54.迫り来る祓魔師たち ①
前回のあらすじ:隠し味はリンゴ
桃が昼間働いている家には絵描きであるグレアムの父親がおり、一階の工房で仕事をしていました。基本二人で過ごすことになりますが、父親は工房に籠もっていたり、出かけていたりしてお昼ご飯の時以外で顔を合わせることは滅多にありません。夕方になるとグレアムが帰ってきます。お茶を淹れ、お話をしながら夕飯の支度を済ませた後にお給金を貰って帰るというのがいつもの流れとなっていました。
ある日の夕方、仕事から戻って来たグレアムと、暗くなってきたので桃を迎えに来たサムが、グレアムの家で雑談をしていました。フランと狐も学校帰りだからと遊びに来ています。
グレアムが職場の人から聞いたという話をしていました。
「ねえ、どっかの街で女の人が火あぶりにされたんだって、怪しげな術を使って人を惑わすからって」
「その話、知ってるわ」
フランが食い気味に反応します。
「へえ、いまどき魔法使いなんて、そこら中にいるんだろ」
サムは呆れた口調で呟くと、フランが軽く鼻で笑いました。
「いつの時代も人って変わらないのよ、きっと。気味の悪い物は排除しなければ気が済まないの。魔法使いのお友達と学校で出会った時ね、随分と苦労していたわ。田舎とか、礼拝所の力が強い街では尚更じゃないかしら」
「あ、でもその人お隣のレイラ帝国から来た人だったらしいよ。魔法使いかどうかというより、スパイを疑われたんじゃないかな……それにしたって可哀想な話だよね」
グレアムが慌てて付け加えます。
「スパイってだけなら捕まえておくだけで十分な気もするけど。逆に攻める理由に使われかねないだろ」
「どうなんだろう。難しいことは良く分からないや」
桃は三人の話に耳を傾けながら、夕飯の支度を続けます。いつもグレアム達の夕飯を並べてから帰るようにしているのです。三人は神妙な顔つきで語り合っていますが、聞き慣れない言葉が多くてなかなか理解できていません。気になった桃は、グツグツ音を立てている鍋と向き合いながら問いかけました。
「何があったのですか?」
「よその街で女が死んだ。彼女は遠くから来た魔女。そいつは街の人に焼かれた」
サムが極力簡単な言葉を選び、端的に説明します。桃は以前巨大なトカゲに全身焼かれそうになったことを思い出し、
「怖いです」
と身震いしました。
(あれがもっと酷くなるとか、絶対嫌や)
「次はあんたの番かもな。異国から来ているし、目立っている。しかも住んでいるのが貧乏人の街」
「そんな。どうしましょう」
不安を口にする桃を見かねたグレアムがため息をつきます。
「今時そんなことないと思うけどね。そういえば、モモちゃんってprelarli(礼拝所)に行ったことあるの?」
「ぷれらーり?」
初めて聞く言葉です。グレアム達が上手く説明できず困っていると、フランの足元から狐が顔を出しました。桃に話しかけてきます。
『神に祈るための場所だ。どの街にも一つはあるらしい。お社に近い感じだな』
「そんな所があったんや」
『時間になると鐘の音がなるだろう? あれのついている建物が礼拝所だ。熱心な者は一日に何度も神に祈る。あの鐘はその時間を教える為にあるのだよ』
桃は驚きの声を上げました。まさか、時を知らせてくれる鐘の音が、お祈りのためのものだとは夢にも思わなかったのです。しかもお祈りの時間が決まっているなんて。随分と窮屈だと感じました。
「少なくとも、連れて行った覚えは無い。それに、モモの故郷では、神様が信じられてないんじゃねえの」
「そんなことってある?」
グレアムはサムの言葉が信じられない様子。
「ほら、物語だと南の大陸の人ってさ、蛇とか龍とか、腕が四本あるような奴に祈ってるんだろ。モモもそんな感じだと思ってたんだけど」
「確かに。そんなお話もあったね。でも、実際の所どうなんだろう。ねえ、モモちゃんって神様にお祈りするの?」
「はい」
桃はグレアムの問いかけに元気よく答えます。桃の故郷には土地神様のお社があり、出産や長寿のお祝いや秋の収穫祭、春の田植え前など、ことあるごとにお参りに行っていました。それに山の中や隣町の境目、河原にも小さな祠があります。通りかかるときには手を合わせるよう教えられていました。
「山の神様や川の神様にご挨拶するんだよ。お天道様がちゃんと見ているからね」
という母の声が鮮明に思い出されます。
クレア王国に来てからも、三叉路の辺りに木の枝が刺さっていてお供え物をしている人を見かけていました。何となくここの神様なのかと思っていた桃は、それに手を合わせることがあります。
『ちょっと失礼するがね、この者がいう神様と君たちのいう神様は別物だぞ』
と狐が付け加えました。三人がまじまじと狐を見つめます。足を組み替えたフランが
「詳しく教えて頂戴」
と狐を促しました。
『君らのいう神様は、この世界を作り上げた唯一絶対の存在だそうじゃないか。だが、我々が神様と呼ぶのはどちらかと言えば君らのいう精霊に近いもの。山を守る山の神、川を守る川の神、街や村を守る土地神、芸事を助ける芸術の神あまねくものに神が宿り、人間達はそれに祈る。我も稲を守る神として祀られたことがある』
「なんだか、昔の神話みたいな雰囲気なんだね」
グレアムが頬杖をつきます。
「エルフの考え方と似ている気もするわ。彼らは色々な所に精霊がいるって宣っているらしいもの」
「でも、確か神様は本来一人だから他の神様とか、精霊とかに祈ると、悪魔崇拝になるんじゃなかったっけ。この前お祈りに行ったときにそんな話を聞いたような聞いて無かったような」
「つまり、今のモモが異端だ、悪魔を信じている奴だってことで捕まったら、はい仰る通りですって状態なわけだ」
というサムの言葉に、狐が首肯します。
『まあ、そうとも言えるな』
「だからって、いきなり今まで信じてきた神様にお祈りするなと仰るつもり? 無理よ」
皆が自分の事について話し合っていることを察した桃は、焦がさないよう鍋を竈から引き上げ、椅子によじ登るようにして座りました。
「別に祈ったところで良いことがあるわけでもないし。むしろ礼拝所って不安を煽って金を巻き上げて、貴族崩れの聖職者が甘い蜜を吸うための場所だろ?」
「サム君、そういう言い方は不味いと思うよ。確かに礼拝所に払う税金って結構高いからやんなっちゃう時もあるけどさ」
「無理に礼拝所へ顔を出したり、洗礼を受けたりする必要はないと思うわ。ただ、何かあった時のためにお祈りの言葉くらいは唱えられてもいいと思うの」
「なるほど。異端者じゃない、それなりの信者だよって感じにするんだね」
要領を得ていない桃が狐を見やると、
『お主が万一礼拝所の者に見つかったら捕まるやもしれぬ。逃げられるよう彼らが普段から唱えている言葉を言えるようにした方が良い、という話になっておる』
(なんかうちが絶対捕まるみたいな雰囲気やんなあ。けどこうやって案じてくれる人がいるっていうのは、ありがたいことなんやろうなあ。これ以上心配かけさせないように頑張らんと)
「それを覚えればいいんですね」
『その通り。どこまで効果があるかは分からんがな』
その日から桃はお祈りの言葉を一生懸命練習するようになったのです。
拙作「祓魔師の話」第二章と重なっている部分があります。興味がありましたらそちらも覗いて下さると嬉しいです!(若干設定が変わってしまっていますが……)




