60.迫り来る祓魔師たち ⑦
前回のあらすじ:曇り無き眼を向けられると動揺するよね。
何も知らない桃は、その日いつもの様に仕事から帰って来ていました。その日はたまたま畑仕事をしていたリンと出会います。カブや豆が冬を越せるように藁を敷いているところでした。
「こんにちは」
近寄って話しかけると、彼女は顔を上げてゆっくりと桃の方を向きます。
「白い熊のお店、出ていましたよ」
白い熊のお店というのは飾られている白い毛糸の人形が目を惹く行商のことです。熊の様に大柄な店主は良くも悪くも無愛想な人で、店番中も客を尻目に商品を眺めていることが多いそう。様々なものを取り扱っており、ほとんど話さなくても軽く目配せするだけで買えるため、リンはそのお店をよく使っていたのです。
店はグレアムの家への往復で通りかかる大通り沿いにありますが、行商人なので、たまにしか開いていません。そこでお店が開いているのを見かけるとリンに報告するようになっていました。
「藁……と肥料」
「行きますか? 買いに」
リンはボーッと畑を見下ろしています。人通りのある時間帯のせいか、まだ迷っているみたいです。
「行きます。私も」
二人で行けば多少人目を気にせずに済むと思い、桃が名乗りを上げます。リンは首を横に振りました。
「その、危ないから」
彼女はチラリと、桃が身につけている羽根飾りに目を向けます。
(まだ礼拝所の人がリンちゃんを探しているんやった。うちがおったらすぐ見つかってまう)
「気をつけて下さい」
「あ、でも……大丈夫?」
リンが囁きかけます。その声には桃を案じているような響きがありました。
「大丈夫です!」
そう言って背中を押すと、何度か振り返りながら出かけていくリンを安心させるように、桃は見えなくなるまで手を振って見送りました。
桃は洗濯物を畳んだり、夕飯の支度を進めたりしながら時間を潰します。戻ってくる頃合いを見計らって桃は裏庭まで降りていきました。水を汲んだり、寒さに負けず育っているカブの葉を眺めたりします。
すると、リンが走って庭に入ってきました。普段の様子からは想像できないほど息を切らしています。
「モモ!」
「どうしたんですか?」
「不味い。後をつけられた……多分、モモの言ってた」
聖職者達が裏庭に入ってきます。いつも来る人を含めて三人。抱えていた桶を取り落としたせいで、地面を流れる水。桃は服のあちらこちらを探り、羽根飾りを取り出しました。それを握りしめ、祈りの言葉を唱えます。『信者だと思わせられるよう彼らが普段から唱えている言葉を言えるようにした方が良い』という狐の言葉を頼りにして。
「てんにおわすかみよ、われらがつみをゆるしたまえ
えいゆうよ、おりたちしちにしゅくふくをあたえたまえ」
「どうしたんだ? あの人」
赤い髪の聖職者、ライリーが怪訝な顔をしています。彼が桃と会うのは初めてでした。
リンがおもむろに桃の前へ進み出ます。庇うように手を伸ばし、聖職者の方をキッと睨み付けました。三人とも、その表情を前にたじろいだようでした。
「あの、私達、謝りたい事があって来たんだけど……」
両手の平位の包みを出しながら、アシュリーが声を震わせます。リンは警戒心を強めており、桃はただひたすら友人を連れて行かないよう懇願することしかできずにいます。
「あの、リンちゃんは、リンちゃん、魔法、使います。でも、悪くないです。彼女、焼かないで、お願い。私の友達、お願い……」
その呟きを聞いていたマルクが、急に表情を明るくします。
「ああ、そういうことかあ」
皆が場違いな声の調子に驚いて、彼を注視します。
「モモさんは、友人が、僕達に捕まって……火あぶりにされて、しまうんじゃないか、って思っていたのですね」
桃は首を何度も縦に振りました。まさしく、マルクの言う通りだったのです。アシュリーが一歩進み出て桃に話しかけますが、聞き取れません。首を傾げた彼に隣にいたマルクが一言、二言耳打ちすると、アシュリーは頷きます。目線を合わせるように屈み、手を差し伸べながら笑みを浮かべました。
「私達、なりたい、トモダチ、君達と」
(ともだちに……いきなり何なん?)
唐突な「友達」という言葉に面食らったものの、
(でも、連れて行かれたり、焼かれたりすることはないんやな)
と安堵のため息をつきます。その場に座り込んだ桃の背を、リンがさすりました。
「リンちゃん、私は平気です」
「…………」
「少し疲れました」
「……そう、だね」
「あのさー。もう一回名前教えてくれる」
ライリーがリンに近づいて尋ねます。慌てて桃の後ろに隠れます。話しかけられて喫驚したのでしょう。
「名前は、リンです」
落ち着きを取り戻してきた桃が代わりに答えます。
「アンタが答えるのかよ。いいや。なーんだ、悪魔を連れた魔女ってリンの事だったのか。確かに魔法使いだもんな」
「ちょっと待って下さい先輩。『魔女』の正体知ってたんですか」
すかさずマルクが問いただす。
「リンは割と有名だぞ。――人嫌いだって話なら聞いてたけど」
「リンちゃん、人嫌い違います。彼女は眩しい、と人混み嫌いです」
桃が咄嗟に擁護します。他にも悪魔だの何だの話していましたが、知らない単語が多すぎました。
「ねえ、リンちゃん、君は見える人?」
アシュリーがリンににじり寄ります。彼女はかぶりを振りました。
「じゃあ、君の傍にナニカがいることには、気づいてる?」
リンがこくりと頷いた矢先、気を失った様に桃の背中に倒れこみました。急に重さがのし掛かってきたことから異変を感じ、振り返ります。その頃にはゆらゆらと不自然な動きで立ち上がっていました。その動きを、どこかで目の当たりにしたような――。




