52.インチキ占い師の怪しい薬 ④
「き、君も来ていたんだね」
グレアムがぎこちなく話しかけます。
「そう。もうそろそろ秋まつりがあるから、歌える場所がないか相談しようと思って」
「筋肉の話しかしてなかっただろ。家で歌ってろっての」
「聞こえていましてよ」
フランがサムに詰め寄ります。
「仕方ないでしょ。あの辺りの人達は私、いえ私たちの音楽性が理解できないとおっしゃるんですもの」
「お歌、歌うんですか? どこで?」
「そういえば、貴方にはまだきちんと話していなかったわね。ほら、歌の学校に通っているって話はしたでしょう。私は広場でも歌っているの」
「わあ、広場で」
「歌を作るのが上手な友達がいてね。その子の家族はみんな音楽家なの。だけど彼は体が弱くて、楽器も下手で、しかも前衛的な音楽ばかり作るものだから、なかなか理解してもらえなかったみたい」
フランはそこで大きく息を吐くと、目を見開き、いっそう語気を強めました。
「でもね、本当にいい曲なのよ。歌っていて楽しいの。私は皆にそれを知ってほしい。彼の音楽を、生きている証をこの世界に残したいのよ」
フランの話は半分くらいしか分からなかったものの、友人や歌に対する強い気持ちは伝わってきました。
「すごいですね。聞きたいです」
「勿論来て頂戴。友達だもの。ねえ、スミス」
「そうですか?」
どことなく様子が違うスミスの反応に、桃とフランは同時に彼を見上げます。
「前々から申し上げてきたことですが。正直賛同できません。この方達といることも、歌うためにわざわざ城壁を出ることも」
「なんで今更そんなことを言うの?」
フランの声に不安が混ざります。
「友人は選ぶべきだと申し上げたはずです。貴方は哀れみの対象が欲しかっただけだ。何度も何度も彼女に会いに行き、他者に目を掛けている自分に酔うことで、破滅的に生きている自分を慰めたかっただけでしょう」
スミスの言葉は難しすぎてよく分かりません。ですが断片的に聞こえる言葉と彼の様子から、おそらくずっと自分が感じてきたことと同じような疑問をぶつけているような気がしました。なぜお嬢様が桃の為に時間を割くのか。スミスはフランに付き従いながら、ずっと不満を抱いていたのでしょう。
そして彼女にあったのは哀れみの気持ちだったのでしょうか? 楽しいと言っていたのは嘘だったのでしょうか?
「そんな、そんなこと無いわよ」
「どうだかな」
どこか遠くを見ながら冷たい声でサムが呟きました。
「それで貴方の気が済むならと積極的に止めるようなことはしませんでした。貴方を影で笑うような連中よりかはずっとマシだと言い聞かせてきましたし、それは心の底からの思いでもあります。ですが」
「それで、貴方はあの屋敷の中にずっと居なさいと言うのね? 算盤をはじく頭が無いのならせめて、貴方の言っていた影で笑うような連中とニコニコ笑い合って日夜踊って居なさいと言うのよね。ええ、確かにその方が都市議会長の娘としては相応しいでしょう。お父様もお喜びになるでしょう。できることならそうしたかったわ、私だって。でも無理なのよ」
「あの、フランさん。私、嬉しかったです。狐さんに会うことができます。サムさんのお家に住めます。言葉が話せるようになります。箒に乗れます。フランさんのおかげです」
桃は何か伝えなければという衝動に駆られて、ぽつぽつと言葉を紡ぎました。
「モモ……」
フランの瞳が潤んでいます。
「貴方にも言いたいことがあります。モモさん」
「え?」
スミスが突如、桃に向けて言葉を発します。驚いた桃は素っ頓狂な声を出してしまいました。
「嫌じゃ無いんですか? 一方的に同情を向けられて。強い誰かにすり寄るような生き方をし続けて恥ずかしくならないのですか?」
「そんな……」
桃はこの国で色々な人に助けられながら生きてきました。サムに頼らなければ屋根の下で暮らすことができず、フランと狐の力添えがなければ話すこともできず、グレアムの厚意に甘えなければ毎日温かいご飯を食べることさえできなかったでしょう。サムの部屋の一階下に住むリンには新鮮な野菜や、高価な薬を分けてもらったこともありました。
(もしかしたらそれが普通だと思ってしまっていたのかも。本当は駄目なことで、恥ずかしいことだったんや……)
しかしいきなりそう言われたところで、一人で生きていく方法などすぐに思いつくはずもありません。サムみたいに体力があって弓が扱えたり、フランみたいにお金持ちで歌が上手かったり、リンみたいに魔法が使えれば身を立てる方法があったかもしれませんが、桃は何もできないのです。
今は家政婦として働いていますが、もっと優秀な人は沢山居るでしょう。異国生まれの彼女を生計が立てられるような条件で雇ってくれる人など他にはきっとおりません。桃は途方に暮れてしまいました。
「よくも彼女をこき下ろしてくれましたね。あんたらは自分の権力を誇示したいだけなのか、本気で天国に行けると思って居るのかしらないけど、施しだの喜捨だのしているじゃないですか。なのにされる側には誇りを持てって随分な言い草ですね。ここには施しで生きて居る人がごまんと居ると言うのにある意味素晴らしい勇者だな」
サムの声には苛立ちが滲み出ています。
「サム君、随分言い過ぎちゃってるよ。ですがスミスさん、それは流石にちょっと。」
グレアムにやんわりと咎められたスミスは流石に焦りを見せ、桃に頭を下げました。
「過ぎたことを申し上げました。謝罪します」
「あ、いえ。そんな」
「ちょっと。勘違いしないで頂戴。私はこの子を哀れんでなんかいないわ。確かに、同情はしていたかもしれないけれど。初めて会った時、この子は一人だったの。誰もこの子がどこの誰の子か知らない。この子がどんなお家に住んでいて、何を食べて、どんな歌を歌ってどんな人生を歩んで来たのか知らないし、自分の力だけで伝えることもできなかった。誰にも理解されなくても、そんな中で生きてきて、やっと狐が居なくたって外へ食事ができるくらいになったのよ」
フランが声を被せるようにまくし立てます。桃はそこで漸く、今日はフランが狐を肩に乗せていないことに気がつきました。
「彼女は哀れなんかじゃない。それに、孤独なのは私も同じなの。だからきっと会いに行ってしまったんだわ。貴方には分からないでしょう? だって分かるはずないもの」
「分からないから、何だって言うんです。貴方の仰ることがもし――」
「黙ってよ!!」
耳を塞ぎたくなるほどの声でフランが叫びました。スミスもその圧におされて口をつぐみます。
「うるせーな」
「サム君さっきから心の声隠せてなくない? あれもしかして皆隠せてない? あれ?」
「隠せてるよ。おいミック。この状況をどうにかしろ」
何かをごまかすようにカウンターからミックを引っ張ってくるサム。引きずられてきたミックは状況が把握できておらずキョロキョロしています。
「どうにかしろってどうすれば良いんだよ」
「得意のインチキ占いでも披露したらどうだ。元はと言えば、お前が撒いた種だろ」
とサムが耳打ちすると、すかさず
「インチキじゃないし」
と、ミックが口を尖らせました。
「あいにくまだ客は俺らしかいない。まだ忙しくないよな?」
「お客さんがいなくたって仕事はあるんだけど。まあ、いっか。今度こそちゃんとした占いだって見せつけてやるからな」
「無理だろ」
「そんなことないもん」
ミックはカウンター奥の棚からおもむろに透明な珠を取り出し、桃達の席に青い布を敷いてその上に珠をドン、と置きました。その音でにらみ合っていたフランとスミスを始め桃達皆の視線がミックに集まります。
「この酒場ではね。占いサービスをしているんですよ。どうです、そこのお姉さん。試しに占ってみませんか?」
「え、ええ。お、お願いするわ」
指名されたフランはいきなりのことに困惑。威勢の良い彼女もしどろもどろになっていました。桃が近くの席から椅子を持って来ます。フランは水色のシンプルなドレスを手で押さえながら腰掛けました。ミックはサムが座っていた椅子をフランと向かい合う位置に動かして、そこに座ります。
「お姉さん、誕生日は?」
「Wee… Bez dica Frisiel,Feb.(確か、太陽月の第三フィリジエルの日)」
桃は小さな声で歌を歌いながら、「Feb」が何番目の月かを思い出そうとします。数えてみたら7番目でした。丁度夏真っ盛りの時期です。
(フランさんは、夏生まれなんやなあ)
「じゃあSmelf(鷹座)だね」
「そうね」
(Smelfって何やろう?)
あれよあれよと話が進み、桃はミックの言っていることを周囲に尋ねることができないまま。
「鷹座の人は、目立ちたがりやで好きな事には一生懸命、負けず嫌いな人が多いんだけど、結構神経質でナイーブな所があるんだよね」
「だれだって多かれ少なかれそうだろ」
ミックがサムを横目で物言いたげに見やります。
「まあ、当たってはいるかもしれないわね。けれどその手合いのことは貴方と似たような趣味の友人からも散々聞かされたわ。貴方にしか分からない情報を教えて頂けないかしら」
「フランの割には結構鋭いところつくんだな。思い悩んでいることがありますね、は通用しないぞ。どうする、インチキ占い最大のピンチじゃねーの?」
からかっているのか、サムは子どものように悪戯っぽく笑っています。
「じゃ、じゃあ、今日のラッキーアイテム教えますねー」
と言っていかにも真剣なまなざしで水晶玉のようなものをのぞき込んだり、目を眇めてみたり手でかざしてみたり。
「見えてきました、見えてきました」
大げさな口ぶりで言いながら、上着のポケットに手を入れキラキラ光るものを取り出しました。
「ラッキーアイテムは、コット工房製、金のブローチです。なんとお値段たったの銀貨三枚。とってもお値打ち!」
それは金色の縁取りに大きく青い石がはめ込まれていました。フランは渡されたブローチを手に取って眺めます。
「これコット工房のものではないでしょう? あそこが扱うのは主に金細工よ。これは、おそらく真鍮、金メッキですらないわ。それに埋め込まれているのも、ガラスの類いかしら。少なくとも宝石ではないわね」
「はい、偽物です。さっきそこの廊下で拾いました」
一気に声のトーンを落とすミック。
「えー、拾いもの渡しちゃっていいの?」
グレアムも思わず言葉を挟んでしまいます。
「数々の本物に触れてきた彼女を見くびらないでいただきたい」
フランはそう話すスミスを制し、ゆっくりと飾りを机に置きました。
「そのブローチ、いただきますわ」
驚きのあまり彼女に視線が集まります。
「身につければ今日幸せになれるのでしょう?」
「ええ、まあ。はい、そうです」
「貴方、アクセサリーの価値は何で決まるとお思いで? 作った方? 素材? 確かにそれも大事でしょう。しかし、一番大切なのはそう、誰が身につけるかですわ。たとえ今銀貨三枚の価値しかなく、偽物と揶揄されるブローチであったとしても、この私が身につけたのならばその何十倍もの価値になるはず、いいえ、してみせますわ。そのアクセサリーを輝かせられる人になり得るか、その挑戦受けて立とうじゃないの」
「そんなつもりじゃなかったんですけど。ま、いいか。では取引成立ということで……」
占い師の顔がパッと明るくなります。まるでついさっきまでの態度が嘘であるかのように。
ドタドタドタ
ぎこちない足音が聞こえてきます。そして桃達が集まっている机の端に小さな指先が顔を覗かせていました。茶色く、サラサラとした髪の毛、跳ねる結び目。小さな額。
「あったあ」
小さな女の子がぴょんぴょん跳びはねています。その身長では机に届かず、一生懸命机の上の何かを取ろうとしているのでした。桃は椅子から降りて、彼女の側に来てしゃがみます。
女の子は袖がたっぷり膨らんだ赤いドレスを着て、その上にフリルのついた白い前掛けをしています。波打った髪の毛は高い位置で二つ結びをしていました。片手に毛糸で作ったであろう不格好なウサギの人形を持っています。
「何、欲しいのですか?」
「ブローチ。ずっと探してたの」
「どなた?」
フランがミックに小声で尋ねると心底落胆した表情で
「マスターの娘」
と答えました。
「これ、君の?」
ミックが机の上に置かれていたブローチを彼女に見せます。
「うん」
彼は一瞬フランに目配せをし、彼女が頷くとそれを少女に手渡しました。彼女には大きいブローチ。両手に抱えて愛おしそうに眺めています。
「良かったね」
と桃が話しかけると
「うん」
視線を手元に向けたまま答えました。
「ところで、お名前は?」
桃が女の子に質問します。彼女は床にブローチを置きました。
「わたしはアビーです! 七歳です」
彼女は焼きたてのパンのようにふっくらとした小さな右手を大きく突き出し、薬指と親指が届くか届かないかの所で一生懸命に曲げながら左手を「はさみの形」にします。
「アビーさん?」
「うん」
「七歳なの」
「そうだよ」
「私はモモ、十五歳です。よろしくね」
「おねえちゃんすっごく遠くからきた人でしょ。パパがね、いっぱい街のこと教えてあげてっていったの。だからいっぱい教えてあげる」
得意げに胸を張る姿がなんともいじらしく、可愛らしく感じられます。
「ありがとう」
「噴水の向こうにね、アビー達の秘密のお庭があるんだよ」
「秘密のお庭? 素敵ですね」
桃は両手を合わせて目を輝かせます。
「こらこらアビー。もうおねむの時間よ」
娘が来たことに気がついた店主が彼女を抱え上げます。
「ごめんなさいね、お邪魔しちゃって。ほら、行くわよ」
「えー。つまんない」
「もう遅いから、ベッドでおねんねするの」
「うるさくて眠れないよ」
親子が寝室へと向かうのを見届けている間、微妙な空気が流れます。口火を切ったのはフランでした。
「あのブローチにはもっと相応しい持ち主がいたってことね」
「良い感じに締めようとしても無駄だから」
とサム。
「私達、うるさいですね」
と桃が呟き、
「反省しています」
スミスがこめかみの辺りを抑えて言いました。
「そろそろ時間だし帰ろうか。ミック君お会計お願いできる?」
「はーい」
グレアムが財布を取り出しながらミックに声を掛けました。




