長い形だけなら包帯とさほど変わりません。小人の細い足ならこれで十分巻けるでしょう。
「あ、これなら丁度いいかもしれません」
桃は、リンから貰ったリボンを外し、小人に渡します。
「どうぞ」
「ありがとう。これで動けるわ」
そういって小人は、リボンを足に巻き付けると、背中についた羽根を動かして、飛んでいきました。どこかで桃を呼ぶ声がします。目をこらすと、ずーっとずっと遠くで父親と母親が手を振っていました。
「桃、もう行くて」
「早う、来やあ」
「待って」
桃は花々をかき分けるように走りだします。進んでも進んでも遠ざかって行く父親と母親。このまま置いて行かれてしまうのではないかと思うと、涙が溢れて来ました。
「待って、置いていかんといて、もう一人は嫌や、嫌なんよ」
黄色い百合の花が頬に当たります。ついさっきまで膝丈位だったはずなのに。花の丈が高くなっていたことに驚き、手の平をじっと見つめます。
(小さくなっとる……?)
花が高くなったのではなく、自分が幼くなっていたのです。はっと上を向きます。まだ手招きする両親の姿が見えていました。
「ほら、待っとるから、振り返らずにおいで」
「うん」
今度こそ置いていかれまいと足を動かしたとき、目の前に鋭い爪が飛び込んできました。頭上すれすれを通り過ぎていく大きなフクロウ。薄紅色の紐が、その体に巻き付くようにはためいていました。避けようとした桃は、バランスを崩して尻餅をついてしまいます。
桃が立ち上がって、走り出そうとした時でした。
「行ったら駄目」
力強い声をした方を振り向くと、黒い服を着たお姉さんが桃の腕を掴んでいました。




