56.迫り来る祓魔師たち ③
前回のあらすじ:桃ボコられる。
桃はグレアムの家に戻ってくると、父親に花束が買えなかったことを報告し、深々と頭を下げました。彼は「困ったな」と呟き、ため息をつきながら頭を掻いています。特に咎められなかったのですが、そのことが返って桃の気分を重くしました。
グレアムに情けない姿を見られたくなくて、どうにか返ってくるまでに家を出てしまおうと必死で家事を片付けます。
サムがまだ迎えに来ていないことをありがたく思いながら、クタクタの体を引きずって居候して居るサムの部屋へ戻っていきました。
(うち、どうしてこんなにも要領悪いんやろ。落ち込んでいる理由をサムさんに聞かれるのも嫌やなあ。あの人良く気がつく人やから)
家族や幼なじみの栗木のような友達がいれば全部話して気を紛らわせることができたでしょう。しかし今の桃にそんな話をできる人はいません。できれば周りの人にこれ以上迷惑を掛けたくないのです。
(普段サムさんと、どんな顔をして話していたっけ?)
平静を装うことができる自信が無い桃は、今のうちにご飯の用意をし、先に食べることにしました。さっさと寝床に入ってしまえば、どうにか誤魔化せるでしょう。
桃は豆のスープを作り、パンを切り分け、グレアムの家で慌てて作った細切れ肉と野菜の炒め物を皿にとりわけます。サムの分を入れた皿は埃を被らないように籠を被せ、自分は先に食べてしまいました。下に降りて井戸の水で服を洗いながら体を軽く拭きます。そしてまだ日が沈んでいないうちに寝間着に着替え、明日持っていく荷物をそろえました。
規則正しい足音が聞こえると、まだ眠くはないのですが、藁を敷いた寝床に潜って息を潜めます。
「Es hoca」
という低い声が聞こえてくると
「Scaab loe crad cil?(今日はどうでした?)」
と反射的に言ってしまいます。今日は寝たふりをしてしまおうと決めていたことを思い出した桃は、口元に手を当てました。
「特に何も。あんたは……何かあったんだな」
「何も無いですよ」
桃は毛布を頭から被ります。
「あっそう。いつも晩課の鐘(午後六時)と終課の鐘(午後九時)の間に寝るのに? まだ晩課の鐘は鳴ってませんけど?」
「眠いのです」
「ふーん」
彼の口ぶりから、納得はしていない様子。
(何しても怪しまれるやん。どうしよう)
しかしサムはこれ以上詮索してきません。ご飯にしているのでしょう、匙がお皿に当たる音がします。それをかき消すかのように、軽快な足音が外で響き渡りました。
「なあ、モモっている?」
勢いよく扉が開き、息を切らしたミックが中に入ってきます。喉の奥から何かが飛び出してきそうなほど驚いた桃は毛布をはね除けてしまいました。畳んであった上着を掴んで慌てて被ります。
「どうしたんだ、いきなり」
食事の手を止めること無く応じたサムは、冷静さを保っています。
「いや、礼拝所の人がさ、聞きたいことがあるんだって」
「は?」
サムが聞き返すのも無理はありません。つい先日桃が礼拝所の人に捕まったらどうするか、という話をしていたのですから。桃の鼓動はどんどん早くなっています。乱れた髪を結い直す手が震えていました。リボンを落としてしまいます。
「それってモモだけ?」
「そうだけど。ついてくる?」
ミックがにやりと歯を見せました。桃とサムは一瞬顔を見合わせます。
「拒んだらますます怪しまれるし、両方捕まったら不味いしなあ」
顔をしかめたサムを見て桃は思いました。結局自分が行くしかないのだと。友人のリンがくれたリボンを拾い上げ、力を込めて結びます。
(大丈夫、きっと大丈夫や)
そう言い聞かせながらミックを見据えました。
「今、行きます」
「待った」
ミックについて行く形で部屋を出ようとした桃をサムが呼び止めます。どこにあったかなあ、と呟きながらサムが棚の引き出しをあさっています。暫くすると首飾りの様なものを取り出し、桃にめがけて投げました。
上手く受け取ることができず、胸元に直撃して一旦床に落ちてしまいます。拾い上げると、黄金色の羽がついた首飾りでした。
「お祈りする時、持つ物」
「そんなの持ってたの?」
「今、思い出した」
(そうやった、こんなこともあろうかとフランさん達がお祈りの言葉を教えてくれたんやった。何で呼び出
されたのか分からんけど、この羽根飾りを持ちながら唱えれば許してもらえるかもしれへん)
桃は少しずつ勇気が沸いてきます。恐怖と緊張感を振り払うように一歩、また一歩と階段を降りていきました。
ミックに案内されたのはいつもの酒場。ですが状況が違うと、雰囲気も変わるもの。いつもより部屋が一層狭く感じられます。彼女の前には初めて見る格好の青年が二人、立っていました。おそらく礼拝所の人というのが彼らなのでしょう。桃はミックの後ろに立ち、貰った羽の飾りを握りしめます。
「あ、さっき広場で見かけた子だ!」
と言ったのは長めの髪を一つに束ねた背の高い人。笑みを崩さないところから大人の余裕を感じさせます。どちらかと言えば中性的な顔立ちなので若々しく見えますが、案外サムより年上かもしれません。
「え、じゃあこの方が噂の人?」
と背が低いおかっぱの人が返しました。歳は桃と同じか少し年上といった感じでしょうか。履いている靴のつま先まで磨かれているところや、髪が綺麗に揃っているところから、どこかこの酒場には不釣り合いな
雰囲気を醸し出しています。
「こんな偶然もあるものなんだねえ」
再び背の高い方が言います。二人とも怒っている様子は無く、拍子抜けするほど優しい顔つきをしていました。寧ろ背の低い男に至っては気遣わしげな表情さえ浮かべています。
「ほら、まずは挨拶して」
ミックに促され、桃はおずおずと進み出ます。胸がドキドキするのを少しでも抑えようと深呼吸しながら。
「私は、椙北桃です」
と言いました。もう一回深呼吸をして様子を見てみると、二人とも首を傾げています。
(そうや、名前だけで良かったんだ)
「あ、あの、名前、モモです」
と慌てて付け加えます。礼拝所から来た二人組が頷きました。どうやら伝わったみたいです。背の低い方がマルク、高い方がアシュリーと名乗りましたが、桃はとても覚えていられる状態ではありませんでした。マルクが話を切り出します。
「あの、モモ、さん? 色々事情があって、ご友人を紹介していただきたいのですが」
彼は務めてゆっくり話そうとしていました。しかし知らない言葉をいくつも使っており、聞き慣れないアクセントのせいで知っている言葉と結びつけることができませんでした。
(フランさんと話し方が似ているなあ。あれ、友達って言っとったよね、あの人。友達ってなんやろう、うちを捕まえに来たわけではないんかな?)
という感想がぼんやり浮かびます。
「そういや、何で噂の魔女を探してるんだっけか」
ミックがすかさず疑問を口にします。
(魔女? 聞いたことある。魔法が使える人のことやおね)
聞こえてきた断片的な言葉をつなぎ合わせて思い浮かぶのは、リンの姿でした。グレアムやフランも箒で空を飛ぶ魔法を使えますが、それしか使ったところを見たことがありません。比べてリンは火をつけたり、物を浮かせたり、直したり、魔物を追い払ったりと、魔法で何でもできてしまいます。まさに魔女と呼ぶに相応しい人です。
「それはね、彼女が連れている悪魔を退治したいからだよ」
アシュリーが理由を述べました。ですが結局礼拝所の人達が何を桃に聞いているのか分かりません。桃は小声でミックに聞いてみました。
「ほら、良く魔女と一緒にいるだろ? リンって名前だっけ」
「はい」
「彼女に会いたいんだって。どこにいるか教えてあげて」
「は、はい。分かりまし……た?」
と返事を仕掛けたところで、先日グレアムの家で交わされた会話が走馬燈の様に頭の中を駆け巡ります。
――よその街で女が死んだ。彼女は遠くから来た魔女。そいつは街の人に焼かれた。
――お主が万一礼拝所の者に見つかったら捕まるやもしれぬ。
魔女が焼かれたという話から礼拝所の話に移っていったのです。もし両者に関係があるとしたら。
(もしかして、リンちゃんが捕まるってこと? そのまま焼かれてしまうってこと? そんなん嫌や。絶対駄目や)
羽根飾りを持つ手に一層力が入ります。手の甲が真っ白になっていました。
「リンちゃん、捕まりますか? 行きますか? 礼拝所に」
まくし立てるように質問する桃の勢いに押され、ミックが聞き返します。
「ん? なんでそうなった。ま、聞いてみよっか」
桃は何度も頷きました。ミックが困惑した様子で礼拝所の人達に話しかけます。
「魔女は礼拝所に連れて行かれるのかって聞きたいみたいだけど」
(どうしよう、もしリンちゃんが連れて行かれてまったら。どうしたら良いんやろ)
「時と、場合によりますけど……」
マルクが答えました。モモは首を傾げ、ミックの方を向きます。彼が耳元で囁きました。
「もしかしたら行くかもしれないって」
血の気がみるみる引いていきます。
(本当に捕まってしまうんや。駄目、絶対会わせたら駄目。でもどうやって断ろう。嫌ですなんて言ってすぐ帰ってくれるんやろうか。嫌や、うちのせいでリンちゃんが捕まるなんて絶対嫌や。魔法が使えるだけで焼かれるなんておかしいもん。それくらいなら自分が捕まった方がまし)
その時、彼女の中であることが閃きました。 それは彼女にとって辛い決断でしたが、引っ込み思案な魔法使いのお友達を守るのに必死だった桃には、そうするしかないように思えたのです。
(おっ母、おっ父、ごめんなさい、親不孝な娘でごめんなさい。あとサムさん、折角お祈りの羽根飾りをくれたのに。フランさん、グレアムさん、そして狐さんも。お祈りの言葉を教えてくれたのに、結局逃げられんかった。心配かけてばかりで申し訳なかったな。今までありがとう。せめて、うちのことなんか忘れてまってもいいから、幸せになってくれるといいなあ)
桃は震える足で一歩前に進み出ました。全身が熱気に包まれ、皮膚の痛む感覚が蘇ってきます。ですが、羽根飾りをもう一度握りしめ、桃は大声で叫びました。
「あ、あの、私、魔女。魔女です!」
酒場中に沈黙が訪れます。この場にいる誰もが戸惑っていました。
「あの、そういうことじゃなくて、ご友人を」
「私が魔女です」
桃はひたすら自分が魔女だと主張し続けました。礼拝所の人が桃の言うことを信じていないことは薄々感づいていましたが、意地になっていました。
「あの人達、もう帰るって」
ミックに肩を叩かれます。
「あの、私を連れて行くんじゃ」
「ないない。帰って良いみたいだよ」
そう聞いた桃は全身の力が抜けるようにへなへなと床に座り込みました。酒場の店主が葡萄のジュースを持って来てくれます。カップがぼやけているので目を拭うと、手の甲が涙で濡れていました。一口飲んで喉を潤すと落ち着いてきたせいか、
(あれ、今お財布持っていたっけ?)
カップから口を離して懐を探ります。
「いちいちお金取らないわよ。今回はサービス」
「あ、ありがとうございます」
息がまだ整っていない状態でお礼を述べると、ジュースを飲み干してしまいます。礼拝所から来た二人組は酒場を後にしていました。




