55.迫り来る祓魔師たち ②
前回のあらすじ:てんにおわすかみよ、われらが罪を……
それから暫く経った日のこと。
「てんにおわすかみよ、われらが……、えっと、なんやったっけ? あれ、さっきまで言えてたのに」
洗濯物を干し終えて、祈りの言葉を呟きながら台所に戻ってきます。するとグレアムの父親が立っていました。
「どうされましたか?」
と尋ねると、彼は炭と絵の具の付いた手で一枚の紙切れを差し出します。そこには小さな絵と棒線が書き込まれていました。
「買ってきて」
と良いながら桃の手に革袋を乗せます。大きさの割にずっしりとしていたため、すぐにお金が中に入っているのだと分かりました。紙切れには買ってきて欲しい物が書かれているのでしょう。ところが、桃は文字を読むことができず、一人で買い物に行ったこともありません。サムやフランが買い物へ行くときに荷物持ちとしてついて行ったことがあるだけです。
「あ、あの」
そのことを伝えようとしましたが、グレアムの父親はすぐに工房へ戻っていってしまいました。桃は持たされた紙切れをまじまじと見つめます。一番上には、首に布をかけた人の絵。丁度布の所に印がつけてあったので、手ぬぐいを表しているのだと見当がつきました。その下には沢山の花を紐で束ねた絵が。どうやら花束を表しているようです。
つまり、絵を見れば、文字が読めなくても物を探せるようになっていたのです。次に絵の隣に描かれた棒線に視線を移します。
(確か一本の縦棒は一で、四本並んだのに横棒が一本通っていたら五で、斜めの横棒だったら十だってグレアムさんが言っとった)
これでいくつ必要かということも分かってきました。手ぬぐいは縦棒が二本なので、必要なのは二枚。花
束は一本なので一束買えばいいのです。
桃はお昼ご飯の用意だけ済ませると、念のため台所の火を消し、荷物をまとめました。工房に顔を出して
「ご飯はあります。行ってきます」
と声を掛けると意気揚々と出かけていきました。
しかし、買い出しはそう上手くいきません。そもそも、グレアムが普段行っているお店がどこか分からないのです。広場に出ているお店であることは予想できましたが、一番近い広場がどこにあるか分かりません。迷って帰れなくなるのが怖かった桃は仕方無くサムと一緒に住んでいる家の方へ戻り、何度か彼と訪れたことのある広場へ向かいました。
まずは布製品を売っているお店へ入ります。店員さんに「Dica pamostaq lifah.(タオルを二枚下さい)」と伝えますが、聞き返されてしまいます。何度「pamostaq」と言っても「Rezze?(はあ?)」と返事が来るばかり。壁に掛かっている手ぬぐいを指差したり、人差し指を二本立てたり、身振り手振りを駆使して漸く店の人が畳んだ手ぬぐいを奥から出してきてくれました。
お店の人は、「銅、二十三枚」と言います。しかし、お店の壁には同じ生地、同じ模様の手ぬぐいが掛かっており、その近くには四本の棒に斜め線が入った小さな板が付いていました。
(この棒線は十だったはず。なら、一つ銅貨十枚で、二つで二十枚ってことやないんかな?)
と思いましたが、確認できないまま二十三枚払ってしまいました。タオルを籠に入れると、今度は花屋の出店に向かいます。そこには四、五人の人がおり、桃はその一番後ろに並びました。
ところが、いつまで経っても前に進みません。次々と買い物を終える人がいるにも関わらず。理由は簡単、桃より後に来た人が丁度桃の前に入ってしまうのです。まるで見えていないかのように。
「あのー」
桃が恐る恐る声を掛けてみても、どこ吹く風。後ろを向く気配すらありません。ずっとずっと待ちつづけ、足が棒になってしまいそうでした。日が少しずつ傾き、やっと列が短くなっていきました。いよいよ桃が次の番となった時、買い物中の人の話し声が耳に入ります。前の人も花束を頼んでいました。その時店の人が
「銅八枚」
と言ったのです。
(なんか革袋軽くなっているけど、足りるんかなあ)
心配になった桃が革袋を開けてみると、なんと中には二枚しか入っていません。これでは花束が買えないではありませんか。慌てて桃は籠の中から自分のお金が入った巾着を取り出します。入っていたのは銅貨が十枚。どうにか買えそうなことが分かり、胸をなで下ろします。
(やっぱり手ぬぐいのお店で払いすぎてまったんや。けど、あの板に描かれて居たのが十だったからその通りに払ったとしても残りは五枚。三枚足りへんやん。お父さん、うっかりしてたんかなあ)
と言い聞かせてみるものの、桃の頭は混乱気味。
(とりあえず、買えそうで良かったあ)
そう思ってお店の若い女性に話しかけようとした途端、肩に重い衝撃が走り、桃はよろめいてしまいました。
「ごめんなさい」
咄嗟に頭を下げた先には、桃より頭二つ分ほど背の高い青年達が四人。サムと同年代の人でしょうか? 重そうな耳飾りを鳴らし、クスクスと笑いながら見下ろしています。
「どけよ」
そのうちの一人が嘲るような口調で言い放つと、花屋さんの前に広がってお店の人と話し始めました。桃の胸に恐怖心が広がります。これ以上あの人達に近づきたくない、早く帰りたいという衝動に駆られました。
(けど、花束を買わないと帰れない)
という思いでどうにかその場に踏みとどまります。桃は青年達から距離を取ったところで、彼らが去るのを待っていました。段々風が冷たくなっていきます。日の光に照らされた白い壁が赤みがかって来た頃、彼らはようやく大きな笑い声を立て、肩をいからせながら店を後にしました。桃は他の人が来る前に買おうと、小走りで花屋に向かいます。
「あの、そのお花を……」
と言いかけた時、お店の人はてきぱきと絨毯の上に広げていた花束を台車に乗せ、計算機や木の札を片付けてしまいます。そして台車の取っ手につり下げられていた誰かの肖像画に額をつけたかと思うと、絨毯を手際よく巻いて台車の上にくくりつけ、ゆっくりと押しながらその場を離れてしまいました。
つかの間の出来事で、桃は呆然とそこに立ち尽くします。
(ああ、お店閉まってまったんや)
やっと事実を飲み込むことができた桃は、足を引きずるようにして来た道を戻っていきます。手ぬぐいしか増えていないはずの籠が、大きな岩を入れているかのように重く感じられました。
そんな彼女の後ろ姿を見ていた人影がありました。彼らは灰色で丈が長く、ボタンの沢山ついた服を纏っています。
「兄さん、どうしたんですか」
「今、籠を背負った女の子がいたなあって思って。ほら、黒い髪で変な服着てた、小さい子。見えなかった?」
「すみません、見てなかったです」
「そうか、君はまだこの街に来てなかったんだっけ。今から一、二年前辺りからかな? 異国の女の子、しかも隣国とかじゃなくて南の大陸出身っぽい女の子がいるっていう噂があったんだ。もしかしてあの子かなって思ってね」
「南大陸に関する本すら少ないのに、そこから来た人がいるんですね」
やがて彼らと対面することになるとは、その時の桃には知る由もありませんでした。




